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揺り椅子の女神  作者: 白岡 みどり
二章

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04.検証


 バルトリアスが急に侯爵邸を訪れたのは、フロルが侍女として小夜に仕え始めてから三日目のことだった。

 フレイアルドがすでに応接室でもてなしているので小夜も来るように、とマルクスが呼びに来たのである。


 近頃バルトリアスは仰々しい出迎えを嫌がり前触れなく現れるようになった。

 なので小夜は驚かなかったが、新入りの侍女には刺激が強かったらしい。


「で、殿下? 王族? ……大変です!!」


 大慌てでお召し替え! お支度! と涙目になっていたので、小夜は大丈夫だと伝えた。

 今の小夜は簡易な白いブラウスと足首まで隠れる水色のスカートを履いている。


「いつもこのままお会いしているので、着替えなくても大丈夫ですよ」

「ですが」

「殿下は格好程度では怒ったりしませんよ」


 何度も馬鹿者と言われている自分が言うのも何だが、忙しいバルトリアスの時間を着替えで潰した方が叱られてしまう。

 マルクスも小夜の意見に同意してくれた。


「今日は旦那様、というよりはサヨ様に御用がおありとのこと。お急ぎください」


 その言葉に急いで向かった小夜は、応接室の前に辿り着く頃には息を切らせていた。

 何しろ広い屋敷である。

 何度かマルクスにチラチラと様子を伺われていたことから、小夜の足はとても遅いのだろう。


 マルクスが小夜の到着を中へ知らせると、すぐにフレイアルドが顔を出した。

 フレイアルドは「急がせてすみません」というと、小夜の背中を支えて室内へ誘導した。

 

 応接室にはバルトリアスと、もう一人見知らぬ顔がそこにあり、小夜は慌てて習ったばかりの挨拶を必死に思い出す。


「バルトリアス殿下におかれましては、本日もご機嫌麗しく存じ上げます」

「……顔を上げよ」


 ちゃんと出来たか不安に思いながら顔を上げると、そこには非常に不機嫌なバルトリアスがいた。

 眉間に皺が深々と刻まれている。数えてみるといつもより一本ほど多い。

 それを見た小夜は失敗したんだ、と落ちこんだ。


 むっすりとした声が応接室に響く。


「以後、俺に対してその挨拶をすることを禁ずる」


 まさかの挨拶禁止に、小夜は泣きそうになった。

 小夜から視線をふいと外したバルトリアスは、庭園の方を見ているようだ。

 その横顔におそるおそる話しかける。


「……あの、どうご挨拶したらよいでしょう?」

「これまで通りで構わぬと言っている。堅苦しいのは好かぬ」


 小夜はこれまで通り、という言葉におずおずとフレイアルドを伺った。

 そんなことをしても良いのかという確認の意味を込めて見上げた小夜に、フレイアルドは仕方ないと言わんばかりに頷き返す。

 小夜は諦めて、先日までの挨拶でやり直した。


「あの……では……いらっしゃいませ、バルトリアス殿下」

「ーー座れ」


 バルトリアスが座る席の真向かいにフレイアルドと隣り合って着座した小夜は、あの日のことを思い出した。

 ラインリヒから家族になろうと言われ、その後ここで重大な話をされたあの日である。


 小夜がいまいちその重大さを掴みきれず、目の前の男にしっかり怒られたのは記憶に新しい。


「体調は良いのか」


 腕を組みそう聞くバルトリアスに、やっといつも通りだと安心して小夜は微笑んだ。

 彼は数日おきに来ては、いつも同じ質問をするのだ。

 

「はい、元気です」


 そう答えれば、「なら良い」とつっけんどんに返されるところまでがいつもの流れである。

 普段ならここからはフレイアルドとの難しい話が始まるのだが、今日は本当に小夜に用があるらしい。

 後ろに控える青年にバルトリアスは何かを取り出すよう命じた。

 机の上に大量の遺物が並べられていく。

 全て宝石か、大きくてもうずらの卵程度の鉱石の形をしたものばかり。

 並べ終えた青年は、再びバルトリアスの後ろに無表情で控える。


「今日は其方の祝福の範囲、強さなどについて確認する」

「え……」


 小夜はちらりとバルトリアスの後ろに控える青年に目をやった。

 上から下まで真っ黒な騎士装束は、見ているだけでも汗が出てきそうだ。

 それを涼しい顔で着こなす青年の灰色の髪と黄金に光る眼はまるで狼を思わせた。


 バルトリアスは小夜の視線に気付くと、問題ない、と言い放った。


「この男はアスラン。俺の護衛騎士だ。其方の件については伝えてある」


 紹介され一度だけ目礼した騎士は、また元の姿勢に戻る。

 小夜もぺこりと頭を下げた。


 そこまで黙って聞いていたフレイアルドは、祝福の確認という言葉に反応を見せた。


「確認は結構ですが、せめてラインリヒを同席させて下さい。体調に異変があったときに対応できる者が必要です」

「いいだろう。マルクス、引っ張ってこい」


 バルトリアスの命令に飛び出ていったマルクスは、すぐに戻ってきた。

 文字通りラインリヒを引きずってきたようである。

 王都にきちんと自宅があるラインリヒだったが、今ではほぼ侯爵邸に住み込んでいた。

 

「急に一体なに……え、殿下? サヨ?」


 気の毒なことに何の説明もなく連れて来られたのだろう。

 応接室を見回して不安そうなラインリヒにバルトリアスは顎で椅子を示した。


「さっさと座れ」



 こうしてあの日の席順が再現されると、バルトリアスは並んだ遺物の一つを手に取った。

 それを小夜に差し出す。


「通常ならば触れているだけでは祝福はおろか起動すらせんはずだ。まずは触れてみよ」

「はい」


 つるりとした石のような遺物に言われるがまま指先だけ触れる。

 特に何の変化も違和感も覚えないが、バルトリアスには小夜に見えぬものが見えるらしい。

 じっと遺物を見たかと思えば、次を手渡してくる。


「今度は握ってみよ。違和感があれば言え」


 そうして机いっぱいあった遺物全てに触れ終わったところでバルトリアスは脚を組み黙り込んだ。

 隣にいるフレイアルドも難しい表情をし、気遣わしげな視線を小夜に向けた。


「……サヨ、気分が悪くなったりはしていませんか?」

  

 フレイアルドに問われた小夜は首を振る。

 体調にはなんの異変もなく、本当に握ったり触れたりしていただけなので、疲労もない。

 

「小さすぎるか……アスラン、次を出せ」


 バルトリアスが命じると机の上の遺物が総入れ替えされた。

 膝掛けのように大きな布、台座に恭しく鎮座する鏡、小夜が前につけていたような腕輪等々、先ほどよりも大きく、より固有の形を持つ遺物を前にし、小夜はごくりと唾を飲み込んだ。


 今度も同じようにまず腕輪を手に持ち触れるーーが、バルトリアスは首を振った。


「祝福できていないな。ーー着けてみるか」


 バルトリアスがフレイアルドに目配せをする。

 フレイアルドは小夜から腕輪から受け取る。


「サヨ、手に嵌めますが、異変があればすぐ外します。大丈夫ですか?」


 頷いた小夜の腕に、フレイアルドが腕輪を嵌めていく。

 嵌められてすぐ小夜は、あ、と声をだした。

 バルトリアスがぴくりと片眉を上げる。

 

「どうした」

「えっと……なんか、こう、肌の下が少しザワザワすると言いますか……」


 この感覚に小夜は覚えがあった。

 どこでだろう、と悩むがすぐ思いだす。


「前に右脚と左腕に遺物をつけていた時も、似たような感じでした」


 その言葉にバルトリアスは考え込む。

 しばらくそのまま腕輪を着けていたら、そのザワザワが消える瞬間が訪れた。

 消えた瞬間フレイアルドが腕輪を外す。


「そのザワザワは、ちょうど今消えたのではないですか?」

「はい! そうです」


 なぜ分かったのだろうか。

 どうやら、小夜には見えなくて他の皆には見える何かの存在があるらしい。


 小夜の腕から外された腕輪を眺めるフレイアルドはそれをバルトリアスに渡す。

 じっくりと眺めるバルトリアスは、疲れたように溜め息をついた。


「ーー其方はことごとく、俺の予想を超える」


 何かを悩み出したバルトリアス、それを伺う三人。

 沈黙がおりた四人の前に温かい茶を提供したのはマルクスだった。

 小夜はふわりと香る湯気にほう、と息を漏らす。


「どうぞご休憩ください」


 その言葉に室内の緊張感が良い意味で緩んだ。小夜は手を伸ばし、椀型の茶器を傾けこくりと飲む。

 こちらのお茶は、色は琥珀色だが味は日本の緑茶によく似ている。とても安心する味だ。


 熱いため、ちびちびとお茶を飲む小夜は、バルトリアスが目を細めてこちらを見つめていることなど、ついぞ気づかなかった。


 

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