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揺り椅子の女神  作者: 白岡 みどり
一章

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29.エピローグ

 

 ザルトラ伯爵領は王都の西に位置している。


 伯爵領の隣はエブンバッハ。長年シリューシャと衝突の絶えない隣国である。

 国境防衛の要として必然的に武力を求められてきたザルトラ伯爵領において、最も尊敬を集める人物こそ、伯爵その人である。


 ザルトラ伯爵は息子からの手紙を読み終えると、それをそっと妻に渡した。

 肘掛け椅子でレース編みをしていた妻は手を止め受け取る。手紙を読み進めるうちに、口に手を当て驚きと喜びを見せる。


「……まぁ!」


 それ以上の言葉が出ない妻と、伯爵は顔を見合わせた。

 お互いほっとしたらしい。

 手紙の内容は、先日養女に受け入れると決めた少女が意識を取り戻した、というものだった。

 大怪我を負い意識不明と聞いてから、伯爵も妻も気が気でなかったのだ。

 妻は編みかけのレースをしまうと立ち上がり、控えていた侍女に向かって見舞いの品を見繕うので用意を、と指示した。

 伯爵は妻の後ろ姿を見ながら、息子が急に養女を迎えてほしいと頼んできた日のことを鮮明に思い出した。


 ***


 末の息子がこの伯爵家に養女を迎えてほしいと相談に来たのはつい先日のこと。

 初めはとうとう頭がおかしくなったのかと訝しんだが、嘘をつける息子でもなく、喋り方におかしな点はなかった。


 国内でも有数の大貴族、フェイルマー侯爵。 

 その男のもとで庇護されている少女を伯爵家の娘として受け入れてほしいというのだ。


 あの女嫌いで有名な侯爵がまさかとは思ったが、どうやらその少女とは女神の導きによる運命的な出逢いをし、その後長年引き裂かれていたという。

 まるで大衆娯楽のような話に伯爵は胸焼けがしたが、妻は興奮していた。


「だがなぜ我が家で受け入れる? すでに侯爵の庇護があるのだろう」


 貴族籍のない女性を正室にするため、然るべき貴族へ養女に出すというのはよく使われる手だ。

 しかしそれならば侯爵本人から頼んでくるのが筋である。

 そう問えば息子はかぶりを振る。侯爵には何も頼まれていないと。


「ーー身分のためだけじゃなくて、あの子には家族が必要なんだ」


 両手を握り合わせ、いつになく真剣な様子に一体どういう意味なのだと伯爵は説明を迫った。


 息子曰く、その少女は名前をサヨといった。


 この国とは異なる場所から女神の力でやってきたその娘は実の親から凄絶な虐待を受けていた。

 その中身を息子から聞いた伯爵は唸った。

 妻はすでに手巾で涙を拭いている。


 息子は少女の治療の為フェイルマー侯爵に雇われているが、体の傷よりも心の傷の方が遥かに深く、重いという。

 息子は少女の主治医としても、侯爵の親友としても力になってやりたい、その為にはどうか頼むと頭を下げた。

 

 伯爵はその言葉に腕を組み押し黙る。

 

 養女になるということは貴族になるということだ。

 もっと幼ければ教育も容易だが、既にその娘は十八らしい。

 厳しい表情のまま伯爵は息子に問いかけた。

 

「ーーただの同情ならば、迎えることはできん。我々は貴族だ。民に支えられている以上、民に利益を還元しなければならない。その娘に、それをするだけの覚悟と能力があるのか?」


 ただ侯爵の寵愛を得るだけの娘なのか。

 それとも、まだ何か隠しているのか。

 見定めるような目を己から向けられた息子は、はたして昔のようには怯まなかった。


「ある。ーーというか、ありすぎて、たぶんフレイアルドだけじゃ守りきれない」


 予想外の答えに珍しく呆けた伯爵は、ついで声をあげて大笑した。

 息子は言った。あの侯爵でさえ守りきれない、と。

 それは、王国守護の要を自負してきた伯爵たる自分への、挑戦状のようではないか。


「くく……守りきれないか。ふむ、あの生意気な坊主が娘をくれと、頭を下げて頼む姿を拝めるならば悪くない」


 つるりとした顎を撫でながら言えば、妻と息子は何とも言えない目をこちらに向けている。


「あなた、その言い方はちょっと……」

「……すごい悪いやつに聞こえるんだけど」


 そうは言われても愉快なのは愉快だった。

 誰にも頭を下げず、人の弱点や秘密を握っては脅すような男のことが昔から気に食わなかった。

 もし上手くいけば息子として自分に頭を下げてくるようになる。それで十分元手はとれそうだ。

 例え、その少女が息子の語るような娘でなくとも。


 伯爵は養女として迎え入れることを許可した。


 ***


 少女回復の報を受け、伯爵は胸を撫で下ろしていた。

 妻との間に元気な息子を四人も授かったことには、生涯感謝してもしきれない。妻にも、女神にも。


 だが心の底では娘というのはどんなものだろうか、という気持ちもなくはなかった。

 伯爵なりに、少女の親となる日を楽しみにしていたのである。


「あなた、私は早く会いに行きたいのですけれど」

「ふむ」


 そわそわする妻を前に伯爵は予定を確認する。するとちょうど数日後からぽっかりと空いていた。


「ラインリヒのやつはまだ来るなとうるさいが……そろそろ良かろう」


 伯爵は妻に向けて、ちょっとだけ悪戯小僧のような笑みを浮かべて見せた。


 翌朝、伯爵夫妻は王都へ向けて馬車を走らせるのだった。



これにて一章は完結となります。

振り返りと今後の予定を活動報告で行いますので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。

このような駄文にお付き合い下さいました全ての方へ、心より感謝いたします。


この度はお読み頂きまして誠にありがとうございました。

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