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02.監禁

《注意》虐待、監禁、暴力表現が特にキツい回です


 椅子の購入者の女性は、心底困った様子で顔に手を当てた。

 椅子を引き取りに来てみればみすぼらしい痩せぎすの中学生が、頭を下げて頼み込んできたからである。


「お願いです、今夜私をこの椅子に座らせて下さい!!」


 この調子で、ずっと頭を下げてくる少女はなんと大事な高校入試を欠席して自分を待っていたという。

 冗談でも遊びでもないらしい。

 文字通りの必死な顔に、女性は白旗を挙げた。


「……座るだけね?」

「!! はいっ」

「なら、いいわよ。でも何で夜なの?」

「それ、は……」


 どうやらかなり混みいった事情あり、とみた女性はそれ以上の追求を諦めた。


「この椅子は明日外国の知人に発送しなきゃならないの。梱包の時間も取らなきゃならないし、……そうね、夜七時までなら、座りに来てもいいわ。今の季節ならもう陽も落ちてるでしょう」

「あ、ありがとうございます!!」


 満面の笑みで喜び、家から必要な荷物を取って来たいという少女に、女性は一応釘を刺した。


「いい? 七時になってもあなたが現れなかったら椅子は持って行くわよ」

「わかりました。……本当にありがとうございます」


 きちんと頭を下げて礼をし店から出て行く少女。

 礼儀正しく歩く姿勢も良い。

 入試を蹴ってまでこの店に居座ったとはとても思えない佇まいだった。


 その背中を見送った骨董品店の店主と女性は同時にため息をついた。


「高校入試を欠席してまで座りたい椅子って、何なのかしら……」

「さあねえ。ま、この仕事してればこうゆう日もあるよ」


***


 小夜は興奮する自分を必死に宥めた。

 不審な行動をすればきっと両親に咎められる。

 何度も何度も自宅前で深呼吸し、呼び鈴を鳴らす。

 ちなみに家の鍵を持たされていない小夜は、帰宅の度に呼び鈴を鳴らさなければならなかった。


 この時間は弟しかいないはずだが、もし母が出てきたら急な嘔吐と下痢で受けられなかったとでも言おう。

 しかしドアを開けてくれたのは幸いにも弟だった。


「姉ちゃん? 入試は……」

「しー!」


 それだけで勘のいい弟は何かを察してくれたのだろう。

 無言でチェーンロックを外し小夜を中に入れてくれた。


 小夜は脱いだ靴を手に持ち、二階の自室へ音を立てないよう上がる。

 自室といっても元は物置部屋のそこは、日当たりの悪い二階の端にあった。

 小夜の家は大きく、もちろん他にも部屋はある。

 けれどそのほとんどが母の趣味の物で溢れていて、小夜には物置部屋くらいしか残っていなかった。


 小夜の後ろをついてきた弟は部屋に入り扉を閉めるとそっと何事か尋ねて来た。


「何かあったの?」

「うん……お願い、父さんたちにはお腹が痛くて受けられなかったことにしてね」


 それくらいしか言い訳を用意できなかった。


 今夜フレイアルドの元へ辿り着いてもきっと朝には戻ってきてしまう。

 明日の朝この家に帰ってきたら、おそらく入試をサボったことがバレていて、たくさん殴られるだろう。

 それでもこの気持ちを止められなかった。


 小夜は古びた鞄に必要なものを詰めていく。

 フレイアルドに渡す翻訳と原書。

 翻訳は完成していないけれど原書には図説もたくさんあるから何かの役に立つかもしれないと思い一緒に入れる。


 自分の服や日用品は無視した。どうせぼろぼろで見るに耐えないものだし、朝にはこちらへ戻ってしまうのだから必要ない。


 弟は小夜の姿にそれ以上尋ねるのをやめ、代わりに鞄の持ち手を自分の肩に掛けた。


「姉ちゃんの肩でこんな重いの持ったら折れるよ……で、どこに行けばいいの?」

「そうちゃん……!」


 この家で小夜の味方はいつも聡一だけだった。

 まだ小学六年生だと言うのに、彼は小夜を何くれと気にかけてくれるのである。

 しかし小夜はかぶりを振った。


「そうちゃんまでお父さんに殴られるかもしれないから、これは私ひとりでやるね」


 弟を溺愛する両親が彼を殴るとは思えなかったが、何が彼らの琴線に触れるかも分からない。

 小夜だって大切な弟は守りたい。

 だから、と鞄の紐を自分の肩に移動したその時。

 階下で物音がした。


 小夜は身を縮め、耳をそばだててその音の行方を追う。

 音は玄関で靴を脱ぎ、階段を登ってくる。

 ーー多分父だ。


 青くなった弟に隠れるよう指示され、机の下に鞄ごと潜り込む。

 弟は足音がこの部屋にたどり着く前に部屋から出た。


(フレイアルド様……どうか守って下さい……っ)


 ーーしかし祈りの甲斐はなく。


「お前入試をサボったらしいな」


 恐怖の根源に刻まれた父の声が、小夜の部屋で響いた。


 ***


「お前が受けに行った高校から連絡があった。姿を見せなかったってな」


 したたかに殴られる間、小夜は父に気付かれないよう何度も時計を確認していた。

 夜七時までに、あの場所へ行かなければ。

 あと一時間を切っていた。


 父は床に転がった小夜の腹を踏んだ。

 くぐもった悲鳴が小夜の口から漏れる。


「お前のようなゴミのせいで、聡一にゴミの臭いが移ったらどうしてくれる?」

「……ごめ、な、さ……」


 息が吸えず苦しさに喘ぐ小夜を、父はゴミだと言い放つ。

 ーーいっそゴミなら捨てて欲しいと小夜は思った。


「お前は俺がいいと言うまでこの部屋から出るな」

「……!!」


 そう言うと父は何故か持っていた強力接着剤を取り出し、窓枠に塗りつけ、窓を閉めた。

 小夜は痛みに耐えながら父の脚に縋り付く。


「お父さ、ん……おねがい……閉じ込めないで……っ」


 この部屋の鍵は元々物置部屋だったせいで、外側からしか掛からない。

 窓を塞がれ鍵を掛けられてしまえば、小夜の力で出ることは叶わなくなる。


「お父さん、おと……」


 有無を言わさず鼻先で締められた扉を小夜は叩き続けた。


「ーーお願い! 出して! お父さん! ここから出して……!」


(もういかなきゃ、まにあわないのに……!)


 あらん限りの力で扉を叩くが開く気配はない。

 ならばと窓を開けようと試みるも小夜の非力ではがっちりと接着された窓は開かず。

 椅子や硬いもので窓ガラスを叩くも割れてはくれなかった。


 小夜の手に血が滲み、声が枯れる頃。

 時計はすでに夜八時を指していた。


「フレイアルド……さま……」


 怪我と体力の限界で気絶した小夜は、聡一が親の目を盗み飛び込んでくるまで放置された。

 聡一が呼んだ救急車によって運ばれた小夜は、目が覚めても虚な目で空を見るばかり。

 しかも両親から圧力をかけられた病院は小夜をさっさと退院させてしまった。ーー警察へ届け出ることなく。


 小夜は中学校の卒業式に出ることを許されず、部屋で過ごした。表向きは病気療養として。


「風呂は三日に一度。トイレはその簡易トイレを使え」


 狭い部屋にはベッドと寝具、簡易トイレだけ残され、小夜の持ち物は隠し持ったノート一冊と古い部屋着だけになった。

 電灯さえ取り外された。

 元々何もない部屋が更に何もなくなり、虚な小夜はぼうっと両親の話を聞くだけしかできない。

 両親は話は終わりだ、と小夜を部屋に残し鍵を掛ける。

 

 父と母は、中学を出たのに高校に行かない娘のみっともない姿を近所に見せたくないという。

 小夜はこの家にはいないことになった。

 病気のために県外で静養していると母は近所で話しているらしい。

 窓には外側から曇り加工シートが追加されて近所の目は届かないから、それで通じるのだろう。


 それからという毎日。

 小夜は心を固く閉ざして目を瞑ることで日々をやり過ごすが、時々そうはいかなくなる。

 それは父が小夜を殴りにくる時だった。

 

 小夜に過失があろうとなかろうと、父は苛立つと小夜の部屋の扉を殴るように叩いてから、ズカズカと立ち入り、当たり散らす。

 その時の小夜の態度が気にいらなければ殴った。

 小夜の長い黒髪を掴み、逃げられないようにしてから暴力を振るう。その体勢を父は殊の外好んだ。


「……そうだ、そうやって怯えてればいいんだ。もうお前は外になんか出られないんだからな」

 

 ーー父の言うとおりその後二年以上、小夜は家の外はおろか、自室からも自由に出ることは出来なかった。



7/19 誤字修正

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