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揺り椅子の女神  作者: 白岡 みどり
一章

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24/85

23.憧憬

《閲覧注意》何度も言いますが、閲覧注意回です


 少年の言葉を、小夜は確認するように復唱した。


「フレイアルドさま、が、美しいーー?」

「ええ、そう思いませんか? あの銀の御髪、紫水晶のような瞳、彫刻のような(かんばせ)……この王国にあんな方は、他に一人も見当たりません」


 小夜は同意も否定もせず、傾聴する姿勢を見せることにした。

 時折周囲を伺いながら。


「あんなにお美しいのに、それだけではなくて貴族院の最短卒業記録までお持ちで、しかも侯爵家を継いだ後は、大領地である侯爵領をその手腕で富ませるという才能にまで溢れているんですよ?」


 こんな状況でなければ、この少年相手でなければ、もっと話して欲しい情報が次々と出てくる。

 座る少年の奥に、一筋の光が見える。

 ーー月明かりだ。


「それに天才でいらっしゃる……あの方が現れるまでは糞尿も、食べられない臓物も、貴族庶民関係なくただ捨てるだけでした。けどあの方が肥料をはじめとして色んな用途を開発されて、捨てられていたものを買い取ることで王都は近隣諸国で最も美しい都市になりました! その美しさは、まるでフレイアルド様のように……!」


「それでいてどんな上級貴族にも媚を売らず、縁談を断り続けていらっしゃる。絶世と呼ばれるほどの美しい姫君にも靡かない孤高のあの方にお仕えできるなんて、僕はなんて幸運なんだろうって、毎晩毎晩女神様に感謝の祈りを捧げて来ました」


「僕はあの方の一番側でお仕えして、お役に立って、いつか侯爵家の執事長を拝命するのが夢だったんです」


「ーーなのに、なんでこの僕が配置換えなんですか?」


 急に雰囲気の変わった少年はやにわに立ち上がり、小夜の腹を蹴り上げた。

 豹変した姿に身構える間もなく、小夜の腹部に爪先が鋭く食い込む。


「っあ……」


 腹部を押さえてもだえる小夜の髪を、少年が掴み上げる。


「ーーなんで、ぼくが、ここを、追い出されるんですか」

「し、らな」

「知らない? それは、フレイアルド様に責任を押し付けているのでしょうか? お嬢様」


 更に強く持ち上げられ小夜は悲鳴を上げた。


「知らないっ……ほんとに、知らない……!」


「お前が現れたせいだ!!」


 割れんばかりの怒声に小夜はしゃくり上げる。

 そこには完全に侍従の仮面を引き剥がした狂人がいた。


「お前が現れたから! 僕は、本邸以外で働けとあの方に言われたんだ!! お前みたいな小汚い女が現れて、フレイアルド様は変わってしまわれた……。これまで一人も醜悪な女どもを寄せ付けなかったあの方が、お前なんかに朝から晩まで甲斐甲斐しくなって、僕は、そんなのもう見ていられない……っ」


 手から小夜の髪を離すと、少年は背を向ける。

 土蔵の壁側に向かい、そこに置いてある何かを手に取り戻ってくる。


 手桶のようだった。

 少年はその手桶を持ち上げると、中身を小夜にぶちまけた。


(な、に……)


 ぬるぬるとしたそれは、異常な鉄の臭いと鼻が曲がるような獣臭を伴っていた。


「これ? 今朝捌いた豚の血と臓物だよ。肥料にする予定だったから、お前みたいなゴミには勿体ないけどね」


 ーーゴミ


 その言葉を耳にした途端、小夜はヒュッと喉を鳴らした。

 整えようとしてもヒュッヒュッと勝手に呼吸が荒くなる。

 ーー苦しい。


 そんな小夜の様子に、少年が気づかないはずがなかった。

 一瞬呆けた少年は、すぐにニタリと口元を歪めた。


「……ゴミ」

「ーーっ、ぃやっ……」


 その言葉を言われるたびに、小夜の呼吸は乱れ、胸が軋み、頭は輪で締め付けられたように痛くなる。

 苦しむ小夜に昂奮した少年は何度も何度もその言葉を繰り返す。


「ゴミ! ゴミ! ーーお前はゴミだ!!」

「ーーやめてぇっ!!」


 耳を押さえ、号泣しながら背を丸める小夜に、少年は更に追い打ちをかける。


「……ほんとに、お前はこの侯爵家にとってゴミみたいな存在だよ。いや、ゴミなら使い道がまだあるから、ゴミ以下だよ。教えてやろうか。あの二人の侍女はお前のために死んだんだ」

「……え?」


 息苦しさに胸を抑える小夜の顎を、少年は血濡れた手で持ち上げた。


「あの二人は、親に期待されてこの侯爵家に来たんだよ。フレイアルド様に上手く取り入って出世して欲しい、成功して欲しいってさ。それはそれで許せないけど、フレイアルド様は全く歯牙にも掛けてらっしゃらなかったから、僕も見逃してた。でも、お前が現れちゃった」


 自分の耳の奥で激しく心臓が動く音がする。

 少年は小夜の前に腰を下ろした。


「僕はお前が女神様が齎した娘なんかじゃない、ただの薄汚い庶民だって初めから分かっていたからね。あの二人にもそう教えてあげたーーその結果思った通りのことをしたけど、意外だったのはフレイアルド様があんなにも怒ったことだよ」

「フレイ……アルド……さま、が」

「そう。あの二人のしたことにお怒りになって、貴族女性の命とも言える髪を切り落とした」

「ーー!!」


 知らなかった。

 彼がーー自分の為に、知らない間に。


 小夜は苦しさから出た生理的な涙ではない涙が止まらなくなった。

 昨日の夜すごく疲れた様子の彼に、小夜はなんと声を掛けただろうか。

 ーーもっと彼を知る努力を、すれば良かった。


「髪を切られて、実家におめおめ帰るなんてそんなの耐えられないって言うから、流石の僕も可哀想で……鼠取用の毒をね、渡してあげたんだ。まあ、最後は手伝わなきゃいけなかったけど」

「……まっ、て」


 小夜は、少年の言葉にーー聞き逃せない言葉に、手を伸ばす。

 少年の服を掴んだ。


「あ、あなたが、あの二人を、殺したの?」


 掴まれた己の服を見下ろす少年の目は、戸惑いに揺れ、次いで歪んだ。

 それは自分よりも下等とみなした存在が楯突いたことへのーー嫌悪感に他ならない。


「触るな!!」


 振り下ろされた拳に小夜は頬を殴られた。

 防御のために身体を丸めた小夜をーー少年は気が触れたように打ち続ける。


「おまえ、みたいな! 男と見れば! フレイアルド様にも! ラインリヒ様にも、殿下にも! 媚を売る! 女が! 僕に触るな!!」

「……」


 息を荒げる少年は、血走った目で小夜を見下ろしーー銀色に光る短刀を、取り出した。

 ふぅー、と長い息を吐き出した少年は、その刃を小夜に向けた。


「そろそろいいか……」


 身体を丸めたまま、もう動くことが出来ない小夜の顔を無理やり上げさせると、少年は初めて小夜に笑みを見せた。


「次はもっと、フレイアルド様のお役に立てる生き物に、産まれておいで」


 その刃に、月明かりが反射した。



垢BANされたらどうしようと思いながら書きました

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