22.襲撃
《注意》暴力回です
バルトリアスと別れ屋内に戻った小夜だったが、自室と浴室以外を知らない為、見事に迷っていた。
マーサを探すも見当たらず、とぼとぼと一人歩く。
バルトリアスが歩いた道を戻ればいいのだが、すでに方向感覚を失った小夜はいつのまにか自室とは真逆の棟に入り込んでいた。
(すごく広いなぁ……美術館みたい)
白い石でできた壁に掛けられた大きな織物には、女性のモチーフが多い。
(もしかして、これが女神様なのかなぁ……)
使用人の一人でもいれば道を聞けたのだが、あいにく誰ともすれ違わなかった。
埒があかず、現在地を把握しようと窓から外を覗き込んだ時だった。
後ろから驚いたような声がした。
「お嬢様……? こちらで、何を」
背後から掛けられた声に振り返ると、そこには先ほど玄関で出迎えてくれた少年の侍従がいた。
小夜は知っている人にほっとし、道に迷ったことを告白した。
「まさか、お一人で、ここまで?」
「そうなんです」
照れながら答えると、少年は心得たように頷く。
「そうでしたか。よろしければ僕がお部屋へお連れいたします」
相変わらず少年侍従は無表情だったが、思ったよりも優しいのかもしれない。
小夜は礼を言うと、その後ろをついて歩いた。
少し歩くと、彼の足はある部屋の前でぴたりと止まる。
それは装飾のない木製扉が嵌まった部屋だった。
「ーーお嬢様、良ければお目に掛けたい物があるのですが、よろしいですか?」
「? はい」
少年侍従は足を止めた部屋の扉を開け、小夜に入るよう促す。
一歩足を踏み入れた部屋の暗さに、小夜は後退りしようとした。
しかしその背を少年侍従が押さえる。
ーー手の感触に、小夜は一瞬鳥肌がたった。
「暗いのは苦手でいらっしゃいますか? 今、灯りをつけましょう」
「え……」
少年侍従がそう言った瞬間、部屋の中がパッと明るく照らされる。
一拍のち、目が慣れてそこに何があるか分かった。
「ーーっひ、ん!!」
「お静かに、お嬢様」
小夜の悲鳴は、少年侍従の手によって阻まれた。
口からその手を外そうとしたが、両手首を少年の片手であっさりと拘束される。
涙の滲む目で室内を再び見れば、部屋の床には見覚えのある二人の侍女が転がっていた。
どう見ても死んでいる。
(なん、で……なんで、あのふたりが)
フレイアルドは、彼女達は実家に帰ると言っていた。
ーーなのになぜ、ここにその死体があるのか。
そしてこの少年はなぜ、小夜をここへ連れて来たのか。
小夜は混乱しながらも必死に振り解こうとするが、拘束された手はびくともしない。
「んん!! んーー!!」
「……しーっ……躾のなっていない方です、ね!!」
「ーーっ!!」
口元を抑えられたまま、小夜は後頭部を壁に叩きつけられた。
強い衝撃と痛みが後頭部から背中までを突き抜け、チカチカと目の前が白く弾ける。
口の中に鉄の味が広がった。
ずるずると壁に体を預けたまま崩れ落ちる小夜は、痛みに支配されながらも何とか逃げようと指先を伸ばす。
扉はすぐそこだ。
(フレイ……アルド……さま……っ)
その指を靴で踏みつけると、少年侍従は困ったような声を出す。
「これで気絶できないとは思いませんでした。ちょっと力が足りませんでしたね」
申し訳ありません、と言いながら小夜に覆い被さる影。
そのまま、細い首を絞められた。
「〜〜ぅ!! 〜〜っ!!」
「あれ、加減が難しいなぁ……」
何の悪意も感じないその声を聞きながら、小夜は意識を手放した。
***
フレイアルドはマルクスからの報告に頭を掻きむしりたくなった。
下手人と断定した使用人の姿がないというのだ。
「エマヌエルがいない、だと!?」
「はい、出迎えの時は確かにおりましたがーーその後誰も姿を見ておりません」
「ーーっ!!」
消えた小夜と、見つからないエマヌエル。
その二つが容易に結びつき、フレイアルドは血の気が引いた。
とにかく二人を早く見つけなければならない。
「マルクス! お前はーー」
「フレイアルド!!」
重要なやり取りの最中執務室に飛び込んできたラインリヒをフレイアルドは睨みつけた。
「何だ!!」
「なんか来た!!」
途端、室内に異常を知らせる早鐘が鳴り響いた。
フレイアルドは舌打ちする。
それは邸内への侵入者を知らせる遺物が発する警告音だった。
襲撃である。
早鐘が鳴るとともに腰の剣を抜き払ったバルトリアスはフレイアルドに指示を飛ばした。
「フレイアルド!! 其方はサヨを探せ!!」
警告音はまだ鳴り響いている。
侯爵邸を警備する私兵が駆けつけてくるとは言え人数も分からぬ相手である。
「お一人では無茶です!」
「マルクスとラインリヒを貸りる」
「オレですか!?」
フレイアルドはその言葉にすぐさま執務室に置いてある予備の剣を取り出し、丸腰のラインリヒに持たせた。
白い顔色のラインリヒは信じられない、という顔で立ち尽くしている。
「とりあえず腕とか足とか切っておけ。殺さなくていい」
「は!? 無理無理無理無理!! ムリ!!」
フレイアルドは自身の剣も取り出し身につけながら、執事長に後を託した。
「マルクス、殿下を頼む」
「はっ!」
「オレのことは!?」
勇ましいマルクスに足が浮くほど引きずられたラインリヒとバルトリアスが執務室を飛び出すと同時にフレイアルドも走りだした。
もし小夜がエマヌエルに攫われたのだとしたらーーその行先に心当たりがあった。
***
鼻をつく強烈な異臭に、小夜は意識を浮上させた。
体を動かそうとすると強い痛みが走る。
そっと目を開けるが暗くて周りの様子がわからない。
その眼前にぬっと顔が現れた。
「おはようございます」
「……あ……」
声の主が自分を襲った少年侍従であることに気づき、小夜は泣き出した。
「あ……や……」
「もう壊れましたか? まだ早いですよ」
「ぃたっ!」
小夜の襟首を掴むと、彼は小夜を揺さぶった。揺さぶられるたびに強烈な頭痛がした。
「さて、ここがどこだかお分かりでしょうか?」
「……え?」
小夜はおずおずと暗い部屋を見渡す。
目は慣れてきたが土蔵のような部屋であることくらいしか分からない。
「わ……わから、な……」
「フレイアルド様のお側にいるのに、そんなことも分からないんですか?」
「ーーっ!」
ぎりぎりと締め上げられると襟が首に食い込み、小夜は痛みに顔を歪める。
その小夜に、少年は慌てて手を緩めた。
「おっと……これ以上は死んじゃいますね。あ、もちろん後で死んでいただこうとは思っているんですが、もう少し僕の話を聞いてもらいたいんですよ」
「は、なし……?」
「はい」
少年は小夜をどさりと床に落とすと、咳き込む小夜の前に腰を下ろした。
そして少年は恍惚の顔で小夜に、一方的に語り始めた。
「フレイアルド様は、なんとお美しいのか……そう、思いませんか?」




