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揺り椅子の女神  作者: 白岡 みどり
一章

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11/85

10.歓迎

 

 フレイアルドがいない午後、小夜が休んでいるとマーサは若い侍女を二人伴ってきた。


「しばらくの間は私の他にこの二人がお仕えいたします。ご挨拶を」


 二人の侍女は音もなく小夜の寝台近くまで進み出る。

 マーサよりも濃い茶色の髪の侍女はリリエス、藍色の髪の侍女はアルルナと名乗った。

 マーサと同じ侍女服だが、二人は髪を下ろしたまま、白い室内用の帽子を被っている。

 小夜は寝台の上から二人に頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「精一杯努めさせて頂きます」


 マーサは顔合わせ後、早速二人に小夜の食事を運ぶよう指示した。

 小夜は首を傾げる。昼に目覚めてすぐ食べたので、それからまだ二、三時間くらいしか経っていないと思ったのである。


「ラインリヒ様によりますと、サヨ様は極度の栄養失調でいらっしゃいます。急にたくさん召し上がると気分を害することもあるそうです。しばらくは、日に何度か少なめの食事を召し上がっていただきます」


(リフィーディング症候群のことかな)


 小夜は翻訳の中で見たことのある病名を思い出して納得した。

 長期間栄養失調にさらされた体が急に栄養を摂ると心不全などを引き起こすーーそんな内容だった気がする。


 運ばれてきた食事を小夜が摂ったのを確認して、マーサは部屋を出ていった。

 マーサはこの屋敷の侍女頭でもあるらしく、小夜の専属となっても差配しなければならないことがたくさんあるらしい。

 部屋に残されたのは二人の若い侍女と、小夜のみである。


 二人の侍女は壁際で仲良く談笑している。

 小夜はそれを咎める、という考えも浮かばず寝台から二人を眺めていたのだが。

 

(う……)


 ふと、小夜は手洗いに行きたくなった。手洗いは寝室の隣に設けてあり、普段なら自分で用を足せるだろう。

 しかし今の小夜は足を動かすことが出来ないので、必然誰かの手を借りてしなければならない。

 小夜は恥ずかしさを感じながらも、二人へ声を掛けた。


「あの、ごめんなさい。お手洗いに行きたいのですが」


 談笑中の自然な笑顔をふっと消すと、リリエスは扉を指し示した。


「ーーどうぞ?」

「え? あ、あの、手を貸して貰えないでしょうか」


 二人は顔を見合わせ、ボソボソと会話をする。小夜には聞こえなかったが、あまり良くないことに思えた。


 アルルナが小夜を、感情の伺い知れない目で見下ろす。


「……ねえ、あなた庶民でしょ?」

「庶民?」

「貴族じゃないんでしょって言ってるの」


 小夜は貴族どころかこの国の人間でさえない。それを庶民というのかどうか、小夜には判断が難しかった。


「えっと……」

「あたし達は貴族なの。なんで貴族が、庶民の下の世話なんかしなきゃならないのかしら」

「旦那様のお気に入りだから何でもして貰えると思った?」


 くすくすと嗤う二人に、小夜は俯くことしかできない。

 切羽詰まっている小夜は、涙声で「マーサを呼んでください」と頼むが、それすら叶わなかった。

 再び談笑に戻った二人は、それから何を話しかけても一度小夜を睨むだけで後は無視を決め込んだのだ。


 結局小夜は寝室の隣に設けてある手洗いまで、床を這いつくばって移動するしかなかった。

 ゆっくりと足を動かさないように進むその仕草に、二人の侍女はきゃらきゃらと笑い転げていた。


 マーサは何度か様子を見に来てくれたが、その度に二人は甲斐甲斐しい侍女に戻るので、小夜は言い出すことができなかった。


 ***


 翌日、遺物に詳しい人物が来訪するとのことで小夜の前にはたくさんの衣装が並べられた。

 

「こちらはみな、旦那様がサヨ様にご用意したものです。寸法の多少の調整は効きますので、お好きなものをお選び下さい」


 しかし目の前の色とりどりの衣装に小夜は困ってしまう。


(ど、どうしよう……好きなの、といっても)


 自分の服など生まれてこのかた選んだことがない。 

 それに自分の好きな色や形も分からない。

 小夜が選びきれないでいるとマーサが「この辺りなどがよろしいと思います」と助言してくれたのでそれに従った。


 淡い紫色の、締め付けの少ないワンピースだった。


 支度後、小夜は昨日フレイアルドが眠っていた椅子に座る。

 小夜の支度を整えたマーサがフレイアルドを呼びにいく間、リリエスとアルルナが残った小夜の衣装を勝手に触り出した。


「わぁ、これなんかマッカルイ産の特上絹布だわ」

「見てよ、こっちなんてアーゲート織よ」

「ねえあたしに似合う?」


 きゃっきゃと自分達の体に当てて楽しむ二人を見て、小夜は胸の中がチリチリとした。


「お二人とも。着なかった物はしまって下さい」

「は? なによ、見ていただけじゃない!」

「あたしの服に触らないでって? 庶民ってほんとに卑しいわね」


 リリエスとアルルナはひとしきり小夜に文句を言いながら、衣装を抱えて部屋を出て行った。

 一人残された小夜はふぅ、と溜め息を吐くと目を閉じ椅子の背もたれに体を預ける。


(……これくらい、何ともない、何ともない……)


 フレイアルドが寝室に入ってきたのにも気づかないほど小夜は消耗していた。


「ーーサヨ? 何がありました?」


 サラリと髪を撫でられて小夜は目を開けた。

 半日しか経っていないのに長いこと彼を見ていなかったような気持ちが押し寄せる。

 小夜は精一杯微笑んだ。


「大丈夫です、何ともありません」


 フレイアルドの目の下には隈がある。

 きっと眠る時間を削るほど忙しいのだろう。

 そう思うと、せっかく付けてくれた侍女達を告げ口するような真似は憚られた。


「綺麗な服をあんなにたくさん、ありがとうございます。フレイアルド様」

「サヨ……」


 フレイアルドは何かを言い掛けるが諦めたらしい。椅子の上の小夜をそっと両腕で抱き上げた。


「元気になったら針子を呼びますから、好きなだけ衣装を作りましょう。それから、王都見物にも連れて行きますからね」

「王都見物?」

「そうですよ、市が毎日立っていてとても賑やかで楽しいところです」

「わぁ……」


 外を自由に歩くなんて、想像しただけでも楽しい。

 二人の侍女のことも忘れて、小夜はフレイアルドと行く王都見物に思いを馳せた。


 フレイアルドに抱き上げられたまま、小夜は初めて侯爵邸の中を見た。

 白い石を組み上げて作られた壁には所々に大きな綴れ織が掛けられている。

 見える限り本邸はコの字型に東西に両手を伸ばした形らしく、小夜の寝室前の廊下の窓からは、正面玄関とそこから門まで続く前庭が見えた。


 小夜達は中央階段を降り、正面玄関で来訪者を待つらしい。

 小さな椅子が用意され、そこへ降ろされる。


「サヨは座ったままで結構です。一応身分の高い方ですから、許しがあるまでは顔を伏せていて下さいね。大丈夫です、怖い方ではありません」

「は、はい……」


 出迎えの面々を見れば大丈夫と言えなさそうである。

 フレイアルドは平然としているが、隣に立つラインリヒは髪をきっちり撫で付けた上で、青ざめた顔をしている。

 使用人達もみな緊張感のある顔をして並んでいる。

 その中に侍女の二人を見つけて、小夜は目を逸らした。


 ーーリーン……リーン……


 すでに扉を開け放っている玄関広間に、鈴の音が鳴り響く。

 前庭の向こう側に見える門が開き、二頭立ての馬車が一台向かってくるのが見えた。


 どきどきしながら馬車がだんだんと近づいてくるのを待っていたら、隣に立つフレイアルドが片膝をつく。そして左手を胸に押し当てると、顔を伏せた。

 周囲も男女関係なく屋敷の主人に追従して同じ礼の姿勢をとったため、小夜も何となく左手を胸に当て、顔を伏せた。


 馬の嘶きが聞こえる。

 

「ーー出迎え結構、フレイアルドよ」

「バルトリアス殿下におかれましては、当家へのご来臨、心よりの歓びと感謝を捧げることをお許し下さい」

「許すーーおいそこの娘、そなたも許す」


 小夜がそろり、と顔を上げると既に全員顔を上げていた。

 

「見慣れぬ顔だな」


 つかつかと小夜の前まで歩みを進めた男の姿を見て、小夜は身を硬くした。

 小夜はあまり人の美醜に頓着していない。

 美しい人、かっこいい人という基準が自分の中にないため、周りが言って初めてそうなのかと思うくらいである。

 しかし周りの声を聞かなくても、目の前の豪奢な金髪を後ろでひとつに纏めた男は、格好良い人、に含まれるのではないかと思った。


 フレイアルドにバルトリアス殿下、と呼ばれた男はおそらくはこの国の王族なのだろう。

 フレイアルドよりも長身で、程よく鍛えられた体を黒を基調とした衣装で包んでいる。

 バルトリアスはびっしりと金糸で刺繍された外套をその半身に掛けていた。

 外套に裏打ちされた布は、先ほどの小夜の衣装にはなかった群青色である。


 外套の裏打ちと同じ群青色の眼は小夜を上から下まで一度眺める。

 だがその見定めるような視線はすぐに外された。


「では、中で話を聞こう」


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