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明希の嘘

「フローライト」第二十三話

最近テレビを見るようになった。こないだの利成の事件で、相手の子がどんな子なのかもわからなかったので、とりあえずテレビを見てみようと思ったのだ。


花音は結局訴えることはなかったけれど、マスコミには漏れてしばらくの間また利成のニュースがネットやテレビ、週刊誌などを賑わしていた。明希のところにも記者の人が外で張り込んでたりで、しばらくは明希も不自由な思いをした。


でも少しずつそんな噂も下火になっていったある日・・・。


(え・・・)


何気なく見ていたテレビの歌番組に翔太が出ていた。翔太のバンドはまだ活躍していたのだ。


(良かった・・・翔太)と思った。


懐かしさで胸がいっぱいになった。翔太とはあれ以来電話もメールももちろん会ってもなかった。


司会者のインタビューにはほとんどボーカルの女の子が答えている。翔太の声は聴けなかった。


バンドの歌が始まった。ほとんどボーカルばかりにカメラが行くが、一人一人も中盤には映し出された。


(翔太・・・)


涙が溢れた。やっぱりまだ好きなのだ。でも・・・と涙を拭いた。こんな思いは断ち切らなければいけない。もう昔のことなのだから・・・。


歌が終わるとネットで翔太のバンドを検索してみた。たくさん情報が出て来た。写真もたくさん出てくる。どうやら以前とは違ってかなり売れたらしい。


ユーチューブで翔太のバンド歌を聴いた。翔太の声はコーラスでほんの少し入るだけだけど、耳を澄ませて翔太の声を探した。


利成は翔太に何と言って連絡を絶たせたのだろう。本当にあれ以来一切何もなくなったのだ。


(あ・・・)と思った。翔太のバンドのライブツアーの情報があった。


高校の時にお互い好きなバンドが一致して一緒に行ったライブを思い出す。気がついたら翔太のバンドのライブのチケットを購入してた。


(やだ・・・どうする気だろ・・・)と我に返った。


利成に次はないと言われている。明希ももちろんそう思っている。


(でも、利成だって・・・)


確かに自分がセックス恐怖症でできなかった時期は長い。だけどだからといってという思いもあった。


── 知らぬは妻ばかり・・・。


いつかの花音の言葉が脳裏によみがえった。


(わからなければいいよ・・・)


何だか悪魔のささやきみたいに聞こえた。


 


翔太のバンドのライブの日は雨だった。夜六時から始まるライブ会場は、傘を差した若者で溢れていた。


(こんなになってたなんて・・・)


自分は芸能系の情報に疎すぎると少し反省した。


会場の真ん中より少し後ろに席に座った。両サイドは若い女性だった。皆バンドの応援のためにメンバーの写真入りの団扇を持っている。


ライブが始まった途端、皆が総立ちした。明希も昔を思い出して立ち上がって手を叩いた。


明希の席からではメンバーの人の顔はまったく見えなかったけれど、大きなモニターがあって映し出されるメンバーの顔を見つめた。一人一人映し出されるメンバーの顔の中に翔太も映し出された。


(翔太・・・)


涙が出た。何故いつまでもこうなんだろう・・・。翔太にはあのセックス恐怖症のせいで捨てられたような形での別れだったのに、恨むどころかいつまでも恋焦がれてるなんて・・・。


(あーバカだ・・・)と思った。


ライブが終了して一人帰路についた。雨はまだ降っていた。


 


家に着くと玄関に利成の靴があった。利成には実家に少し用事があると言っておいた。


「おかえり」と部屋に入ると言われた。


「ただいま」


「実家どうだった?」


「んー・・・まあ・・・色々」と答えた。明希が父の再婚相手とまったくうまくいってないことは利成も知っていた。だからこういう言い方しても不自然ではない。


「そう。俺も最近明希の実家に行ってないよね」


「そうだね、でもうちはいいよ」


「ハハ・・・何で?」


「んー・・・何でも」と答えたら利成がまた笑った。


「ねえ、明希」と利成が手招きをするのでそばまで行ったら「隣に座って」と言われた。


「何?」と隣にすわったら封筒のようなものを渡された。何気なくそれを見てハッとする。


「どうだった?」と聞かれる。


「・・・・・・」


その封筒は明希の机の引き出しに入れていたものだった。翔太のバンドのライブチケットが郵送で届いたのだ。すぐ捨てれば良かったのに何だか捨てれなくてそのまま入れてあった。


「楽しかった?」


「これ・・・どうして?」


「たまたまね」とだけ言う利成が微笑む。


「ライブだけだよ」


「知ってるよ」


「だから特に何ってこともないよね?」


「そうだね」


「・・・じゃあ何?」


「明希は彼がまだ好きなんだね」


「・・・・・・」


「何だか妬けるな」と言われて利成の顔を見た。利成は咎める風でもなく微笑んでいる。


「好きとかじゃないよ」


説得力がないけれど一応否定した。


「そう」


話しが済んだと思って立ち上がろうとしたら、利成に腕をつかまれソファの上に押し倒された。


「俺が無理矢理したらまたセックス恐怖症復活しちゃうかな」


明希は自分を見降ろしている利成を見つめた。多分だけど、かなり怒っているような気がした。


「・・・大丈夫だし・・・利成にされるなら無理矢理じゃないでしょ?」


「そうだね」


「まだ何かある?」


「明希もそういう言い方するんだ」


(あれ?)と思った。利成が少し感情的になってるように見えた。


上から見下ろされたままじっとしている利成を見つめ返した。


「そうか、まだ俺の物になってなかったのか・・・」


呟くように言う利成にまた(あれ?)と思った。


「どういう意味?」


「俺のフィルターからのぞいてみて」


「・・・・・・」


「わかるでしょ?いつまでも自分の奥さんが他の男に心奪われたままなんてね」


「心なんて奪われてないよ」


「ふうん・・・さあ、どうしようか?」と言われてハッとした。これは相当怒っている。


「利成、ほんとに心なんて奪われてないよ。ただちょっと懐かしくて・・・」


「そう」


「だから、言わなかったのは悪かったけど・・・」


「うん、言うべきだったね」


「・・・・・・」


「どうでもいい女の心ならすぐ手に入って、明希の心だけ手に入れられないなんてね」


(どうでもいい女?)


利成が自分から女性の存在を匂わすのは初めてだ。


「どうでもいい女って?」


「明希以外の女だよ」


利成の明希をつかむ腕にじりじりと力が加わっていく。やっぱり感情的になっていると思った。利成が感情的になっているのを明希は初めて見た。


「それもあんな男に」


更に利成の手に力が加わってくる。


「・・・どうしたらいいの?」


「そうだな・・・」


「私を捨てる?」


「まさか」と言って利成がつかんでいた腕から離れてソファに座り直した。明希も起き上がって座った。


「明希のことを解放するわけないでしょ」


「解放?」


「俺の物になってない女を解放すると思う?」


「・・・・・・」


どこか苛ついた風な利成も初めて見た。


「つまんない俺だな」


「つまんないって・・・利成がつまんないわけないよ」


「・・・・・・」


「歌も歌えるし、作詞作曲もできるし、ピアノもすごいうまいし、絵も素敵だし・・・皆利成が好きでしょ?」


「明希は?」


「何?」


「明希は俺のこと好きじゃないでしょ?」


(え?)と思った。


「好きだよ。子供の頃からずっと」


そう言ったらその答えを最後まで聞かないうちに利成が投げやりな感じで言った。


「つまんねーよな。昔明希と見に行ったあの金賞の絵と一緒だよ」


「あれもすごく素敵だったよ」


「あれじゃダメなんだよ!」と利成が声を荒げた。


明希はびっくりして利成を見つめた。こんな利成は今まで見たことがない。


「俺のジレンマわかる?」


「・・・・・・」


「どうすれば明希のこと手に入れられる?」


「もう手に入れてるよ?」


「入れてないだろ?こそこそあいつのライブに出かけて行ってるだろ?」


「・・・・・・」


困ったと思った。利成がすっかりいじけてる?でも利成が?とまだ明希は信じられなかった。


(え・・・でも、まさか・・・)と利成を見つめた。


「あんな男に負けてるなんてバカらしくて」と自嘲的に吐き出すように利成が言った。


「利成・・・負けてないよ?」


「は?負けてるだろーが?」


「利成って、ほんとに負けてないよ。ね?」


利成は頭を抱えている。こんな面が利成にあったなんて・・・。


(何か可愛いかも・・・)と幼い頃を思い出した。


一緒に利成の家で絵を描いていて、明希がせっかく描いた絵にジュースをこぼしてしまった時に泣いたら、利成がオロオロして「俺のあげるから」って言った。


(あの時の絵ってどんなだったんだろう)


もちろんもうそれはどこかに行ってしまった。


「絶対負けてないから」と利成の手を握ると、利成が抱きしめてきたというより抱きついてきた。


「昔ね、一緒に絵を描いて私が自分の絵にジュースこぼしちゃったこと覚えてる?」


「うん・・・」と利成がしがみついたまま言った。


「あの時ね、利成が自分の絵をあげるって言ってくれたんだけど、どんな絵か忘れちゃった」


「マリーゴールドだよ」


「え?マリー・・・」


「マリーゴールド。オレンジ色の花」と利成が顔を上げた。


「そうなんだ、よく覚えてるね」


「明希みたいだと思ってたから忘れないよ」


「そうなんだ。また絵描きたいね」


「うん・・・描こうか?」


「え?」


「一緒に描こう」


「私は下手くそだから無理だよ」


「そんなことない。うまいもヘタもないから、ただ描けばいいんだよ」


「んー・・・」


「明希も一緒に描いて絵本作らない?」


「絵本?」


「前に一緒に絵本作家の絵画展に行っただろ?あの時思ってたんだ。明希と絵本もよく見たよね」


「うん・・・そうだね。絵本は好きだけど・・・私が絵描くの?無理だよ」


「明希、無理なことなんてないよ。やろう」


「んー・・・利成って今でもだいぶ忙しいでしょ?なのにできる?」


「今やりたいことやる、忙しいとか関係ないよ。できるかできないに関しては論外」


「えー・・・」


「前に一緒にユーチューブで歌ったじゃない?あれも明希は無理だって言ってたけどできたでしょ?」


「そうだね・・・」


「じゃあ、決まりだね」と利成が笑顔になった。


「んー・・・」と曖昧な返事になってしまう。


「明希」と呼ばれて顔を上げると、いきなりお姫様だっこで抱き上げられた。


「え・・・ちょっと、利成?」


「明希、意外と重いかも」と言いながら抱いたまま部屋を出て行く利成。


「やーそりゃ重いよ。恥ずかしいから降ろして」と言ったら寝室に入ってベッドに降ろされた。


「心はまだなのかもしれないけど、身体は完全に俺のものだよね」と利成が口づけてきた。


何だか子供の頃の話をしたら、あの頃の思いまで戻ってきたみたいで・・・。二人でただ無邪気に描いていた日々はどれほどの宝物だろうか・・・。


「利成、一緒に絵を描いた頃の思い出は利成とだけの宝石のような思い出だよ」


そう言ったら利成が嬉しそうに言った。


「うん・・・あの頃に俺は明希に心奪われちゃったんだな・・・」


そう言って利成は今日は優しいセックスをしてきた。何だか愛しさがこみあげて来る。


そうか人は色んな色のフィルターを持ってるんだね・・・。

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