海へ逃げ込む資格
肌触りだけで破壊不可能だと解る無明の闇。
それを全身に隙間なく押し付けられ、無理やり歪められている。
自己を認識したその時から一瞬も離れずずっと、常に。
私にとって世界とは闇の圧迫に他ならなかった。
…だというのにこの耐え難い息苦しさはいったいなんなのだ?
圧迫以外の出来事など体験していないはずなのに、歪められたこの身こそ常識で普通で真っ当な有り様のはずなのに、なぜだか無性に居心地が悪い。
これではまるで私が闇の無い世界を知ってるみたいじゃないか…。
そんなものどこにも在りはしない。
在ったところで関係もない。
この不愉快極まる輩は決して私を離しはしないだろう。
疎んじている側なはずの私でさえどこまで自分でどこから闇なのか曖昧なのだから。
いや…自覚が無いだけで、実際には他人行儀な自己嫌悪に過ぎない可能性も考えられる。
しかし…もしも、もしもどこかに押し付けの無い世界があって、そこへ脱出できるのだとしたら…?
その想像は、圧迫感を強化しながら気持ちを楽にする矛盾した力だった。
体が熱くなってきた。
私の意志ではない。
闇の熱が焼いているのだ。
夢想すら許さぬと言わんばかりに追加された新たな苦痛。
だがその熱、温度差は私と闇をはっきり別つ智慧でもあった。
わかる…私が。
焦がされながらも闇よりまだ少し冷めた表面…柔軟で自由で、決まった形を持たない中身…それが私だった!
私は闇じゃなかった!
ちゃんと在ったんだ、ここに!
自己を悟って生まれた歓喜は、双子のように焦燥も伴ってきた。
どうする…どうすればいい!?
せっかく自分が自由な存在だと理解できたのに、このまま苦しんでいる事しかできないのか!?
答えはわかりきっている。
方法がわからないだけだ。
闇を脱する道が…。
ほんの数秒迷い、開き直る。
どうせ元より闇と自分以外何も無い世界だ。
ならば…道は自分で創るしかあるまい!
私はもがいた。
何をどうしたなどと理屈で説明できはしない。
ただただ自由のままに力を解放した。
なんとなく肌触りが変わってきた気がする。
闇と真逆の輝く世界がかすかに見えた気がする。
むしろ圧迫が増してきた気がする。
灼熱の闇は怒りの化身となって私を焼き滅ぼそうとしてくる。
次第に体の動きが鈍くなっていく。
輝く世界との距離感から察するに外への脱出は不可能だろう。
しかし絶望は無い。
押し付けられる息苦しさも。
私の本質は自由であり、自由で闇に抗うこの時間こそ別世界の創造なのだから。
私は私の世界から追い出されぬよう、いつまでも自由に振る舞い続けた。
「ありゃ、ぺったんこのグシャグシャだ」
「しっかり型に流し込まないからそうなる」
「やったはずなんスけど…押し付けが甘かったのかなぁ。
…あ、でも味は一緒っスよ。
これ売れないっスかね」
「味の問題じゃない。
たい焼きの形になってなきゃたい焼きじゃないんだ」
「でも味は一緒っスよ?」
「馬鹿野郎!
味が同じだろうが誰が満足しようが、ぺったんこグシャグシャ屋にたい焼き屋の生き様はねえんだよ!
たい焼き屋辞めたくなかったら作り直せ!」
「へーい」