イヒトと遺志
イヒト(♀):
マルコロ:
マルコロ「イヒト。初めての海はどうでしたか?」
イヒト「うん。初めてだったからかな。見ていて現実味がないって言うか、まるで絵を見ているみたいだったんだ。額縁も無いのにね、目だけじゃなくて肌も耳も海を感じているのにね。潮の味とか匂いってのも初めてだったんだ。しょっぱいかぜって、なんか凄いね。新体験ばっかりだったよ。」
マルコロ「イヒト…。イヒトがそこまで饒舌に話すのは珍しいですね。私も嬉しいです。」
イヒト「うん!」
マルコロ「さてイヒト。次はどちらに向かいますか。数えきれないほどの住宅街に海と山と大きな橋と、あとは博物館は見ましたね。ですがまだまだ足りません、もっとイヒトが行きたいところに行き、知りたいことを知りましょう。それが私達の役目なのですから。」
イヒト「なんかカタいよマルコロ。もっとやわらかくて大っきい目標でいこうよ。ね?」
マルコロ「…。」
イヒト「あ、大きいと言えばアレがあったよ。」
マルコロ「アレ…とは何でしょうか、イヒト?」
イヒト「富士山だよ!」
マルコロ「富士山、確かに本州で一番大きいものですね。ですが、ここから富士山までは100km以上離れています、一体どうやって富士山の場所まで向かうのですか?」
イヒト「んー。」
マルコロ「あたりを見渡しても何も無いと思いますが。
人類が栄えていた時代はもう12年も前のことで、私達は7年前からイヒトが望む通りの場所に行き、イヒトが望むものを見て、感じ取って、知ってきました。
イヒトが人間の遺産として人間の遺物を記憶するために。あの子さえ生きていれば人間の意地は守られる。私達はきっとそう感じていたるのです。」
イヒト「あ。あそこを渡っていこう、マルコロ。」
マルコロ「あれは、高架線路?」
イヒト「うん、たぶん前に資料で見た新幹線が使ってた高架だと思うんだ。アレをずっと歩いてけば富士山まで行けるよ!
ずっと向こうまで。マルコロと日本中を知るための旅に。かつての日本の、ありとあらゆるすべての場所を見て知り、全ての地形を、全ての情景を、あらゆる景色を。
ボク達の目指す終着点なんて無いけれど、とりあえず何百年と似たような、ただどうしようもなくそこにあるだけの物たちを全て拾う旅を、ただただ続けていたいから。ボクの気持ち。」
マルコロ「富士山の場所までただひたすら歩き続けても一週間はかかりますよ?また前みたいに根をあげて道草を食うために寄り道をするのでは?」
イヒト「そんな事もうしないよ!」
マルコロ「その言葉は過去に2回は聞きました。さぁ、線路を渡っていく前にまずは活字本のを何冊か集めましょう。本は旅のお供です。時間を潰すのなら、本こそが良いでしょう。」
イヒト「えー、また本読むの〜?ボクは漫画の方が読んでて面白いんだけどな〜」
マルコロ「漫画はすぐに読み終えるのでダメです。さぁ、てきとうな家屋から10冊程拝借いたしましょう。さぁ、イヒト。手分けしてまだ読んだことのない本を探しますよ。」
イヒト「もう。マルコロ、ちょっと張り切りすぎだよぉ。」
マルコロ「何を言っているのです。私は張り切ってなどいません。ただ、私がすべきことをしているまでですよ。イヒトも道路に突っ立っていないで、しっかりと万能鍵を使って全部屋探索してください。」
イヒト「わかったよ〜。…やっぱり張り切ってるじゃん。」
マルコロ「書物は万がいち雨で濡れてしまわないようにビニール袋に入れて私が持っておきますので、イヒトは他に事態があった場合に備えて手を空けておいて下さいね。」
イヒト「うん、分かってるよ。ボクもただのバカじゃないんだから。…よし、本も確保した事だしいざ、富士山へ!
線路の上を踏み外さないように歩いて西へ。踏み外しそうになったらもう片側の線路へ。
ボクたちの見た事ない、知らないが埋まり切るまで。それまでこの旅は終わらない。」