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第15話 勘違いなはず……!

「わぁ! 久しぶりに行村さんと近くなったね!」

「はぁ……」

「遠間、ため息つくと幸せが逃げていくよ」


 どうして……こうなったんだ……

 3度目の席替えは地獄のような結果で悲しみの感情すら出てこなかった。


 休憩時間、いつものように川井ちゃんの席に行く──のではなく、矢吹くんのもとに避難した私は机と机の間の隙間、椅子に座っている矢吹くんの隣にしゃがみこんだ。


「矢吹くん席変わって……」

「変わってあげたいけど、あの先生納得する理由がないとダメって言うよね」

「そうだよねぇ……」


 泣き言を言う私の話を、矢吹くんは読んでいた本を閉じて聞いてくれる。その優しさが今は染みます。


「行村さん、あの人達のこと苦手だよね」

「うぅ……さすがに気づくよね」


 視線を私の席の方にやる矢吹くんにつられるように私もそちらを向く。そこには私の席の近くで話す、お顔がある3人がいた。そう、なぜかよりにもよって濱砂さん達の席が私の近くになってしまったのだ。左斜め前に遠間くん、右隣に天草氏、右斜め後ろに濱砂さんという並びという地獄のような席。席替え3回目だから3人をってか? ふざけるなよ! そんな偶然はいらないんだ!

 いや、最悪は免れてはいるんだよ。ペアワークは左隣の人とやるし、前の席には川井ちゃんがいる! だから最悪ではないけど良くはないかな!

 3人と席が近いのは変わりようがないし、毎回避難させてもらっていた川井ちゃんの席は、私の席に近いから避難はできない。

 そんなわけで矢吹くんの席へと避難しているのである。これはため息も出るよな……


「手、出して」

「手?」

「うん。手のひらを上にして」


 言われた通りに手を出すと、ぽとんと置かれたいちごみるくの飴。


「あげる。元気出して」


 あのお顔がある3人に囲まれることになった席替えを恨んで心が荒んでいたけれど、矢吹くんの優しさでじんわりと心が温かくなった。もしかしなくとも、矢吹くんって優し過ぎるのでは……?


「ありがとう」


 もらった飴を食べると、いちごみるくの味が口いっぱいに広がる。甘くて美味しい。


「前も飴くれたけど、甘いもの好きなの?」

「うん。飴はたいてい持ってるから、ほしかったら言って」


 こうしているうちに、体に入った力も緩んできた。もしかしたら、いちごみるくはちょっとした幸せの味なのかもしれない。


 ***


「買い出し行ってくるねー」

「よろしくー!」


 早足で去っていく足音はすぐに周りの音にかき消された。

 ただいま文化祭準備の真っ最中。学校全体がどことなく賑やかになっているような気がする。


 私達のクラスは、さまざまな模擬店の候補が出る中、お化け屋敷をすることになった。私としては飲食物を提供する方がよかったのだけど、圧倒的にお化け屋敷に票が入ったのだ。うちのクラスお化け屋敷好きな人多いのかしら。でも多数決だもの、仕方ないことではある。

 ……ではあるけれど! 私はホラーが苦手なんです! いつもホラーみたいな景色だから大丈夫だろうって? それとこれとは違うんだよ! 薄暗くて何か出そうな雰囲気が非日常で怖いじゃんか! 普段は別に暗がりから血まみれな人が出てくるとかないから! ただほとんどの人がのっぺらぼうなだけ!


 お化け役もやりたくなくて、裏方に回らせてもらった。あの空間でひとりでいるのすら辛いのに、驚かすとか無理。耳ふさいで縮こまってればいいならいいけど、そうはいかないだろうし。

 結果的にはお化け役をやりたい人が多かったからやらなくて済んで、今も仕切りを作ったりして着々と準備を進めているのだが、驚かす側の濱砂さん達は楽しそうに何か話している。おそらくどうやって驚かすのか話し合っているのだろう。驚かす方は内心楽しんでる人もいるんだろうなと何とも言えない顔になった。


 そうして準備に追われる日々が続いたある日。昼食をとってから自分の教室へと歩いていると、廊下に黒髪の男子生徒が立っていて、近づいていくとその人が見覚えのあるような人に見えた。教室に入る頃に名前が表示されてやっと矢吹くんだとわかり、それと同時にその奥に女の子が立っているのに気がついた。

 女の子と話す矢吹くん見るの珍しいなと思いながら席に着く。女の子とふたりで話している姿をめったに見ないので少しだけ気になる。いや別に私より仲良い女の子だっているはずだよ? 見慣れないだけで。

 まあ見慣れないということは、私の知らない人なだけなのかもしれない。自分が知らないだけってことは多々あるよね。……ただ、髪の毛がさらさらで綺麗で、それがやけに目に入って印象に残った。


「矢吹くん、さっきの人って彼女さん?」


 教室に戻って来た矢吹くんに濱砂さんが声をかけた。その声は顔を見なくても楽しそうで、案の定笑顔を浮かべていた。

 というか、いつの間に矢吹くんの近くに行ったの!? さっきまで自分の席にいたよね!?

 そんなに俊敏に動くなんて、濱砂さん恋愛話好きなんだ……


「違うよ、ただの部活の先輩」


 そこで矢吹くんがこっちを向いて、目が合った気がした。真っ直ぐ、見られているような……


「えー! そうなの?」


 濱砂さんの声に弾かれるように視線を外す。目も見えないはずなのに、視線が交わった感覚がしたのは気のせいなのか。そんなあからさまに視線を反らしたりしなくてもよかったのに、体が勝手に動いてしまった。


「違うから」

「そっかぁ。綺麗な人だったのに違ったのかぁ……」


 変な態度をとってしまったと頭を抱えた私には、それ以降の会話も矢吹くんの視線も気にする余裕はなかった。


 それからというもの、なぜだか矢吹くんとよく目が合うようになった気がしていた。実際に目が合っているのかはわからないけど、そんな感覚がする。こう、バチッと目が合うような。いまいち説明はできないが、そんな気がしてならない。

 今もそう。席に座る矢吹くんの近くを通ると視線が交わった感覚がした。


「……勘違いだったらあれなんだけど、矢吹くんと目がよく合うような……?」

「そうだね」

「やっぱり!? 私何かした!?」


 私の感覚間違ってなかったぁぁ……! 五感ちゃんと働いてくれてるんだ、と思ったけど視覚は誤作動起こしてたわ……他も誤作動起こしてても不思議はないじゃん……


「いや、そんなことないよ」

「そう? 前よりも目が合うような気がするんだけどな……」

「たぶん行村さんが僕のことを見るようになったからだと思う」

「はい!?」


 今何て言いました!? 私が! 矢吹くんのことを見てるですって!?


「そんなことないはず……!」


 そうだとしたら恥ずかし過ぎるやつですが!?

 いやもしかしたらそうかもだけど! あれから矢吹くんと話してる人誰なのか気にはなってるけど! そんなに見てないはずだし、見てるの気づかれたの恥ずかし過ぎる!


「そうだと思うんだけどな」

「それは語弊がありそうだから訂正しといて……! 違うって……!」


 私が矢吹くんのことをよく見てるってひと言だけだと変な風に聞こえそうだからね。噂とかって極端な部分だけ抜き取られたり、誇張されたりするって聞いたことあるから気をつけないと。噂にもならないと思うけど、危機管理大切!


「そっか」

「うん!」


 思わぬカウンターを食らった私は、少し元気のなくなった矢吹くんの様子に気づくことはなかった。


 私が矢吹くんをよく見るようになったなんて……! 勘違いなはず……!

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