万難排する場所
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おお、つぶらやくん。悪いねえ、ウチのタマを見つけてくれたか。お手柄だぞ。
参考までに、どのあたりにいた? ほう、離れの小屋の上ねえ。
猫が屋根の上でひなたぼっこする景色とかは、現実でも創作でもそう珍しい話じゃない。タマもそのクチなんだろうが、どうにも行動範囲が広いようでね。
今回は家の敷地内でよかったといったところか。一番遠い時など、市の外で見たなんて声も聞いたことがある。
そう思ったら、さんざん探し回ったあげく、私の自室の梁の上に寝転がっていたケースもあったな。灯台下暗しなのか、それとも行き違いを繰り返したのちに、たどりついた場所だったのか。
あるいは「避難」かもしれない。
どのような危険が、そばにあるかも分からない世の中だ。危ういことは避けるに限る。そいつは日ごろの準備がものをいうかもしれないし、とっさの判断力が重要かもしれない。
私の昔の話なんだが、聞いてみないかい?
小学校時代の話だ。
その日はたまたま教室へ早く来た。他の友達もおらず、一番乗りかとようようとした心地でいられたのも、つかの間。
窓際の列の真ん中座席に、誰か隠れている。
小学生の体躯ということもあり、机の影にはぴったり隠れられてはいるものの、本来は見えるだろう窓の下の壁などが塞がれていては、バレバレだ。
「誰だ?」と声をかけると、普段からそこそこ話すクラスメートのひとりだった。家の方向が違うから、行き帰りで一緒になることはない。
「いやあ、今はあそこが安全な位置だったんだよ」
その返答にむっとするのが、幼い私。
まるで私が危険物か何かのような扱いじゃないか。こいつは抗議のしどころと食って掛かると、特に私は関係ないという。
ならば地震か? だったら椅子引いて机の下に潜ってろよ、とも突っ込んだっけなあ。
しかし、それとも違う。彼曰く、あそこが先ほどまでの絶対安全なスペースなのだという。
「僕たちはいつも危険にさらされて生きている。こうして突っ立っていても、窓から誰かがいたずらで発砲したピストルの弾が入ってきて当たるかもしれないし、天井が抜けてきて上階にある重たいものに押しつぶされるかもしれない。
はたまた学校そのものに隕石が落ちて、一切がっさいがぶっ壊れてしまう可能性も……」
愉快な妄想をするやつだったんだな、と私は内心で引き気味だった。
そんなことをいちいち気にして生きていても仕方ない。杞憂に杞憂を重ねて、一歩も動けなくなりそうだ。
まあ、この珍妙な行動をとって気が済むなら別にいいか……と適当にその場は話を切り上げたよ。
それから、彼は稀にその万難を廃する動きを見せることがあった。
たいていは、教室をはじめとしたあらゆる空間に逃げ込む。そのポイントはいくつか存在するらしく、候補の中から行きやすいところを選んでいる、とのことだった。
それでも急に掃除用具入れとかに隠れだす彼の姿を見て、笑うなというほうが難しかったけどね。頻度はそこまで多くなく、一回一回の時間はまちまちとはいえあまり長くない。
先生に注意されることもあったけれど、しょっちゅうではないから、あまり重くは考えられていないようだった。
それでも、彼にとっては大ごとのようで、その仕草はいたって真剣。談笑している最中に、血相を変えて席を外すものだからね。数多く見てきた私としては、少しずつ彼のやることに危機感に近いものを覚えるようになっていたよ。
そして、その日はやってきた。
雨の日の休み時間中、教室にいた私は本を読みながら、視界の端に彼が別の友達と話す姿をおさめていた。
そのおしゃべりの最中、にわかに彼がぴくんと彼が背筋を伸ばして黙りこくる。
例の避難の合図だ。他のクラスメートたちも、これまでの経験から、大半がもう苦笑いの準備をしている。
教室の外に出ていくケースもあったし、今回もそうかもと、ドアのそばに立つ子などは通り道を開ける気配。
しかし、今回は違った。
彼は教室後ろにあった生徒たちの穴あきロッカーたちに足をかけ、一足でてっぺんへ。更に横にたつ掃除用具入れさえも足場にして、ジャンプ。
そのまま身体を大の字に広げて、両手両足を突っ張って、天井に走る梁と梁の間にとどまったんだ。
パルクールに慣れた人だとしても、これほどの動きをするのは難しいだろうと、子供心にも直感した。もはや忍者といっても過言じゃない。
笑おうとしていた面々も、すでにその気配は顔の奥底へ引っ込んでいる。ただ彼の身のこなしに感嘆のうめきを漏らすのみ。
あそこが、今回の避難場所か……と私は興味深げに眺めているも、その突っ張る彼自身の顔がどんどんこわばっていくのが分かった。
「まずい……落ちちゃう」
見ると、突っ張った彼の両手両足が、わずかずつだが梁の表面を滑り落ちつつあったんだ。
「早く、誰か支えてくれ! 手じゃなくてもいいから、早く!」
彼のせっぱつまった声だが、とっさにアクションへ移れるものはいない。
いまから机や椅子を積んで、彼に届かせようにも時間がかかる。二人の肩車でも届くか怪しいくらいだ。三人がかりはちょっと経験がない。
何より、彼に触れるだけでなく、支えなくてはいけないんだ。届いた上で力がしっかり入らなくては意味がない。
そうなると、教室中で使えそうなものは……。
私が教室を見回す間に、ひとりの生徒が吊られたテレビにスイッチを入れるための、長い棒のもとへ寄った。
当時はテレビ放送で朝礼を行うこともあったからね。あの手の棒も教室にあったのさ。
だが、今少しその動きは遅かった。
彼は耐えられず、天井から落ちてしまったんだ。
見物のために真下にいた子たちによって彼自身のけがは防げたが、他の面々は無傷といかない者もいた。
彼が落ちた直後、強い地震が校舎を襲ったんだ。
立っていられないどころか、教室に置かれたものが軒並み滑り、落ちてくるほどの強い揺れ。避難訓練の成果を実施することになるほどの強いものだった。
その際に落ちてきたものなどにぶつかり、ケガをした者がいくらか出てしまう。
彼の落ちたタイミングと、あまりに合致した天災。
彼によれば自分が落ちなければ防げたと思うが、仮に何のアクションもしなければもっとひどいことになっていたかも……と語っていたよ。




