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石膏の餅

作者: ウォーカー

 一月も第二週に入り、正月の雰囲気もそろそろ終わる頃。

人々は仕事や勉学に戻り、この学校でも新年が始まろうとしていた。

新年最初の登校日。

授業もなく、先生たちが諸注意などを説明して、早々に解散。

放課後、部活動に参加している生徒たちは、各々の部室に集まった。

この学校では、新年最初の登校日に、

部活動に参加している生徒たちが、鏡開きをして、

雑煮を作ることになっている。

各部に代々伝わる秘伝の雑煮は、どれもとても美味しいと評判の逸品。

この美術部でも、部員の生徒たちが、

先輩たちから伝えられし秘伝の雑煮を作ってる真っ最中。

顧問の先生は用事があるとかで、部員の生徒たちだけが台所に立っていた。

すると、ここで問題発生。

美術部秘伝の雑煮が美味しくて、

味見をしているうちに、つい食べすぎてしまった。

餅を食べ尽くしてしまって、雑煮に使う餅が足りない。

自分たちの分はともかく、

これから来る予定の先輩たちや、顧問の先生の分の餅がない。

どうしよう。

特に顧問の先生は、毎年この美術部の雑煮を食べるのを楽しみにしている。

今年は餅が無くなったと知ったら、さぞ悲しむことだろう。

この学校の近所には売店が無く、今からでは餅を買う時間も金も無い。

駄目元で隣近所の部室を訪ねるも、餅を借りるどころか他所も足りない有様。

万事休すかと思われたが、そこに救世主が現れた。

美術部の部員である、坊主頭の男子生徒、その人だった。

「僕に良い考えがある。

 餅が足りないのなら、似たもので代用すればいい。」

その坊主頭の男子生徒は、普段から悪戯坊主いたずらぼうずとして悪名高く、

今日も味見と称して一人で餅を五個も六個も食べた、餅不足の原因の張本人。

そんな悪戯坊主の男子生徒からの提案に、部員の生徒たちが首を傾げた。

「餅に似た物?」

「はんぺんとかかい?

 でも、ここにはもう他に食材は無いよ。」

すると、悪戯坊主の男子生徒は、胸を張って答えた。

「いいや、ここにある。」

悪戯坊主の男子生徒が指し示したのは、白い石膏せっこうの塊だった。

「石膏?

 石膏って、石膏像を作るのに使うあれかい?

 そんなものでどうしようって言うんだ。」

「石膏で餅を作って、雑煮の餅に代用するんだ。

 もちろん、先生に本当に石膏の餅を食べさせるわけにはいかない。

 石膏の餅で雑煮を作って、先生がそれを口にする前に、

 引っくり返すなり何なりして食べられないようにしてしまえばいい。」

「それだと、いずれにせよ先生は雑煮を食べられないじゃないか。」

「そうだ。でも、先生の餅を食べた責任からは逃れられる。

 そうは思わないか?」

先生には気の毒だが、

雑煮を人に食べられてしまうよりは、

引っくり返して食べられなかった方が、まだ諦めはつくかもしれない。

強く言われる内に、そんな風に思えてくる。

他に良い方法も思いつかない。

部員の生徒たちは、悪戯坊主の男子生徒の提案に乗ることにした。


 白い石膏で餅を作って、雑煮の餅として誤魔化す。

言い出しっぺの悪戯坊主の男子生徒は早速、

石膏の塊から形を整えて、石膏の餅を作った。

腐っても美術部員。

持ち前の器用さで、見かけだけは美味しそうな石膏の餅が出来上がった。

後はそれを、雑煮に入れるだけ。

石膏の餅を雑煮に入れてしまえば、もう後戻りはできない。

部員の生徒たちが躊躇していると、そこに顧問の先生がひょっこりと現れた。

どうやら様子を見るために顔を出しに来たらしい。

その顔には、雑煮への期待の表情が浮かんでいた。

「やあ、雑煮の準備は進んでるかい?」

「は、はい。まあ・・・。」

まさか、

先生の分の餅を食べてしまい、石膏の餅で誤魔化そうとしている、

などと言えるわけもない。

部員の生徒たちが口ごもっていると、またもや問題発生。

「そうか。

 みんなにばかり雑煮の準備をさせるのも悪いから、

 ここからは私が引き受けるよ。

 みんなは休んで、雑煮の完成を楽しみにしていてくれ。」

なんと、顧問の先生がそんなことを言って、台所へ行こうとするではないか。

早く止めなければ。でも何と言って?

部員の生徒たちが迷っている間に、

顧問の先生は腕まくりをして台所へと消えていった。

台所には、石膏の餅が置いてあるはず。

もう今さら何をしても手遅れ。

雑煮の餅が無くなったと知ったら、

顧問の先生は、きっと嘆き悲しむことだろう。

もしかしたら、誰が犯人かと怒るかもしれない。

部員の生徒たちが戦々恐々としていると、

しばらくして、顧問の先生が、雑煮の椀を載せたお盆を持ってやってきた。

「お待たせ。

 今年の雑煮も美味しそうだ。

 さあ、みんなで頂こう。」

そう話す顧問の先生は、瞳が怪しく光っているように見えた。

きっと怒られるに違いない。

部員の生徒たちは覚悟して、最後にそっと周囲の様子を伺う。

すると、雲行きが怪しいのを悟ったらしく、

悪戯坊主の男子生徒はいつの間にか姿を消していた。


 石膏の餅が入った雑煮を見つけて、

顧問の先生はきっと怒っているのだろう。

部員の生徒たちがそう確信して首を縮こませていると、

しかし、顧問の先生は、笑顔のままで雑煮の椀に口をつけたではないか。

それどころか、雑煮の白い餅に齧りつき、

伸びる餅を美味しそうに食べている。

あれは悪戯坊主の男子生徒が用意した石膏の餅ではないのか。

部員の生徒たちは驚いて、顧問の先生に尋ねた。

「先生、その餅を食べても大丈夫なんですか。」

「何のことだい?」

「だって、台所にあったのは、石膏の餅のはずじゃ・・・。」

犯人の自白のような言葉に、しかし顧問の先生は首を傾げた。

「石膏の餅?失礼な。

 この餅は、私の家から持ってきた鏡餅だよ。

 餅が足りないかもしれないと思って、用意してきたんだ。

 雑煮に入れる前に焼き餅にしたから、香ばしくて美味しいよ。

 そういえば、台所に石膏が置いてあったっけなぁ。

 食べ物に混ざるといけないから、除けておいたよ。

 さあ、遠慮せず、君たちも雑煮を食べるといい。

 せっかくの美術部秘伝の雑煮なんだからね。」

顧問の先生の分まで雑煮の餅を食べ尽くしてしまい、

石膏の餅で誤魔化すという、悪戯坊主の男子生徒の考えだったが、

顧問の先生の機転によって、美味しい雑煮になっていた。

部員の生徒たちはほっと胸を撫で下ろし、

美術部秘伝の雑煮に舌鼓を打ったのだった。


 美術部の部室で、顧問の先生と部員の生徒たちが雑煮に舌鼓。

するとそこに、姿をくらましていた悪戯坊主の男子生徒が、

こっそりと戻ってきた。

悪戯坊主の男子生徒は、

顧問の先生と部員の生徒たちが雑煮を食べている姿を見て仰天。

雑煮を食べている生徒に、ひそひそと事情を問いただした。

「みんな、その雑煮を食べて大丈夫なのか?」

「ああ、とても美味しいよ。」

「その餅、硬くないのかい?」

「焼き餅だからね。

 ちょっと硬いけど、香ばしくて美味しいよ。

 そういえば、君の分の雑煮を残しておくのを忘れていた。」

悪戯坊主の男子生徒は、

雑煮の餅が石膏の餅ではなくなった事情を知らない。

だから、慌てて手を振って言った。

「い、いやいや!僕はいらないよ。

 そんなものを食べて、腹でも下したら嫌だからね。」

「そうかい?だったらいいけど。」

きっと、顧問の先生が、石膏の餅が入った雑煮を食べてしまって、

罰として部員の生徒たちも同じものを食べさせられているのだろう。

自分も食べさせられてはかなわない。

悪戯坊主の男子生徒は、逃げるようにして美術部の部室から出ていった。


 美術部の部室から逃げ出して、

悪戯坊主の男子生徒は、学校の校舎内を歩いていた。

腕組みして考えている。

「みんな、石膏の餅で作った雑煮なんて食べて、大丈夫なのかな。

 元は僕が言い出したことだけど、悪いことをした気がするな。」

それからふと、足を止めて立ち止まった。

「・・・もしかして、石膏の餅って、食べたら美味しいんじゃないか?

 そういえば聞いたことがある。

 石膏って、漢方の原料になるんだって。

 薬になるものだったら、食べても大丈夫なのかも。

 きっとそうだ。

 みんな、石膏の餅を嫌々食べさせられているようには見えなかった。

 食べたら美味しかったんだ。」

そう考えると、途端に自分だけ雑煮を食い損ねたのが惜しくなってくる。

「今からでも部室に戻って雑煮を分けてもらおうか。

 いや、雑煮はもう残って無いんだったか。

 どうにかして食べられないものかな。」

そんなことを考えていると、偶然に通りがかった他所の部室から、

何やら部員の生徒たちが騒いでいる声が聞こえてきた。

「何?雑煮の餅はもう無いのか?

 なんてこった。

 これから先輩たちが食べに来るんだぞ。」

どうやらこの部室でも雑煮を作っているらしい。

しかも、餅が足りなくなったことまで、美術部と同じようだ。

その様子を見て、悪戯坊主の男子生徒は、

しめたとばかりにその部員の生徒たちに声をかけた。

「君たち、雑煮の餅が足りないのかい?

 だったら、石膏で餅を作って入れるといい。」

「・・・石膏の餅だって?」

言われた部員の生徒たちは当然、悪戯坊主の男子生徒が言う意味がわからない。

悪戯坊主の男子生徒は、得意げな表情で話を続けた。

「石膏の餅って、雑煮によく合うんだよ。知らなかっただろう。」

「はあ、それはまあ。」

「石膏なら、ここにあるけど。」

「それは丁度いい。貸してご覧。

 僕が、石膏の餅を作ってあげよう。」

そうして悪戯坊主の男子生徒は、受け取った白い石膏の塊を整えて、

石膏の餅を作ってみせた。

確かに、石膏の餅は、見かけだけは餅のように見える。

しかし、突然そんなものが食べられると言われた部員の生徒たちは、半信半疑。

試食をしてみようということになったのだが、誰も口をつけようとしなかった。

「・・・本当に、こんなものを口にして大丈夫なのか?」

「もちろん。」

「じゃあ、君が先に試食してみてくれないか。」

悪戯坊主の男子生徒の前に、石膏の餅で作った雑煮の椀が差し出された。

椀の中の雑煮は、お湯に溶いた石膏といった見かけで、

お世辞にも美味しそうには見えない。

しかし、石膏の餅を作ろうと言い出したのは自分。

今さら後に引くことはできない。

「美術部のみんなは美味しそうに食べてたんだ。

 きっと、食べてみれば美味しいはず。」

目をつぶって、石膏の餅に齧り付く。

次の瞬間、悪戯坊主の男子生徒は、口に入れた石膏の餅を吐き出していた。

「ぺっ!ぺっ!不味い!なんだこりゃ!?

 食べられたものじゃない。」

石膏の餅は、硬くて不味い、ただの石膏だった。

悪戯坊主の男子生徒が周囲を見ると、

一部始終を見ていた部員の生徒たちが、

白けた表情で疑惑の眼差しを向けていた。

・・・気まずい。

このままでは、ただの法螺吹ほらふきと思われてしまう。

何を間違えたんだろう。

悪戯坊主の男子生徒は、眉間に皺を寄せて考えて、

ぴーんと閃いた表情になって部員の生徒たちに聞いた。

「君たち、この石膏はどうやって作ったんだ?」

「石膏の作り方かい?

 石膏の粉をお湯で溶いて、自然乾燥させたんだけど。」

部員の生徒たちの答えを聞いて、

悪戯坊主の男子生徒は、やれやれと肩をすくめて見せた。

「それはいけない。

 通りで、この石膏で作った餅は美味しくないはずだ。

 石膏の餅は、雑煮に入れる前に焼き餅にしないといけないんだ。

 焼いて作った石膏は、

 ぽろぽろと崩れやすくてよく割れるから、

 きれいに割れる鏡餅として縁起も良い。

 この雑煮が美味しくなかったのは、

 石膏の餅を焼き餅にしなかったのが悪かったんだ。

 まだ石膏の材料は残ってるかい?

 僕が、石膏の餅で焼き餅を作ってあげようじゃないか。」

そうして、悪戯坊主の男子生徒は、

石膏を焼いて固めて焼き餅を作って、

それはそれは美味しそうな見かけの雑煮を作り上げた。

しかし、美味しそうなのは、もちろん見かけだけ。

誰の口に合うこともなく、

決して作られることがない秘伝の雑煮になってしまったという。



終わり。


 お正月ももう終わりなので、鏡開きの話にしました。


鏡開きといえば雑煮。

家族が多い家などでは、餅を奪い合うこともしばしば。

現実では、食べ物の奪い合いは喧嘩になってしまうので、

ここでは楽しく笑うことができるようにしました。


結果として、誰もが雑煮の餅にありつくことができました。

悪戯坊主の男子生徒がありついたのは、石膏の餅でしたが。


お読み頂きありがとうございました。


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