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異世界転生者殺しの勇者  作者: 浜中円美
第一章 ターゲット 神の御子
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第一話 3

   3


 フロアはしん、と静まっていた。舌打ちを一つすると、ベルはフィドルを突き飛ばし、解放した。ひい、と半裸の女の子が小さく悲鳴を上げる。

「『記憶の欠落』メモリー・ラプス」

 ベルは拳をあげると、そう呟いた。空気に波紋が広がったように見えた。すると、フロアの客たち、踊り子たちが案山子のように棒立ちになる。

「『偽り』ジルト」

 続けてそういうと、何が起こったのだろうか、客たちに軽い混乱が起きた。

「え、私、なんで!? っやだ、なんで裸なの!?」

 狼狽える女の子。

(さっきまでのこと……記憶を失わせた……!? なんて魔法だ!)

「支配人さーん、友人が来たから、今日はここまでにしますね♪」

 陽気な笑顔で、ベルは悲鳴を聞いて駆け付けたであろう身なりの良い男にそう告げた。

「これは……こ、こら! お前達、なにをしている! 服を!」

「アハハ、怒らないで上げてください、僕を励ましてくれようとしたんです、どうか、寛容なご対応をお願いしますねっ」

「も、申し訳ありません、転生者様!」

 支配人に、用心棒。一斉に、店の者が頭を下げた。

「わ、私達、本当に、どうかしていました、許してください!」

 目に涙を浮かべて、女の子たちも謝る。

「いいんです、いいんですって! そんなに謝らないで!」

 恐縮するように、まあまあ、と、大げさに手ぶりをするベル。

「なんだなんだ?」

「踊り子が転生者様に裸で迫ったらしい」

「なんだそりゃ不埒な!」

「恥知らず! 破廉恥!」

「それにしても、さっすが転生者様だな! なんてお優しい」

 自然と拍手が起きる。

「アハハ、どの踊り子さんも眩しくて、おおいに英気を養えました。皆様お騒がせしました、どうか変わらず、お楽しみくださいね!」

 舞台役者が演舞を終えたような気取った所作で、ベルはお辞儀した。

「ああ……まことにまことに、ありがとうございます。そら、お前達、席に戻って」

「だってー、ベル様がステキすぎるからー」

「しかたないよね?」

 そして、いそいそと、何事もなかったように衣装を戻した。

「なんてヤツだ。きっと、いままでもこうやって、悪行を重ねてきたんだな」

 睨みつけるフィドルに気付くと、ベルはにやりと笑った。

「アッハ。……バカ丸出しだな」

 嫌悪すべき、獣性に満ちた暗い顔をベルは見せた。

「それじゃ、いこうか。村人くん。お茶だっけ?」

 友人にするように、ベルはフィドルの肩を抱いた。その指先は肉に食い込みジワリと血を滲ませた。


 すっかり通りに人気は無くなっている。街灯が寂しく野良犬を照らす。

「おい、どこまで歩かせる気だ!」

「も、もう少しだ! 黙ってついてこい!」

 気丈にふるまうも、フィドルの声の端々は震えていた。こうして、魔女の待つ宿に到着した。

「ここにお前の雇い主がいるのか?」

「え?」

「はっ! 『爆破』ブラスト!」

 丸くくり抜かれたように宿がえぐれ、そのまま粉塵と共に崩れ落ちた。

「なんてことを!」

「いちいち騒ぐなクソ雑魚。歩きながら『人除け』使っておいたから、モブはいねえよ」

 腹にパンチが見舞われ、体勢が崩れたところを脳天に踵を落とされた。地べたに倒れたところに、顔を踏みつけられた。

「さあて、いじめの時間だぜ。何もかも、話せ。誰に入れ知恵された? 転生者の一人でもついているのか? それとも魔族が絡んでいるのか?」

「ぐ、ぐああああああ……!」

 踏みつける足に圧がかかってくる。

「汚ねえ悲鳴だなー……おら、おら、どうだ、痛いか?」

 犬の糞でもこそぎ取るように靴をねじる。

 その時、風に乗って女の、歌? 細い声が聞こえてきた。

『消えてゆく 平らな空

 揺らぎ狭間の 一世の夢 砂男ザントマンの 忍び足音

 銀戸の扇の 漏れ光』

「……なんだ? 呪文か……?」

 フィドルの頭を蹴飛ばすと、月明かりに照らされたベルの顔は喜壮を見せていた。

「『鑑定』ディテクト」

 りいん、と鈴の音が鳴ったように思う。

『いたずら坊やの……』

「長ったらしい詠唱とか、ダサすぎるんですけどぉ!? そこかあ!!」

 地面を蹴り、空を蹴る。そこに、姿を消していたのであろう魔女の姿が現れ、横っ飛びに崩れた宿のがれきに叩きつけられた。

「アッハハハハハ! 俺の前でクソ長い中二病丸出しの魔法なんざ通るかよ!」

 長い髪を引っ張り、引きずり上げる。さらに口を押えた。

「『静寂』サイレンス。へっ、魔術士なんざこれで詰みだ」

 髪を掴んだまま、顔を近づけた。

「カッペが連れてきたにしちゃ、上等なオンナじゃん」

 そういうと、胸に手を当て、ドレスローブを引き裂いた。

「馬鹿野郎! お前、それしかやることがないのか!」

 ありったけの憎しみを込めてフィドルは叫んだ。

「うるせえよ、サルが! お楽しみといくぜ、そこでマスでもかいてろ!」

 ベルはそのまま魔女を押し倒すと、自らのズボンに手をかけた。

『――いたずら坊やの 目を閉じる

 夢の世界の 秘密の扉を前に 鍵を手に』

「……ああ? まだ……どこから……? 『解呪』ディスペル!」

『息を忘れ 深く 深く

 昏い微睡に招かれる』

 声は止まらない。

「ディスペル! ディスペル! どうしてだ、なぜ!」

 にやけた顔が消え、ベルに焦りが浮かぶ。

『久遠の果てまで 甘き 夢を』

「『対抗呪文』カウンタースペル!」

 何もない宙に手ぶりをするベルの姿は、滑稽ですらあった。

窃取悪夢プランダー・ナイトメア

 呪文が完成し、夜が落ちる。

 夜より濃い紫煙の薄い天幕が空から現れ、周辺を闇よりも黒い色で染め上げた。

 こつん、と足音。フィドルの隣に、ベルに組み敷かれているはずの魔女が姿を現した。

「なんだと……」

 我に返ったように、ベルがこちらに向き直った。

「まずはズボンを直したらどうだ、童貞陰キャくん」

「てめえ……!」

 ベルは恥辱に晒された表情で下半身を直した。

「ま、魔女様! よかった、無事なんだな!」

「苦労はしたぞ? 生ごみ相手に腰を振るそいつの姿に吹き出しそうになるのを我慢しなくてはならなかったからな」

 くくく、と性悪そうな含み笑いを見せた。

 ぐちゃり、と音を立て、ベルの手には腐った骨がこびり付いていた。せっかく金糸で彩った白のスラックスは汚濁にまみれて台無しだ。その手が怒りで震える。

「……殺す」

 ベルは激昂して立ち上がると、拳を前に構えた。

「ようこそ、睡魔の世界へ。攻撃魔法は使えないぞ、なにせ夢の中だ」

「これが、魔女の魔法か! すごい!」

「君の嫌いな詠唱呪文、魔女の使うそれはウィッチクラフトワークスという。解呪では解けないし、魔法が完成してからでは対抗呪文で相殺もできない」

 ベルは言われて、いくつか攻撃魔法を試す。いずれも空振りに終わった。

「チッ……『浄化』クリーンシング」

 舌打ち紛れに呟く。すると、服がきれいになった。

「なんで鑑定の魔法で見つけられなかったんだ」

「フィドルと重なって隠れていたからな。対象を誤認してしまったのだよ。対抗呪文にしてもそうさ。魔法体系の仕組みを知っていればどうということのない策だがね」

「夢の魔法ねえ。どうやら今更、がたがた言っても仕方ありませんね。そいっ」

 掛け声一つ、おもちゃのハンマーがベルの手に握られ、ピコ、ピコ、と間抜けな音を出した。

「ふーん……イメージすればそのままの通りになる感じか。さすが、夢の中」

 ハンマーを捨てると、そこにソファーとティーセットが出現し、ベルは横柄に座った。

「で――要件は何? 聞いてあげますよ」

 落ち着きを取り戻し、ベルはにたり、と何とも言えない笑みを浮かべた。

「フィドル」

 魔女が前に出るように促した。

「転生者ベル・ブラフォード。彼はフィドル。お前が村で殺した名もなき村人だ。亡者ではない。私が命を救ってやった」

「あっそ。で?」

「わ、詫びてくれ!」

 身を乗り出すような勢いで、フィドルは声を張った。

「はあ?」

「どうしてあんなひどいことをしたんだ! あんたは英雄だろ! その力で勝手なふるまいは二度としないと誓ってくれ!」

 ふう、ふうと息が乱れた。本当は怒りに任せ、飛びかかりたかった。

「なるほどなあ……」

 ベルはうつむいた。

「あまりに不憫ではないか? 答えを。ベル」

「な る ほ ど……」

 焦らすように言葉を一言一言、強調する。ベルは顔を手で覆うと、肩を震わせた。

「ああウゼエ。とんでもなくウゼエ」

 癇癪を起し、ティーセットの乗ったテーブルを蹴飛ばした。

「イライラさせんなよォーーーッ! 守ってもらってる身で! サルが! サルに発言権なんてねえんだよッ!!」

 そんなベルを、魔女は冷ややかな目で見ていた。

「だ、そうだ」

「……わかった、もういい」

 フィドルは自分を愚かだと思った。何か理由があったのではと。なにか、謝罪めいたものが出るものかと。そんなものをなぜ、期待してしまったのだろう。

「ベル・ブラフォード。お前なんかに守ってもらいたくない。もう許さない」

「ここまでのようだな、そらっ」

 魔女が鋼の剣をベルに投げてよこした。受け取るはずもなく、地面に落ちる。そしてフィドルにも同じ剣を、こちらは手を添えて渡した。

「三くだり半を突きつけてやれ」

「……上等だ、サルが、身の程を知るまで躾けてやるよ」

 ベルはいうが早く、地面を蹴った。


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