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異世界転生者殺しの勇者  作者: 浜中円美
第一章 ターゲット 神の御子
3/7

第一話 2

 町、王都を歩く人々。

 そこに交じって、フィドルも道を往く。ひどい酩酊状態のような心地であった。

(いったい何者なんだ、あの女)

 通行人と肩がぶつかる。舌打ちをされたが、フィドルはそのまま無気力に歩き続けた。

(転生者を殺すなんて、そんなこと出来るはずない)

 彼らのもたらした文明、街頭の‘エキシビション’に彼らの戦いの映像が流れている。

 地を割り、山を薙ぐ。空を裂く銃弾が、人間の数倍の大きさの魔獣を蹴散らしていく。

(……どうして)

 その暴力が自分たちに向けられたのか。そして――

(なんで俺はこんなところに来てるんだ)

 目前には、きらびやかな高級クラブの看板があった。


 半刻前。夢見心地のまま、フィドルは王都のとある宿に連れ込まれていた。

「ターゲットは‘神の御子’ベル・ブラフォード。奴のギフトは二つだ」

 魔女が二本指を立てる。

「一つは無詠唱魔法。魔術体系を無視してあらゆる魔法を刹那に行使できる」

 フィドルは、いち村人にすぎないのでそれがどう凄いのかもピンとこない。

「本来の魔法は目に見えない大きな存在に助力を求め、儀式や呪文を用いたり、魔法陣を並べたりして使うものだ。奴にはそれがない。神や精霊、あるいは悪魔の権能のように。もっとわかりやすくなら、竜が炎を吹くのと同じように魔法が使える」

 察したように魔女が解説した。

「神と同じに……だから、‘神の御子’……ってわけか」

 大きな敵の姿に、フィドルは身震いを覚えた。

「もう一つは魔道具精製。やつ特有の象徴印により、あらゆる道具にあらゆる魔法効果を付与することができる」

「はあ……」

「結論を先に言うなら、正面から挑めば百パーセント返り討ちというわけだ」

 とんとん、と魔女は首を狩るジェスチャーをした。

「つまり、全然ダメじゃないか」

「そこでお前の出番だ。ベルはお前が生きているとは知らない。そこに付け入るスキがある」

「俺を見ればその……興味を持つ、と?」

 フィドルは自分を指さした。

「そうだ。そしてべルを私の前に連れてこい」

「連れて来いってそんな……どうやって?」

 不安を隠せず、弱気が口をついた。

「方法は任せる。ナンパでもする感じでいいだろ、食事にでも誘えばどうだ?」

「適当なコトいうなよ……」

 フィドルは頭を抱えた。それを見て、興味深そうに魔女は頷いた。

「ふ、ナンパはわかるのか。それともそう訳された言葉の意味を拾っているだけか。つくづく……適当な世界観だな、ナーロッパというヤツは」

「?」

「独り言だよ、気にするな」

 応答はここまでとばかりに、魔女は腰かけたベッドに体を預けた。フィドルは頭を掻くと、意を決して扉に向かった。

「ああ……もし連れていけたとして何をするつもりなんだ?」

「私は魔女だと言ったろう。魔法を使うに決まってるだろ?」

 くるくると、からかうように指を回す。それが魔法だったのかはわからないが、フィドルは力なく、素直に頷いた。


     2


 そして今に至る。一度唾をのむと、分不相応な高級クラブの戸を開いた。

「いらっしゃいませ」

「イラッシャイマセー!」

 壮年の黒服と、二人の踊り子が頭を下げた。

「あ……すいません、俺、こういうところ初めてで」

 低姿勢にこちらも頭を下げると、黒服は温和な笑顔で頷く。

「武器になるものをお持ちでしたらこちらにお願いします」

(武器か。そういえば何も持ってきてない。これから奴に会おうっていうのに)

「ありません」

 首を横に振った。

「では、身分証明書――当サロンのメンバー証をお願いします」

「あ、えっとその」

 あるはずもないそれを、ポケットを探り――それは出てきた。金色のカードだった。

「ほお……」

 渡すと、黒服は感嘆した。

「どうぞラーズグリーズ子爵様、ごゆっくり、お楽しみください」

 身に覚えのない、ずいぶんと箔のありそうな偽名を告げられた。みすぼらしいなりがお忍びの雰囲気を強め、真実味を増す。魔女の仕業か。魔女がいったい何をするつもりなのか、フィドルには想像すらできなかった。ラーズグリーズ(計画を壊す者)、その意味も。

 

 薄暗くも高級感のある通路を抜けると、華やかなステージのあるフロアについた。

 ホールには何組かの客が酒を舐め、または舞台にかじりつき踊りを楽しむ者で賑わっていた。

 彼、ベル・ブラフォードは女の子を2人、席につけて執拗に体を触っていた。

「て、転生者様困ります」

 払い除けることもできず、ベルの手の甲に自分の手を添える。

「そういうお店ではありませんので……」

 こちら、少し年上だろう女の子が腰を低くお願いする。

「ん? あ、そうでしたか、これは失礼……アハハハハ」

 突然、ベルが女の子の服をはぎ取った。

「だったら何?」

「キャアアアア!」

 騒がしい音楽を裂いて、悲鳴がフロアに響いた。

「問題ないと思うけど? 誰が俺を止めるんです? たぶん……二秒もあれば全員殺せるよ」

「ひ……」

 恐怖から、女の子が声を詰まらせる。

「わかったら。君も脱ぎなよ」

 ベルは顎で指示した。踊り子は怯え、震えながら下着姿になった。恥辱に耐えきれず、一人は顔を覆い、一人は膝から崩れ落ちた。

「アッハハハハハ! いいね! かわいいじゃない!」

「あいつ、なんてことを!」

 フィドルの口から、思わず嫌悪がついて出た。

 厳しい表情で睨みつけると、ベルもまたこちらを睨んでいた。

 刹那、首に圧迫がかかる。

 壁に後頭部を打ち付けられ、片腕で吊るされる形になった。

「ぐっ!! いつの、まに!?」

 攻撃の気配すら感じとれなかった。

(やはり、実力が違いすぎる……!)

「テメェは……村にいた奴か」

 腕に万力の力がこもり、呼吸もままならない。

(なんて力だ、明らかに人間のものじゃない!)

「はあ~……面倒くさいな。なにこの想定外のイベント? こういうのいらねえんだよ、転生者様には」

 フィドルが振りほどこうと腕に手をかけるも、びくともしない。

「圧倒的パワーとご都合主義でひたすら異世界無双する、それに少しばかりのエログロ、バイオレンス。それが求められているもの、なんですよ?」

 さらに腕に力がこもる。げえ、と気道から空気が抜けていった。

「これがどんなイベントかは知りませんけどね。そういうわけで、教えてください。お前……なぜ生きているのです? 答えないと、このまま首を折ってしまいますよ?」

「……」

 口を動かすだけで精いっぱいだ。

「え? なんです? 聞こえないなあ」

 少しだけ弛緩された。けほ、と空気が抜けた。

「なん、で、俺たちを殺したんだ……!? 誰一人悪いことはしてない! みんなで平和に暮らしていたのに!」

「ええ……? あなた方にも、怒りとか無念とか、そういうのがあるんですか? もしかして怒ってます? NPCのくせに」

 訳の分からない侮辱の単語だったが、フィドルのことを人とみていない、そんな感じがひしひしと伝わってきた。

「……それはいいから。教えてくださいよ、なんで生きてるの? 同じこと聞かせないで。それとも同じセリフをくり返すしかできないのかな?」

(よくわかった)

「あーあ、死にたいんですか? 黙っちゃったよ。ったく、まあいいか。村人一匹残っていたって、誤差の範囲でしょ」

(こいつは本当に、俺たちの命や尊厳なんてないものと思ってて)

「『間に合わなかったのか……』『くっ、魔王軍め!』『彼らは、犠牲になったのだ……』なんてね。一匹残ってたら、泣きが足りないよな。そういうことで、じゃ。殺しますよ」

(だったら。殺されるべきなのは、俺じゃない)

「……お、まえ、だ」

 魔女がいった、感情。復讐心。或いは憎悪、苦痛、憤り。

 それが腹の底から、炎のように湧き上がってきた。

「はいはい。バイバーイ♪」

「後悔するぞ、陰キャ野郎」

「あ……?」

 唐突な言葉に、ベルはきょとんとした顔になった。

「イ、ン……キャ……?」

「聞こえないか? 俺は、転生前のあんたを知っている。って、言ってるんだ」

 見て取れるくらい、ベルは動揺し、顔を紅潮させ、首から手を離した。

「馬鹿な。そんなはずない。デウス・リベリオンの連中にも話してないんだぞ。いやしかし陰キャ……なんて言葉、こいつらが知っているはずがない」

 魔女のぽつりと言った言葉だが、きっと転生者にとって侮辱をあらわす言葉なのだろう。期待以上の反応をベルは見せた。

「お前……何者だ」

 胸倉を掴み、ベルは顔を近づけて凄んだ。

「知りたいなら、俺とお茶でもしませんか」

 自分でも、びっくりするような乾いた声だった。

 

 殺す。

 その感情だけがどす黒く、フィドルの顔に悪辣な笑顔を作った。


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