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異世界転生者ギルド『デウス・リベリオン』
単眼の巨人が、山の様な岩を振りかぶって投げた。
それを機に、他の魔物達が炎を、あるものは雷を、雹弾を放つ。
空と地平を覆う、この世界を支配せんとする魔王軍。
彼らは欲望のままに人類を蹂躙せんと、その爪を、牙を、剥いた。
――対するは。
「『虹の大障壁』プラズマティック・プロテクション!!」
魔法剣士が手をかざすと、彼らに害成さんとする全ての攻撃が風に飲まれ、粉塵に帰す。
‘神の御子’ベル・ブラフォード。本来ならば大司祭級の高僧が、長い時間をかけて授かる神の恩恵を、彼は刹那のタイミングで行使することができる。
「キリュウ、今だ!」
黒衣の戦士が双剣を構え、雄たけびを上げ、地面を蹴った。
「『チェンジング・ワールド』!」
一度世界が暗転し、時が止まる。彼だけがその静寂の中を滑るように駆けた。剣が振るわれるたび、落ちる首一つ。死体が残ることもなく、ガラスの砕ける音と共に次々と怪物の巨体が崩れていった。
‘黒騎士’キリュウ。その実力は見ての通り。彼に敗北はない。
「掃討するぞ、フレイヤ、アレフ、エカテリナ!」
「つっぶれちゃえー!『クレイジー・ランウェイ・トラック』(理不尽な暴走トラック)!」
山の大きさの猪を模した鉄の荷車が空に現れ、地面に落ちる。当然下敷きになった魔物共の命はない。
‘選定の女神’フレイヤ。彼女はれっきとしたこの世界の女神であり、転生者たちをこの世界に導いた、気高く美しい、その人である。
(……後半いらなくないか?)
(まあいいじゃん)
「地を担く畏し醜の御盾よ、地震岩崩と共に、御震の災を打ち据え給え!
『アース・クラフト・エクシティペイト!』」
やつれた姿が天を仰ぎ、祝詞を謳う。そして土の精霊のさらに上位、神霊に呼び掛けて大地を揺るがす。人類において、行使するものがいない魔術大系すら、彼にかかれば顕現する。
‘超越者’アレフ。
「『ククルカン』エネルギー装填。カウントスタート」
空に、その身より巨大な大筒を構える影。機械でできた鳥のような姿。或いは、完全武装した神聖なる軍勢の先兵か。放たれた青い光が地平を薙ぎ払う。光の中に溶けていく影たち。もはや魔物の痕跡は、完全に消えた。
‘一人軍隊’エカテリナ・イオナカ。
大地に開いた地割れが徐々に戻っていき、戦闘終了を知らせる。
魔王軍に立ち向かう、異世界より召喚された希望の戦士たち。
異世界転生者ギルド『デウス・リベリオン』
リーダー ‘黒騎士’ キリュウ
副リーダー ‘超越者’ アレフ
メンバー ‘異世界レストラン’アレイスタ
メンバー ‘原初の水’ルル=ドラージ・ウェイク
メンバー ‘一人軍隊’エカテリナ・イオナカ
メンバー ‘暗躍令嬢’カトレア・クローネ
メンバー ‘後宮楽園’ミツキ・ヤマナシ
メンバー ‘神の御子’ベル・ブラフォード
メンバー ‘永劫回帰’ミチホシ・マツダ
――そして、彼らの魂を召喚した、美しすぎる‘選定の女神’フレイヤ
(だからそれいらねえって)
(印象操作)
(だまらっしゃーい!)
巨大な魔力と、知性を持つ魔神に率いられた魔族と戦えるのは、彼らしかいない。
(あのさ、俺、暴れてないんだけどいいのかー?)
(ルルが暴れたら、この世界の人が引いちゃうから、ダーメ)
我らが先陣を切ろう。
この世界を守る、強い意志を持った戦士たちよ。
我らは、旗持ちを求めていない。
等しく、鐙を並べ、巨悪を打ち倒そう――同志よ。
◇
『デウス・リベリオン、またも魔王軍討伐!』
「すげーっ! 転生者様がまた魔王軍を追い払ったぞ!」
号外と銘打ってばらまかれたニュースペーパーに、村の若者、フィドルは興奮冷めやらぬ様子だった。
「ほんと、転生者の話が好きだねえ、フィドルは」
彼の幼馴染、ローサは困惑顔でそんなフィドルに付き合っていた。
「そりゃあそうさっ!」
目をキラキラ輝かせて答えるフィドルに、ローサは苦笑いするばかりだった。
ローサは薬草摘み、その護衛にフィドルが付いている。魔王軍との戦場からは縁遠い辺境の村。とはいえ魔族に影響されてか、野生動物の凶暴化も問題視されている。それらから力なき女子どもを守ることは数少ない村の戦士・フィドルの大切な役目だ。
「俺たちが平和に暮らせているのは、転生者様たちが魔王軍と戦っているおかげなんだぞ?」
「はいはい、もう聞き飽きたって」
「この新聞だって、転生者様が前の世界からの技術を持ち込んでくれたからこんな田舎にまで届けてもらえるんだからなー」
大切そうに懐にしまうと、たまらず空を仰いだ。
「あーっ! 俺も王都に行って転生者様たちの手伝いがしたいぜ!」
「ムリムリ。フィドルがいつも言ってることでしょ」
くるくると、指を回して気取った所作を見せる。
「騎士様や超一流の冒険者だって、転生者に守られているくらいなんだよ? 村一番の戦士ってくらいじゃ話にならないよ」
「ぐっ、痛いところをついてくれるなあ」
図星を突かれ、胸が痛むそぶりを見せる。
「でもなにか力になれることがあるはずだって!……荷物運びとか」
後半は気持ち沈みがちに小声になっていった。
「まあまあ。こうして集めた薬草だって、転生者にかかれば万能薬に変わるっていうし。私たちは私たちの、できる戦いをしようよ!」
「むー……」
ばつ悪そうにするフィドルに、ローサは一度息をつき、精いっぱいの笑顔を作った。
「私は遠くの転生者より、近くの幼馴染の方が頼もしいけどね」
「は、はあ!? なに言ってんだよ!」
顔を真っ赤にするフィドルを横目に、ローサは、はっとして空をみつめた。
「ね……ねえ、フィドル。村の方……空が赤くない?」
「火事か……!? わるい、ローサはここで待ってて」
言葉の途中で、フィドルの目前の景色が歪んだ。続いて、鈍い音が自分の体の奥から響いてくる。声にならないまま、足のコントロールが利かなくなった。世界が回る――落ちる。喉の奥から上がってくる重い痛み。そこに、ローサの悲鳴が遠く、重なった。
暗転。意識が薄らいでいった。
時間の感覚を失ったまま、ぼやけた視界が開いた。
(寝て……た……?)
(ローサと……ローサは? 一緒に……いたよな……?)
(なん……で……体が、動かない)
五指が僅かに、地面を掻いた。
(何が起こ)
うつろな目のローサが、目に入った。
ローサの後ろには男がいる。その顔は高揚していた。
風の音すら聞こえない。それはきっと、幸いだった。悲痛な彼女の声を耳にしなくて済んだのだから。男の肩が小刻みに動いていた。それで乱暴されているのがわかった。
(これは、夢だ)
フィドルは思考に蓋をした。およそ、正気を保てそうになかったから。
(神の御子……ベル・ブラフォード様)
男の名がよぎる。見間違うはずもない。幾度も憧れた、その人だ。整った顔が好色に歪んでいる。その人が。ローサを。どうして。
「おいベル! いないと思ったら、こんなとこでサボってんのか!」
若い声がした。
(永劫回帰……ミツホシ・マツダ様)
もう一人。
(それに、超越者……アレフ様)
「あはっ、俺、またなんかやらかしちゃいました?」
目の前の凄惨な光景に、およそ似つかわない快活な声だった。ミツホシは忌々しそうに舌打ちをすると、「始末は自分でしろよな」と言っただけで、背を向けた。
「あははは、さっすがミチホシさん、話がわかる! ってね」
それが、フィドルの正気の、限界だった。
(起きたら――)
意識が沈んでいく。涙が一筋、滴ったのが分かった。それが、最後に残った感覚だった。
(たくさん、ローサと話そう。まだ――)
(だって俺、は、……ローサのこと……)
まだ、返事をしていない。彼女に答えないと、起きないと……