黒崎と絵里子
「ママが京都に来ると言っていたから、
私も懐かしくなって来ちゃった、
亮さんが一緒だとは思わなかったけど」
祐希が嬉しそうに笑った。
「六助おじさん、ご無沙汰しています」
白地に花柄のワンピースを着た祐希が深々と頭を下げた。
「裕ちゃん、すっかり女らしくなって・・・」
六助は京都にいた時の祐希と見違えるように
きれいな女性になっていた事に驚いていた。
「六助さんは祐希をまるで自分の
孫のように可愛がってくださったのよ」
「わかります。内村さんが理恵さんにメロメロですから」
「知っているんですか?内村の所の理恵ちゃん」
六助は内村から亮の事を詳しく聞いていなかったので
そこまで親しいとは思っても見なかった。
「はい、内村さんのご家族と仲良くさせていただいています。
お婿さんの内村和行さんは別ですけど」
「ああ、お婿さんの事を知っているんですね。
今は離婚して石井の姓に戻っていますけど」
「えっ?」
亮は六助が内村和行の事を知っている事が不思議だった。
「あの男は私の遠縁の息子で内村に頼んで
五島商事に入れてもらったが
まさか娘の久美子さんと結婚するとは
思わなかった。まして愛人を作るなんて」
六助は頭を垂れた。
「内村さんと親しいんですね」
「高校、大学が一緒でした」
「親友ですね」
亮は自分の親友と呼べる友達が日本にはいなかったので
羨ましく思った。
「あはは。さて本題に入りますか」
六助は照れくさそうに笑うと塩見と
正一郎の話を始めようとした。
「その前に塩見の資料をお渡しします」
六助と絵理子に渡した資料は原から受け取った
公安の資料だった。
「これは凄い、生まれた時から現在までの学歴、経歴だけではなく
交友関係まで出ている。しかも私のような者の名前まで」
六助は黒崎のスタッフに自分の名が有ったことに驚いていた。
「黒崎と私と祐希まで書いてあるわ」
「甲山さん、これに間違いがありますか?」
「間違いないですね、黒崎社長と塩見の接点は12年前
山口巌介の紹介で出会っています」
「ご覧の通り、塩見はいわゆる総会屋で色々な企業の
弱点を見つけ企業から顧問料の名目でお金をとっています。
社長のご存命の時は社長の命令で塩見は合併したい企業の
弱点を見つけ出し安く株を買い叩いて乗っ取っていました」
「その会社はどうなりました?」
「はい、余剰人員を解雇して業績が上がった会社も
うまくいかなかった会社もあります」
六助は過去の行いを深く反省していた。
「甲山さんの今のお立場は?」
「私は黒崎社長が亡くなって閑職に追いやられ
黒崎の不動産部門の平取(平の取締役)です」
「不動産部門ですか・・・」
亮が腕を組んで考え込んだ。
「ちょっと僕の考えを聞いてください」
「はい」
六助と絵理子が頷いて亮の指示に従うことにした。
「まず、甲山さんに黒崎ホールディングスの
社長になってもらいます」
「えっ?それは無理です」
甲山は亮の突然の申し出に顔の目の前で
手を横に振った。
「私と祐希が甲山さんを押せば可能だと思います」
絵里子は祐希が戻ってきた時に有利と考え
ぜひ甲山に社長になってもらいたかった。
「絵理子さんそれは無理です。今、正一郎の力が強すぎます」
六助は首を横に振った。
「そうです。そのために甲山さんには
不動産の仕事で実績を上げてもらう事
そして正一郎氏と塩見の悪巧みを暴きます」
「悪巧みってあるんですか?」
絵里子が聞くと六助は答えた。
「はい、まずターゲットになっているのが絵理子さんです。
絵理子さんを追い詰めて絵理子さんから株を買い取ること
黒崎ホールディングスを増資しお二人の株式比率を落とす事も
考えているようです。
最終的には祐希さんにも手を出すかもしれません」
「なるほど、色々な手がありますね。
蝶の評判を落とし客を減らして経営を
成り立たせなくする方法や絵理子さんにうまい
投資話を持ちかけ失敗する方法、
あるいはアメリカの祐希さんを誘拐して
身代金を取る方法・・・」
亮はもっと恐ろしいことを考えたが口には出せなかった。
「私を殺す事も方法のひとつだわ、
私が死ねば法定相続人の祐希が私の所有する
株の半分を相続して絢香は未成年、
後はどうにでもなるわ」
「それは困ります。なんとかしなくては・・・」
甲山が困った顔をしていると亮は正一郎と塩見の
会話の情報の出処を知りたかった」
「甲山さん、その情報をどこから?」
「秘書課の秘書からです」
「そうですか、ひょっとしたら盗聴じゃないですか?」
亮が甲山に疑いを持って聞いた。
「六助さん、大丈夫です。團さんは信用出来る人です」
「・・・はい。黒崎社長が生前正一郎をはじめ取締役連中を疑っていて
各部屋に盗聴マイクが有線で繋がっているのです。
社長が亡くなる時、絵理子さんと祐希さんを頼むと言われて
ずっと盗聴し続けていました」
「二人を護るためですね」
「はい・・・」
「ありがとうございます。甲山さん」
絵里子は自分たちを護っていてくれた六助に頭を下げた。
「とんでもないです」
「確かに黒崎は用心深いし仕事に厳しい人だったわ、
仕事にミスして怒りを買った部下たちは
東京の私に執り成しを頼みに来ていたわ」
「そうです。社長は絵理子さんの言う事だけは聞いてくれました」
六助がそう言うと亮は黒崎が絵理子を護るために、
絵理子を影の女帝に仕立て上げ
あえて執り成しをさせていたのだと思った。
「凄いです。黒崎さん」
亮は黒崎の計画に感銘を受けてつぶやいた。
「黒崎さんがそんなに人を信用できない人なら
塩見も疑っていたはずです、
絵理子さん黒崎さんは何か資料を残していませんでしたか?」
「そうね・・・黒崎の書斎に何かあるかもしれないわ、
東京に来ると何時間も書斎から
出なかったから」
「東京に戻ったら書斎を見せてください」
亮は絵理子の目を見つめると絵里子は黙って頷いた。
「さてそろそろ私は」
六助が立ち上がろうとすると亮がそれを止めた。
「甲山さんまだ終わっていませんよ。
甲山さんに社長になってもらう話です」
「私のような者が社長などできません」
六助は謙虚に断ると亮は首を横に振った。
「内村さんと同級生なら洛南第一高校偏差値
75から京都大学
エリートコースですね。親友が大商社の社長、
甲山さんがいくら謙虚になさっていても
心の奥では燃えるものがあるんじゃないですか?」
「あはは、かなわないですね。あなたには、
確かに内村に嫉妬しています。
あの正一郎の裏切りが無かったら財務担当
専務の私が社長になって祐希さんに引き継ぐはずだった。
ところが社長が亡くなると直ぐに、
妻が亡くなり息子はアラスカのマッキンリー登山で遭難、
憔悴している私は取締会の根回しを忘れていて取締役会で
正一郎が社長になったんです」




