時計窃盗
「ドアが開いたぞ!」
アントンは助手席から真っ白な顔の女性を抱き上げ
道路に横たえた。
「ここから先は私がやろう」
秀樹は躊躇無く蘇生作業を始めた。
秀樹は運転手の首筋に手をやり脈を診て
心臓が動いている事を確認すると
人呼吸を始めた。
「アントン車から枕になる物を持ってきてくれ」
「了解」
アントンがクッションを車から持ってくると
秀樹は運転手の首の下に自分で呼吸を始め、肌の色が戻ってきていた。
「もう大丈夫だ、二人とも車に乗ってくれ」
救急車の音が聞こえると秀樹は女性の体から手を離し
トラックの運転手に後を託し車に乗って走り出した。
「私は救命士の資格を持っていないので後が面倒だ。
しかも、大男が素手でドアを開けたり車を
引いたりしたなんて誰も信じないだろう」
「俺達は警察は苦手だ」
ピョートルはそう言って上着のポケットの中のナイフを握った。
~~~~~
池袋のデパートで買い物を終えた蓮華と桃華が
にこやかにマテリアに向かって歩いていた。
「ママさんありがとう」
「いいのよ、いつも亮のために働いているんだもの
ささやかなお礼よ」
二人が並んで歩いている姿を見て久美はみさえ、知沙子、マギーに続いて
また、娘が増えたと微笑んで後ろから見ていた。
その時久美のバッグが後ろから引かれ
久美の手を離れた。
「ど、泥棒!」
久美の声に前を歩いていた蓮華と桃華が気が付いて
久美のバッグを持った男を追いかけた。
「桃華、ここでやったらママさんが驚く、どこかに追い詰めて
捕まえる」
「うん、ママのために」
男は凄いスピードで追いかけてくる女二人に驚いて必死で逃げた。
グリーン大通りの車の間を抜けた。
蓮華と桃華は車のボンネットを飛んだり、屋根上に手を着き
飛んで男を昔の風情を残す飲み屋街、人情横丁へ追い詰めた。
「な、なんだお前達」
男はポケットからバタフライナイフを取り出し二人に向けた。
「ああ、それ持っちゃいけないんだ。亮が言っていた」
「男なら堂々と素手で戦いなよ」
蓮華と桃華迫ると男は怯まない二人に驚いた。
「くそ!」
男が桃華に比べ強そうな蓮華に
右上から切りかかると蓮華はその右肩後ろに回り
ナイフを持っている手首を握り捻り挙げた。
そして、肘を膝で押すと男は痛みの余りナイフを地面に
落とした。
蓮華はすかさずナイフを拾って酒屋の入り口脇の壁に向かって投げた。
「わ、分かった。バッグを返す」
男は右腕の肘の痛みを左手で押さえた。
「そうは行かないわ、罪には罰が与えられるのよ」
桃華はニコニコと笑って男に近づき
何度もターンをするといつの間に男の後ろに立っていた。
「お仕置き1、ママのバッグを取った」
桃華はそう言って男の首に鍼を刺すと
男の体が動かなくなった。
「お仕置き2、私じゃなくて彼女にナイフで切りかかった。
刃物が得意なのは私なのに」
桃華は男のズボンをベルトをはずし下腹部に鍼を刺した。
男は恐怖のあまり涙を流し始めた。
「これであなたは一生使い物にならないから、
ニューハーフにでもなるのね。
まあそれだけ小さければ手術がいらないと思うけど」
「キッ!」
蓮華が桃華の仕置きを見て呟いた。
「さあ、戻ろう。ママさんが心配する」
蓮華が声をかけると桃華はうなずいて
走って行った。
男は警察に自分が引ったくりをして女性に脅された
とは言えずどうして良いかわからなかった。
そして小さいと言われたのはもっとショックだった。
「誰かー!」
男の声は人気の無い昼間の飲み屋街に響いていた。
~~~~~
マギーは美佐江に簡単な説明を受けて
制服に着替えて木田明日香に案内され店内を歩いていた。
「マギー、とても制服がとても似合うわ」
「うふふ、ちょっと胸がきついけど、ありがとう明日香さん」
「最近、中国からの団体の客様が多くてとても気を使うの
中国語が出来るマギーが手伝ってくれて助かるわ」
そこへ十数人の中国人客が入って来た。
男性客は高級時計、女性客は宝石売り場へと
別れて買い物を始めた。
男性客はケースの中の時計を数点出させ
腕にはめては取って時計を選び出した。
マギーは悩んでいる男性客に流暢な中国語
で営業を始めた。
「両方ともお似合いですよ。金張りの方は
ビジネスの時相手を威圧するため、
クロノグラフはカジュアルの時なんかいかがですか?
マギーの接客は優しく丁寧で力強く
2点で150万円の時計を販売した。
マギーの隣でも同じ様子が見られたが
それは少し違っていた。
二人の中国人の男の
一人は周りの様子を鋭い目つきで伺い
もう一人は時計の古新を気にせず型番を言って
それをショーケースから出させていた。
それは間違いなく、人から依頼を受けて
買いに来たとしか思えなかった。
「あっ」
マギーはそれを見て声を上げた。
男は手に取った腕時計を腕にはめず
手の中に握り、同じ型の時計を上着の奥から引っ張り出し
手に握った時計をこっそりと見張り役の男に渡していた。
そして自分の腕にしていた時計をはずし
店員に返したのだった。
「チェンジしている」
マギーはそう呟き見張り役の男の後ろに立った。
マギーは男の腕を捻り上げれば店内が大騒ぎになる、
警察を呼ぶ時間が無い、二人を大人しく事務所に連れて行けるか
悩んでいた。
その間に偽物の時計が次々に時計ケースの中に戻されていった。
「ちょっと待って!その時計をチェックして」
マギーは店員に時計を見るように言うと
見張り役の腕を握りバッグを取り上げた。
すると一人の見張り役の男は店を飛び出して行った。
マギーは暴れる男の腕を締め上げ
ガードマンに引渡した。
「もう一人!」
マギーは表に出ると逃げて行く中国人を指差した、
その瞬間その男の体が宙に浮いた。
マギーがそこに駆け寄ると
男が地面に倒れていた。
「あっ、亮」
「マギーどうした?」
「こいつ、美宝堂の時計を盗んだのよ」




