20-5 鬼雨を纏いし獣 5
ボクらが到着した時には、既にラフズレインの町は城壁内に猿の侵入を許していた。
『ジャイアントフォレストボア』のサーモと『オレンジスフェーンドラゴンモドキ』のいよかんとあまなつとあまくさは、ボクたちとお揃いの黒の雨具を着ている。
今回は、単なる雨避けとしてではなく、本家の『隠密』に比べれば数段落ちてしまうが、四匹に追加したお得系異能の、劣化版『忍び足』と劣化版『隠密』と黒いレインコートに、暗闇と大雨を利用することで、本家『隠密』を模倣する。
何より!ボクの不死ノ神の体と、仲間たちの植物で創った器は無臭であり、動物の嗅覚をもってしても見つけることはできないはずだ。
月明りひとつない黒雲の下、畑の植物に紛れて様子を窺う。
町に攻め入った猿とは別に、増援部隊だろうか、外で待機する猿の一団を見つけた。
数は百から二百前後……その中に、一角獣に似た角が額から伸びる、悪魔族ガングルが二匹混じっていた。
ボクの声は雨音で掻き消される。
「ヨダ、オンドレイ、エバンスは、サーモたち騎獣を連れて町の中へ、住人の保護を優先してくれ。お爺ちゃんと駄竜はここに残って猿退治だ。ボクが道を作った後ガングルの動きを止めるから、ささっとあの二匹の首を落としちゃってよ」
「わし……出来ればあの悪魔族とは一対一で戦いたいのじゃが、前回相打ちじゃったし」
「坊主、俺も一騎打ちを希望する」
「ダメですよ、敵はもう町の中に侵入しているんですから時間がないんです。ガングルの動きを抑えられるのは数秒だと思うんで、きっちり一撃で終わらせてください。あの二匹さえ倒しちゃえば残りは雑魚なんで、勝利は目前です」
騎獣から降りて別れると、慎重に猿たちの群れへ近付いた。
『殺気操作』を使い群れの真ん中に道を開くと、すぐさま神樹の翁と神竜の王が猿の間を走り抜ける。
悪魔族ガングル二匹に、猿の群れを両脇に押しやった殺気が集まり絡みつく『殺気操作――金縛り』ガングルの動きが数秒止まった。
神樹の翁の薙刀と、神竜の王の大剣が、きっちり一撃で、約束通りガングルの首を刎ねた。
殺気の蔓は、倒れたガングルから離れると四方に散らばり、そのまま猿たちを包むように拡がっていく『殺気操作――臥せ篭』。
「猿たちはこれで逃げられないはずです。ボクは猿を閉じ込めるのに集中するので、二人で全部倒しちゃってください」
「小僧は本当に老人使いが荒いのう」
「ホントだぜ、しかも一方的な虐殺とか何が楽しいんだ。坊主この借りは高くつくぜ」
「分かってますよ、ラッセ伯爵に、美味しい食事処を紹介してもらえばいいんでしょ」
「「当然だ〝じゃ〟!!」」
殺気の檻で囲まれた篭の中で、数百の猿と二人の英雄の戦いがはじまった。
✿
ラフズレイン城壁内――。
矢の雨は止んだが、雨は止むことなく降り続けている。
町の至る所で、兵士と猿の白兵戦が続いていた。
「誰か、誰かいないか、建物の下に子供がいるんだ」
崩れた建物の前で男が叫ぶ。その時、後ろには何もいなかったはずなのに、次の瞬間、男の後ろには二人の黒いレインコートを着た男が立っていた。
思わず男は悲鳴をあげてしまう。
「驚かせてしまってすみません。子供が建物の下敷きになっているという話ですが」
「ええ、領主様からは、子供は領主邸に避難させろと言われていたんですが……子供が離れたくないと、それで地下室に隠れているように言ったんですが、建物が崩れてしまい生き埋めになってしまったんです……どうか息子を、息子を助けてください」
「分かりました。落ち着いてください。私たちが何とかしますんで、ヨジくん、瓦礫を退けてもらってもいいかい」
すると、今度は男の目の前に、黒い大きな塊が現れた。
よくよく見るとそれは、光沢のある黒い布に包まれた大きな猪だった。更にその背中から、同じように真っ黒な服を着た小さな子供が滑り落ちる。
子供はネズミのお面を顔に付けていた。
そのままトテトテと崩れた建物に近寄ると、大きな瓦礫に手をかける。
「いや……子供一人じゃ、どう考えてもムリだろう……」
男がそういった矢先、ヨジと呼ばれた子供は大きな石の壁を軽々と持ち上げる。
「ヨジくんは力持ちなんです」
いや、力持ちどうこうのレベルではないと思うのだが、ヨジはどんどん瓦礫をどかしていく。
「エバンス悪い、キミは猿の警戒してもらってもいいかい」
「分かりました。オンドレイさん」
男の前に、新たに三つの大きな黒い塊が現れた。
「ヒィッ、ドラゴン」
「大丈夫ですよ、彼らは我々の騎獣でドラゴンではなくドラゴンモドキです。大きなトカゲですよ、ほら見てください可愛いんですよー」
オンドレイは、すぐ横にいたあまくさの頭をわしゃわしゃと撫ではじめる。
ドラゴンモドキの背中が動いた。彼らを包むレインコートの一部が捲れると、背中に町の住人たちが座っていた。
「お子さんも無事みたいですね。町の人たちを拾いながら領主様の屋敷に向かってる途中なんです。良かったらお子さんと一緒に私たちと行きませんか」
男は〝ありがとうございます〟と繰り返し、オンドレイたちと共に領主の館へと向かった。
ヨジとオンドレイも、今回の任務に合わせて猿たちが持っていた『隠密』を追加異能として選んでいた。
元々『隠密』持ちであるエバンスだけは、劣化版の『索敵』が入ったお得系異能である『初級レンジャー』を選択。
彼の持つ異能『直感』と相まって、『隠密』で姿を隠す猿たちの居場所を次々と言い当てていく。
ヨジ、オンドレイ、エバンスの三人は、四匹の騎獣を使い住人たちの保護に駆け回った。
誰もが、はじめは竜にそっくりなドラゴンモドキの姿に怯えていたが、町中を駆け回り住民たちを助ける姿に、怖さよりも感謝の気持ちが上回ったようで、彼らが領主の館に戻る度に、甲斐甲斐しく雨に濡れた彼らの体を拭いたりする。
何度目だろう……住人たちを運んで、防護壁を築いた領主の屋敷へと戻る。住民たちだけでなく、兵士や領主であるラッセ・ポビション伯爵までもが、雨の中建物の外に姿を現し、ヨジたちを出迎えた。
ヨジたち三人と騎獣たちは、フィヨルから住民の保護を優先しろと命令を受けたから動いているだけなのだが、何時の間にか彼らは、恩人としてこの町の人々から受け入れられていた。
町の多くは占領され、領主の館まで押し込まれはしたものの、兵士の中にも『索敵』や『看破』といった、『隠密』に対抗する異能の所持者がいたお陰で、打って出ることは難しいが、何とか防衛線の維持は出来ている。
降り続ける雨の中、人間たちは、その力のすべてを使い猿たちに抗い続けた。
※予定では、2章20-5で終える予定だったのですが、すみません、ほんの少しだけお付き合いください。




