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20-4 鬼雨を纏いし獣 4

 ラッセ伯爵が小屋を訪れた翌日、昨日ボクに対して〝貴様!三千人を超える住人が殺されてしまうかもしれないんだぞ。お前はそれを見捨てるのか〟と怒鳴った従者の騎士が一人で訪ねてきた。


 早朝。

 朝晩の気温差が大きいのか、草原を幻想的な霧が包む。


 騎士はボクの前で両膝を地面に着け、首を前に倒すと〝この首を刎ねてほしい〟そう言って抜身の剣を差し出してきた。


     ✿


 昼過ぎ、黒雲が空を覆いはじめた。少しして、ぽつりぽつりと雨が落ちはじめる。

 一つ目の占いは当たりか……二つ目の占いはどうなるかな。


 占いの日、染料の町ラフズレイン。

 人口約四千人のこの町は、住人の多くが染物など染料に関連する仕事についている。

 壁外には染料の原料となる植物を栽培する畑も多く、のどかな風景は眺めているだけで心を癒してくれる。

 そんなのどかな田舎町が、いまは殺伐とした雰囲気に包まれていた。町の至る所には、武装した兵士たちが立ち、その表情には緊張感が漂う。

 兵士だけでなく、持ち慣れていない武器を手にした市民の姿もあった。

 領主は、前もって住人たちに話していた〝次の雨に乗じて猿の魔物が攻めてくる。生き残るためには武器を手に戦うしかない〟と、中には兜の代わりに鍋に紐を付けて頭に乗せる者の姿も、

 ラフズレインの住人たちは、この日のために沢山の準備をしてきた。

 町の至る所に置かれた大きな板は、空から降り注ぐ矢避けとして盾代わりに置かれたものだ。


 日が落ちる。

 ラフズレインの城壁に向かい、雨に紛れ、『隠密』の異能を活かした猿の群れが行進をはじめる。

 彼らは息を潜め……城壁へと向かいまっすぐ進む。今まではこれで上手くいっていた。


 いつもと違うのは、前もってこの襲撃計画を、町の住人たちが知っていたことだ。

 城壁の外には、無数の落とし穴が掘られていた。数匹の猿が落ちる。慎重に進んでいたお陰だろう、落とし穴に落下した猿は少ない。

 ありきたりな罠ではあるが、落とし穴の底には先を尖らせた木がびっしりと並べられており、落下した猿を串刺しにする。

 雨音に紛れて猿たちの絶叫が響く。


 猿が穴に落ちるのに合わせて、ラフズレインの町の各所に取り付けられた魔道具から、警報が鳴り響いた。

 それを合図に、猿に向けて一斉に矢が放たれた。『隠密』によって猿そのものの存在は知覚出来ない。射手は落とし穴付近を狙って矢は放った。


 矢尻には小さな袋のようなものが付けられていた。

 雨のせいで上手く拡がらないが、矢が地面や猿に当たると同時に袋が破け粉を撒き散らす。猿の体の一部にそれは付いた。

 粉の正体は、ヒカリゴケの一種から作った特殊な染料に砂を混ぜたものだ。名前を付けるなら光砂だろうか。

 『隠密』の異能の攻略法――。例えば巨人のような生き物が『隠密』を使ったとしても、その大きな体が邪魔をして、人間の目をごまかすのは難しい。

 それに派手な色の生き物も、その見た目から『隠密』の効果を弱めてしまう。

 光砂を浴びた猿たちの体が、暗闇に光る。

 そのヒカリゴケは、特殊な性質を持っていた。

 生き物の体に根を張ることを好み、生き物の体温に反応して光るのだ。

 正式名称:ヒカリダニゴケ

 地面に落ちた粉は光らず、猿に付いた粉だけが発光した。

 猿たちは、いい的となる。


 ここまでずっと先手を取り続けてきた猿たちが、はじめて先手を取られたのだ。


「いける、いけるぞ!俺たちが猿を倒すんだ」


 城壁で弓を持つ男が叫ぶ。

 その時、男の目の前に一匹の猿が姿を現す。数匹の猿が見張りの視線を掻い潜り、城壁の上へと到着したのだ。

 大きさは人間の大人を少し小さくした程度で、腕が異状に長く。手と足には、大きなかぎ爪が一本ずつ生えている。体には体毛と同色の黒い鎧を纏い、手には鉈を持っていた。

 猿たちは、見張りに襲い掛かる。

 ラフズレインを守るのは、兵士と市民の混成部隊だ。対するは、幾度となく人間と戦いを繰り返し生き延びた化け物、力の差は歴然である。猿たちの逆襲がはじまった。


     ✿


 八日前――。ラッセ伯爵の従者の騎士は、フィヨル・シュメルツァーにその首を差し出そうとしたが、断られた。

 その代わりに、通信用魔道具を渡される。


「あの……これは、なんでしょうか?」


「ん、通信用魔道具ですよ。神聖国家エラトニアの最新型で、グレンデル王国の物よりずっと性能が良いんです」


「通信用魔道具というのは分かるんですが……どうして、これを私に……」


「ラッセ伯爵に伝言をお願いしたいんです。最初の条件で良いなら連絡をくださいって、伝えてもらえませんか?」


「私たちを助けてくださるんですか」


「いえ、協力するだけです。相手がダンジョンの中にいるなら、ボクらだけでも敵を倒すことは可能です。でも、今回のように開けた場所では、僕らだけじゃ守れない。町の人たちの協力が必要なんです。ラッセ伯爵には、あなた方自身が武器を持ち戦わなければ町は守れないと伝えください」


「分かりました。必ずお伝えします。本当にありがとうございます……本当に、本当にありがとうございます」


 従者は、泣いていた。


 そして八日後、従者は無事伝言を伝えたのだろう、フィヨルの持つ通信用魔道具から、救援依頼を要請するラッセ伯爵の声が響いた。

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