20-3 鬼雨を纏いし獣 3
男の雇い主が貴族なら、呼びつけた時点で〝お前が顔を出せ〟とお叱りを受けると思っていたのだが、何の抗議もないまま数日後には、二十人あまりの供を引き連れて貴族がやって来た。
貴族の名はラッセ・ポビション、爵位は伯爵、年齢は三十代後半といったところか、当主としては若いがその眼光は鋭く、今まで見てきた貴族の中でも、芯がある男のようにも思える。
なにより、その目には貴族特有の平民を見下す嫌らしさもない。
小屋では、護衛が入りきらないだろうと、天気も良く風も気持ち良いので、テーブルと椅子を外に運んで、草原でお茶を飲みながら語ることにした。
ラッセ伯爵のすぐそばに立つ男が『鑑定眼』持ちなんだろう、オンドレイが淹れた茶を見て、ボクらに気付かれないように、そっと目で合図を送っていた。気付いたけど……貴族だし、毒の有無を警戒するのも当然か。
「超級冒険者フィヨル・シュメルツァー殿、この度は、このような場をいただきありがとうございます」
ラッセ伯爵の一言目は、御礼だった。
「気にしないでください。ところで、今日はいかがされました」
ボクはラッセ伯爵を前にしても、対等に振る舞う。
不遜な態度を前にしても、ラッセ伯爵どころか、その従者一人として嫌な顔はしない。
こういう場合、貴族が堪えても、幾人かの従者は敵意を向けてくるものだが、よく教育が行き届いているものだ。
「今回は、是非お力を貸していただきたいと思い伺いました。八日後に強い雨が降ります。この国ではバケツをひっくり返すようなどしゃ降りを鬼雨と呼ぶんですが、その日、我が領地でもっとも大きな町であるラフズレインに、猿の魔物たちが攻め入ります。我が領地は中央からも遠く、立地的に他の都市から兵を回してもらうのも難しいのです。どうかお力を貸していただけないでしょうか」
ラッセ伯爵が頭を下げると、従者たちもそれに習い頭を下げた。
「八日後ですか……どうしてラッセ伯爵は、八日後に雨が降ることと猿の魔物が攻めて来ることをご存じなんですか」
「我が領地には、よく当たる『占い』の異能持ちがいるのです。もちろん、『未来予知』や『虫の知らせ』同様、確実に当たるというわけではありません。しかし、その者の『占い』は、ある条件下で高い的中率をみせるんです」
『占い』とは、未来を知ることが出来る異能のひとつだそうだ。
発現する個人によってその的中率は千差万別。
ただ、その者の占いは、特定の条件下で的中率が大きく跳ね上がる。
恋愛や仕事といった日常の占いでは、その者の占いはけして目を見張るものではなくごく平凡な占い師、それが、人の生き死にが絡むと、その占いの的中率も大きく変動するという。
そう、災害のような沢山の人の命が奪われるような出来事ほど、その占いの的中率は高くなるのだ。
今回占いに出た失われる命の数は三千六百人……ラフズレインの人口の約九割である。
五百人を超える死者が出る占いで、その者が外したことはなく、ほぼ確実にその日はやって来るだろうとラッセ伯爵は断言した。
猿の魔物の襲撃時には、必ずといっていいほど大勢の人間が死んでいる。
その占い師を頼れば、神出鬼没の猿の魔物の先回りが出来るかもしれない。
だからといってボクが町に留まり要撃を狙えば、気配を察知した猿たちが襲撃先を変えてしまう。
ボクは、この依頼を受けるにあたって条件を出した。
今後も猿の魔物の襲撃についての『占い』を継続すること、襲撃される町が分かったらすぐにボクに知らせること、そして、もうひとつ、
襲撃が起こるまでは、ボクたちは町ではなく離れた場所に待機する。この条件を聞いたラッセ伯爵は、中々首を縦に振ろうとはしなかった。
ラッセ伯爵は、一人でも多くの領民を助けようと必死なのだ。
「どうしてですか、最高の部屋を準備します。最高の料理だって……なぜ町に滞在していただけないんですか?」
一瞬、〝最高の料理〟という言葉で、神樹の翁と神竜の王が喰いつきそうになったが、クギを打つ意味で〝ギロリ〟と睨む。
ボクがいることで、猿たちは町を襲うことを避けて他に行くかもしれない。ボクは、ラッセ伯爵と従者に理由を隠さずに話した。
「それなら尚のこと、ラフズレインに来ていただきたい」
ラッセ伯爵の声が大きくなる。
「あなたは……あなた方は、自分の町さえ平気なら他の町の住人たちが殺されてもいいって言うんですか、でも、まあ……占いで襲撃する町を教えていただけるのであれば、その条件で依頼を受けてもいいですよ。ただ一度きりです。もう一度ラフズレインが襲撃されると占いに出ても、二度目は助けません見捨てます。ヨルトレインは、ボクが出て行った一月後に猿の襲撃を受けています。ラフズレインでも同じことが起こる可能性は十分にある」
流石に従者も我慢出来なかったんだろう。
「貴様!三千人を超える住人が殺されてしまうかもしれないんだぞ。お前はそれを見捨てるのか」
「見捨てますよ、ボクは神聖国家エラトニアの冒険者です。当然じゃないですか、目の前にいる皆さんは自分の町可愛さに、同じ国の数千、数万の人間を見捨てるとボクに宣言したばかりなんですよ、他国の人間であるボクが助ける義理がどこにある。帰ってください。今回の依頼は聞かなかったことにします」
「お待ちくださいフィヨル殿」
ラッセ伯爵の声には耳を貸さず、ボクは、ブラックミスリルで作られた特製の冒険者証を取り出した。
「なんなら、この場で、あなたに宣戦布告してもいい。もちろん住人は殺しませんよ、殺すのは武器を持つ兵士だけにします」
『殺気操作』を使い、ラッセ伯爵と従者全員を殺気で包む。動きを封じるでも、膝を折らせるでもない、ただ相手に恐怖を与えるためだけの殺気だ。
殺気を解いた後も彼らは暫く呆然としていた。
ラッセ伯爵は、それ以上何も言わずに従者を連れて帰って行った。
「フィヨル様……彼らを助けてはいただけないんですか」
そう訴えるエバンスの目は、とても悲しそうだった。辛そうだった。
「さあどうだろう。八日後ラフズレインには向かうよ、やっと猿たちの尻尾が掴めたんだ……逃がさないさ」
ボクの言葉に、エバンスは少しだけホットしていた。




