3-5 不死神の王の廃迷宮 5
✿学者と探索者の視点
ノーグノーツたちが、牢の調査をする間、探索者たちは手持無沙汰から周囲をうろついた。もちろん、虫たちに襲われないように穴の外には出ない。
自分たちが、壁の向こう側にいることには気付いているのだろう。開いた穴の前には、大きな蟻が何匹もウロウロしている。魔法の力なんだろう。それでも、中には入ってこない。
不死神の王の廃迷宮と、この部屋に施された魔法陣に供給される魔力の出所は違うとノーグノーツは言っていた。全てではないが、一部の魔法は今も生きていると、実際虫は穴の中に入ってこないし、牢の近くでは魔道具が使えない。
「壁が崩れてるのに、虫が入ってこれないなんて魔法ってすげーんだな」
「魔法の能力持ちは貴重だって言うしな、俺らのような普通の探索者には一生縁のない能力さ」
見張りの男たちは、魔法の力に感嘆の声を漏らす。
その時、奇妙な音がした。風の音?手に持った籠の中の光虫たちの明かりが激しく点滅する。これは光虫が危機を感じた際に起こす行動だ。
瞬間――。
外に霧のような靄が立ち込めたかと思うと、すぐ目の前にいる蟻が〝ジュ―〟っと音を立てて苦しみはじめた。
魔法の力なのだろう、その靄は穴の中には入ってこない。探索者の一人が興味本位に吊るしていた剣を抜き、穴の外に伸ばす。
〝あちぃー〟悲鳴と同時に剣を落とした。
探索者の手はひどい火傷を負ってしまった。急いでもう一人の仲間が腰に吊るしていた袋から取り出した瓶の中の液体を、仲間の火傷した掌にかける。
ポーションと呼ばれる治療薬である。
騒ぎを聞きつけたのだろうノーグノーツたち、その場にいなかった者たちもやって来た。
ノーグノーツは仮説を立てた。ここには探索者の目に留まる物は無く、自分が学者でなければ、とっくに壁の外に出て迷宮の中に戻っていただろう。と、これは牢を開けた者に対する罠なのではないかと彼は言った。穴に充満した靄は既に消えていたが、彼らは様子見も兼ねて、この場所に三日間留まることにした。
罠の発動を警戒したのだ。
廃迷宮に罠があること自体異例中の異例なのだが、不死神の王の隠し牢を開けたのだ。なんらかのイレギュラーが起きても仕方がないと彼らは考えた。
実際は罠などではなく、一人の少年が自分の身に余る力を体に取り込んだことで起きた副反応なのだが、そんなことは誰も知る由もない。
✿不死神の王
「おい、いい加減に起きろ!起きんか!この寝坊助が」
怒号――。
ボクは飛び起きて周囲を見た。といっても暗闇の中で何も見えない……はずなのだが、十を数えるほどの時間で急激に視界がはっきりと開けた。そこは、ごつごつした岩肌が囲む洞穴だった。
改めて、周囲に首を振り声の主を探す。やはり誰もいない。
「周りを見てもいないぞ、俺がいるのはお前の中だ」
僕は首をひねる。不思議だった。とっくの昔に忘れていたはずの人間だった頃の記憶を、はっきり思い出すことが出来る。幸せでも愉快でもない、辛いだけの日々の記憶。
「なるほどな、お前は神に与えられた能力のせいで随分辛い日々を送っていたのだな。その結果があれか……けして許されることではないが、同情はする」
「まーあれはワシらの責任でもあるしのう」
頭の中に響く声色が二つ。渋く低いおっさんの声と老人の声だ。
「あの……お二人はどなたですか?」
ボクは、人の言葉を完全に取り戻していた。滑らかに動く舌と唇。
「ふむ、人だった頃の記憶は定着したようじゃな。ワシらは小僧がよく知る者じゃよ」
「はー……」
老人の言葉にボクは気のない返事を返した。
「たく、俺たちを喰っておいて無責任なヤローだぜ」
「え……お二人はもしかして、神樹の翁……様と新竜の王……様ですか?」
「ああ、その通りだ。もはや器を失った魂だけの存在だしな、王とも呼べぬ存在だ」
ボクは思い出す。自分がこの二人に何をしたのか、あの時は既に人の心を失っていた。
人の姿をした不死ノ神として、一欠片残った『好奇心』という名の欲に対してだけ忠実に動いた。目の前にいる生き物同士を『合成』して別のモノへと変える。あの瞬間のボクは、神様にでもなった気でいたのかもしれない。
感情の多くは捨ててしまっていた。
どう謝ればいいのか、死んで謝ることは不死となったこの身ではもう叶わない。
「気にするな、俺たちはお前に謝罪を求めちゃいない。お前如きちっぽけな存在にいいようにされたのは明らかに俺らの傲慢さが招いたことだ」
「そうじゃそうじゃ……それに、ひとつにされた程度で怒り狂い暴れに暴れ、この世界の多くを破壊したのはワシら自身の弱さ故じゃろう。もちろんお主だけ無罪放免とはいかんがの」
「ボクは何をすればいいんでしょうか?」
「さあのう、自分で考えるのじゃ、まー世界も変わっているじゃろうし、今更罪を問われたりもせんじゃろう。だがなワシらは世界を壊した。そして共犯者じゃ。この世界のために何が出来るのかこれから一緒に考えていかねばならんじゃろうな……そのためにお主には、辛いだろうが人であった頃の記憶を取り戻してもらったというわけじゃ」
神樹の翁は言った。僕が持っていた種は、『神樹の翁』と『神竜の王』が混ざり暴れ、滅びの際に子孫を残すために生み出した唯一の種であると、結局、種の中に入っていたのは彼らの子孫ではなく、それぞれの魂の破片であったのだが。
「ところで、お前……成長の水を一度も使ったことがないのか?まじか!」
本気で驚いているのか、神竜の王は調子のはずれた声を出す。