16-4 歪みと閉幕 4
残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。
どうしてこうなった。
ケネス・オルメオアは書斎で一人頭を抱えた。
フィヨル・シュメルツァーが、兵士宿舎へ現れたという報告を受けたのは、つい二、三時間前のことだ。
兵士宿舎には、レーベングライに常駐する二百八人の兵士のうち百五十四人がいた。
奇襲ではなく、来ると分かった敵を前に準備を整えたのにも関わらず、たった三時間あまりで兵士は全滅してしまった。
現在、屋敷を囲む広い庭には、残りの兵士五十四人と、依頼を引き受けた二十八人の冒険者、私が雇う私兵と近隣の貴族から借り受けた私兵が集められている。
とはいっても、その数は、宿舎にいた兵士の数には及ばない。
近隣の町や村の近しい貴族たちから、冒険者や兵士を搔き集めて送ると連絡があった……それなのに、レーベングライに到着するのが何時になるのか、通信用魔道具を使い何度問い合わせてみても、返ってくるのは曖昧な返事ばかり……一体何が起きているんだと、ケネスは焦りはじめていた。
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戦闘時間よりも、異能で取り込む時間の方が長くかかる。
神樹の翁と神竜の王が放り投げた死体を、ボクは異能を使い『知識の書』へと換えていく。
「小僧、隠れている兵士はどうするんじゃ」
「これだけ殺したんです。ボクらの力は十分見せれたかと、隠れているのは面倒なんで放置でいいです」
床下や隠し部屋に隠れた兵士については、生き残った者は運が良かったのだと、探さないことにした。
もちろん、兵士長フロリアン・グリッシュは別である。
タイロンに協力して、ボクを牢に入れようとした兵士長フロリアンは、両手両足の骨を砕かれた状態で、神竜の王に担がれながらボクの前へと運ばれてきた。
兵士長だけは、出来れば生かした状態で連れてきてほしいとお願いしたんだけど……手足はぐちゃぐちゃに潰れ、全身血塗れで瞳は虚ろ、既に心が壊れていた。
息はあるけどこんな状態で連れてこられてもねー、直接話がしたかったのに、神竜の王は引き攣った笑みを浮かべながら〝わりぃ、やり過ぎちまった〟と頭を掻いた。
結局、フロリアン・グリッシュへの質問は諦めた。
収穫――。
ついにボクは念願の異能『速読―初級』を手に入れた。
『速読』の異能所持者は、読書好きの兵士だった。
人の趣味や特技によって、後天的に異能は発現する。
その絡繰が知りたいところではあるが、異能の発現時期をはじめ、異能の発生については、知識の書への記載もなく、発生条件については掴めていない。
『速読』は、ずっと手に入れたいと願っていた異能だ。
早速、自分自身に『速読』を合成し、『速読』の器に余りに余った成長の水を、限界値を目指して注いでいく。
進化に関してはこんな流れだった。
『速読―初級』……少しだけ本を読むのが早くなった。
それでも、速読ってほどか?というのが正直な感想だ。
レベルが十に上がると、『速読―中級』へ進化する。
読むのに四時間近くかかった本が、一時間ちょっと読めるようになった。
『速読―上級』>>>『速読―達人』へと進化しLV十へ――これが限界だな。
本を開くだけで文字が頭へと流れ込み、内容が分かる……ただ、かなり味気がない。
常時発動型ではなく、能動的で切り替え可能な異能のため、物語を楽しみたい時には『速読』を切って読んだ方がいいのかもしれない。
『速読』を使い兵士の記憶を漁り終えると次に進んだ。
残すは、タイロン・オルメオアとその父ケネス・オルメオアだけだ。
貴族街へ続く整備の行き届いた石畳の道を進む。
平民街のように屋台はなく、ひたすら大きな屋敷が並ぶ。
屋敷の中からは、沢山の視線を感じた。
視られている。
ケネスの屋敷に向かう途中、幾度か兵士や貴族の私兵の襲撃もあったが、苦戦することもなく片付いた。
本来市街戦というものは、そこかしこに死体が転がり、咽かえるような血の臭いがあちらこちらから漂ってくる、精神的にも非常によろしくないものなのだが、ボクの場合、異能を使えば死体はすぐに灰に変わるし、遺品も竜の胃袋に直行である。
ボクらが通り過ぎた石畳の上には、血の跡だけが残された。
さしずめ遠目で見るボクは、死体を喰らう化け物にでも見えているのだろう。
死体が残らないことで、貴族たちの目には、この光景が白昼夢にでも見えているのかもしれない。
窓からボクらを視る視線の多くは、そんな緊張感の無いものだった。
彼らが、事の重大さに気付くのは二、三日後なのだろう。
町長であるケネス・オルメオアに媚びを売りたかったのか、私兵の雇い主には、多くの貴族の名前があった。
超級冒険者証の強制通信機能で、雇い主の貴族の名前を読み上げつつ家長に対して死刑宣告をする。
能力を特定する材料を与えてしまうかもしれないが、これで少しは絡んでくる相手も減るはずだ。
邪魔者には、こうして私兵や暗殺者を使い口封じをしてきた立場から、狩られる立場に堕ちるのはどういった気分なんだろうか、名前を読み上げられた貴族はボクが向かうまで怯え続けてほしい。
ようやく目的地に到着した。
ケネス・オルメオア伯爵邸の門前には、武器を持つ多くの人間たちが待っていた。
気付いたんだろう、武器を抜きボクらに向かって駆けてくる。
恐らく門の向こう側にもぎっしりいるんだろうな。
戦いがはじまった。
並みの兵士や冒険者がボクらの相手になるはずもなく、手入れの行き届いた綺麗な庭には、死体の山が積み上がっていく。
屋敷の上層から見下ろす眺めは最悪だろう。
「ケネス伯爵見えてますか、どうします?このまま乗り込んで女子供関係なしに皆殺しにしてもいんですが……」
冒険者証に向かって呼びかけながら、窓に向かって作り笑いを浮かべて手を振った。
使用人とその家族……特に幼い子供は出来ることなら殺したくない、ケネスの奥方やタイロン以外の子供も見逃してもいいか、と急にボクの心にブレーキがかかる。
そのためにもケネスと息子のタイロンには、さっさと顔を出してほしいんだけど。
ようやく、複数の護衛を伴って男が現れた。
一目で貴族と分かる服装。
赤銅色の肌と暗めの茶色の髪と同色の口髭。
精悍な顔立ちは、兵士の記憶にあったケネス・オルメオアの特徴そのままだ。
とは言っても『知識の書』には挿絵はないので、この男が本物のケネス・オルメオアかどうかは殺してみないことには分からない。
意外にも男の第一声は謝罪の言葉だった。
しかも、それは息子の犯した罪を詫びる言葉ではなく。
お互いの認識の相違から誤解を招き、憲兵が勝手に動いてしまったという、どうにも歯切れが悪い、勝手に動いた兵士を止めることが出来ずにすまない。といった苦しい言い訳交じりの謝罪だ。
ケネスは言う〝息子に罪はない。全ては誤解だったのだと……〟。
「誤解も何も喧嘩を仕掛けてきたのは、あなたの息子ですよ。直接本人から言われましたので」
こういう場合は、はっきり言葉にして伝えなきゃだよな。
それでも、貴族としての矜持か、単に息子が可愛いからなのか、ケネスは息子の罪を認めようとはしない。
「息子を罠にはめようとした別人の可能性もあるだろう」
偽物か、確かに、その可能性は見落としていたな……本当にあれはタイロン・オルメオアだったのだろうか……どうしたものかと悩みはじめる。
そこに当事者であるバカ息子タイロンが現れた。
横にいる白髪の老人は、特徴からしてボクの殺害を暗殺者に依頼した人物だろう。
「お父様、そのような平民風情に頭を下げる必要はありません」
ケネスは気の毒になるほど狼狽えながら〝なぜ出てきたんだ〟と大声で叫ぶ。
そりゃあそうだよな、本人が顔を出さなければ偽物がやったと言い逃れできたかもしれないのだ。
「安心してくださいお父様、俺はコイツの弱点を知っています。ジイあいつらを連れて来い」
暫くしてジイと呼ばれた使用人が連れて来たのは、女子供老人を含む大勢の平民たちだった。
彼らは、ただただ庭に転がる死体を見て怯えはじめる。
使用人に促されるまま平民たちは、ボクらの前に並ぶ。
手には武器も無く、かといって特異な異能を持っているようにも見えない。
死体を見ただけで震えて悲鳴を上げる彼らに、何かができるとは思えないんだが。
「どうだ!お人好し。人質がいては手も足も出ないだろう」
何がはじまるのかと興味本位で見ていだけなのだが、目の前の平民たちが心配で、手が出せなくなったと勘違いされてしまったようだ。
見ず知らずの人間が人質になるわけはないと思うのだが……タイロンって本物のバカなんだろうか。
「おい、早く武器を捨てろよ、さもないと、目の前にいる虫けら全員をぶっ殺すぞ」
余程ボクのことが気に入らなかったのか〝お父様……〟とかしこまって呼んでいた言葉遣いも崩れ、本性が顔を出す。
父親であるケネスの反応を見る限り、息子の裏の顔も知っていたのだろう。
同罪だな。
流石に、頭にきた。
卵の殻が割れるように、殺気が庭全体を包むように吐き出される。
その場にいた全員がガタガタと震えだし、中には気を失う者や失禁をする者も、ちなみにタイロン君も見事にズボンを濡らしていた。
一思いにケネスとその息子タイロンを殺して終わりにしようと考えた矢先、今まで出番もなく影が薄かったオンドレイが〝ここは私にお任せください〟と前に出た。
オンドレイは演説をはじめる。
「弱き者たちよ、我が主フィヨル様のお力によって、皆さんはじきにこの恐怖から解放されます」
後ろにいるボクに向かい片目を瞑るオンドレイ、それに合わせて平民たちを『殺気操作』の範囲から外した。
オンドレイは言葉を続ける。
「あなた方はどうしたいんですか、もし復讐を望むのなら死んでいる兵士の武器を拾い目的を果たせばいい。今なら彼らは動けませんよ」
オンドレイの言葉に一番最初に反応したのは、若い女性たちだった。
ナイフなどの小ぶりな武器を拾うと老人の使用人に群がり、何度もその体に刃物を突き降ろす。
怒りで歪む女性たちの顔は衝撃だった。
後で死んだ老人の記憶を読んだが、この使用人は、女たちの親が町長であるケネスからした借金の肩代わりし、それを理由に無理矢理女たちと体を重ねていた。
元気でスケベなお爺さんだ。
屑の使用人も、同じ屑だったのである。
男たちや老人たちも落ちている武器を拾い、ボクの『殺気操作』により身動きがとれずにいるケネスやタイロン、その護衛たちに奇声をあげながら襲い掛かる。
「俺たちにこんなことをして許されると思っているのか、やめろ……やめてくれ……金か、金が欲しいのか」
タイロン君の耳障りの悪い声が響く。
オンドレイは言う〝フィヨル様、これが人間の本性でございます〟と……。
その後、ケネスのために私兵を送った貴族については、家長のみを殺すことで手打ちにした。
もちろん、抵抗があった場合には見せしめで多めに命を奪った。
女子供といった、抵抗する力のない者の命は無闇に奪わない。
ボクは、親……家族の仇だ。
窓越しに向けられる子供たちの視線には、幼いながらも殺意が宿っていた。
後腐れないように、血縁者はすべて殺してしまうべきなのだろう、ボクはそれを選ばず、神樹の翁と神竜の王、オンドレイまでもがそれに賛成した。
「小僧よ、恨みを向けられるのは、けして悪いことばかりではない。過去にあったのじゃ、他者の恨みを受けた者が、神よりとある異能を授けられたことがな……『魔王』とか言ったかの、特殊な条件下でのみ獲得可能な異能があるのじゃよ」
神樹の翁は愉快そうに笑う。神樹の翁は、ボクにその異能を獲らせたいんだろうか?
オンドレイは、人間の別な一面をボクに見せて何がしたかったんだろう。
ボクは新しい疑問を抱いた。




