16 歪みと閉幕 1
「あーあ……これでいいのかな?えー……超級冒険者フィヨル・シュメルツァーは宣言します。交易国家……――」
冒険者証に向けて語り掛けるボクを前に、兵士たちは、ただただ戸惑い、宣言の間ずっと固まっていた。
ボクを見つめる多くの視線の中から、兵士長フロリアン・グリッシュを探す。
「きちんと名乗っていませんでしたね、改めて超級冒険者フィヨル・シュメルツァーです。以後お見知りおきを……兵士長という立場のあなたなら、超級冒険者に喧嘩を売ることの意味をご存知でしょう。今更多くを語る気はありませんが、巻き込まれた兵士の皆さんにはお節介かもしれませんが忠告を、開戦は明日、朝早過ぎても眠いと思いますので、昼前後に開始します。この町にいる場合は探し出して殺しますが、町の外に逃げる者を追うつもりはありません。もちろん、フロリアンさんだけは逃げても地の果てまで追いかけて殺しますので、絶対逃げ出さないでくださいね。それでは、今日はこれで帰ります。明日はお互い、精一杯頑張りましょう」
作り笑いを浮かべ、立ち去ろうとするボクの前に、兵士が武器を手に立ち塞がった。
面倒なので、この場で全員殺してしまおうか……という思いに駆られるも、久々に大暴れできると心躍らせる神竜の王の姿が思い浮かび、ボクは辛うじて踏みとどまった。
気を取り直し『殺気操作』を使い、階段のある扉までの道筋から兵士たちを退ける。
兵士の間を抜けて部屋を出ようとするボクの姿を見て、ようやく我に戻ったのか、兵士長フロリアンが口を開いた。
「待て、話はまだ終わっていないぞ」
「そう言われても、ボクはこれ以上話すことなんてありませんよ、それでも話があるというんなら明日にしてください。ただ、先に喧嘩を売ったのはそっちなんですから、命乞いなんて情けない真似だけはしないでくださいよね」
立ち去るボクに、後ろからフロリアンがギャーギャーと喚いていたが、聞こえないふりをして兵士たちの間を抜けて階段を上がった。
兵士宿舎を出た後も、兵士たちが追いかけてくることはなく、その後も何もないまま、ボクは宿屋に到着した。
早速、部屋でくつろぐみんなに兵士宿舎で起きたことを報告する。
宣戦布告の知らせに、神樹の翁と神竜の王は喜んだが、ヨジは喜ぶでも悲しむでもなく無関心。
オンドレイは、初めての大きな戦いを前に緊張が隠せないようだ。
ボクらのせいで、宿屋に迷惑をかける可能性もあるため、みんなに話をした後、主人にもレーベングライの町長ケネス・オルメオア伯爵に敵対したことを伝えた。
それに対する主人の反応は、ボクの予期したものとは違っていた。〝フィヨル様ご安心ください、この宿の従業員一同こういった事には慣れております。もし、我々だけで対処が難しい時には、遠慮せず相談しますので、我々に気遣い宿を出ていく必要はございません。モルヘ殿にも、私の方から連絡しておきますのでご安心ください〟そう言いながら宿屋の主人は微笑んだ。
この宿屋で働く従業員たちも、普通ではなかったのだ。
ガリウス・ベルジェが雇っている元冒険者や傭兵や兵士の中から、人当たりの良い者を選んで宿の運営を任せているのだろう。
ボクらを探るために宿に来た間者も、何度か内々で処理していると、主人は自慢げに話してくれた。
寝る前に、みんなでもう一度簡単に明日の予定を話し合う。
話し合うといっても、小細工するつもりもないため、決めるのは全員で向かうかどうかってことくらいだ。
話し合いの結果、ヨジは宿の馬小屋から動けない大猪のサーモと一緒に留守番をすることとなり、ボクと神樹の翁と神竜の王とオンドレイの四人で、兵士宿舎に向かうことになった。
「ところで小僧、兵士たちを殺した後はどうするのじゃ」
「うーん……ダッカス王国の兵士に比べると、みんな弱そうだし、これ以上普通の兵士を『仮初めの生命の種』として登録するのもね、今回は全員『知識の書』にする予定だよ」
「なるほど、死体は全部『知識の書』にするのか、超級冒険者という地位は便利だが少々目立ち過ぎる気がしてのう、『知識の書』にすれば死体は灰になるじゃろう。死体を灰に変える異能など、そう多くあるものではないからのう、小僧がダッカス王国で数千の兵士を殺した者と同一人物かもしれぬと、勘ぐる者が現れるかもしれんぞ」
「骨も残さずに死体を灰に変える能力なんて珍しいもんね。お爺ちゃんが言うように、ボクがダッカス王国の兵士を殺した冒険者だってことに気付く人も多いかな、だからといって死体を放置するつもりはないよ、何より『知識の書』にして記憶を読まないことには、タイロン・オルメオアとフロリアン・グリッシュに協力する人間が誰なのか分からないしね」
ダッカス王国では、ボクが殺した兵士の死体以外にも、戦場に転がる多くの兵士の死体が消えたことで、襲撃者は死体を消す異能を持った冒険者だ。という噂が広がり、近隣諸国にも、既にこの情報は伝わっていた。
ボクらが殺した貴族や兵士の死体が消えたとなれば、ダッカス王国の第一王子派と第三王子派の内戦中パスターユ領で起きた、約二千八百人もの兵士の殺戮事件の犯人とボクを重ねる者が出るのも不思議ではない。
かといって、それを理由に神聖国家エラトニアがボクを追い出そうとはしないと思う。
みんなとの話を終え、そろそろ横になろうかと思った時だ。
不意の来客を告げるように、部屋の扉が叩かれた。
開けた扉の向こう側にいたのは、宿で働く従業員だった。
「こんな夜更けに、何かありましたか」
従業員は急いで来たのか、息を切らしていた。
「お休み中申し訳ありません。主人より伝言でございます。宿を囲む気配多数、我々では対応が難しい相手のためお願いしたいとのことです」
「思った以上に早かったですね、分かりました。ボクらの方で対応します。宿を囲んでいるのがどういう人たちかは分かりますか?」
「はい、宿を囲んでいるのは、この町の憲兵などではなく、暗殺者や盗賊といった者たちです」
「暗殺者や盗賊ですか……彼らもこの町の兵士なんですか」
「いえ……貴族の子飼いの犬か、盗賊ギルドや闇ギルドと呼ばれる金を貰い裏の仕事を引き受ける組織に所属する者かと思います」
「そうなんですね。ちなみにですが、この町の裏の組織を潰した場合、ガリウスさんの迷惑にはなりませんか?」
「ガリウス様はご自身の私兵しか信用しておりませんので、そういった人間を使うことはございません。御心配には及びませんよ」
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この日、レーベングライの盗賊ギルドは壊滅した。
所属するギルドメンバーの大半は、見せしめのごとく殺され、仕事なり私用なりで本部を離れていた隊員も、盗賊や暗殺者としての裏の名と、日常生活で使う別の名前や仕事といった情報を、超級冒険者の持つブラックミスリルの冒険者証に備わった魔道具の力を使い、大勢の人間へ向けて晒されてしまった。
同時にフィヨル・シュメルツァーとその仲間の中には、本来口を割らせることが出来ないされる、暗殺者や盗賊といった裏の人間の口をも、容易く割る特異な異能の持ち主がいると噂されるようになった。




