表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/99

3-4 不死神の王の廃迷宮 4


 何年ぶりだろう。数百年……数千年ぶりかもしれない。


 初めて開かずの扉が口を開けた。


     ✿


 多くの人の気配がした。懐かしい気配だ。同族だろうか?

 今のボクが〝何〟なのか?ボク自身よく分かってはいない。若い魔法使いの防人オンドレイとの会話が、ボクに言葉を発するための口を与えた。

 手がなぜ生えてきたのかは分からない、石の床のヒンヤリした感触が妙に心地良い。

 周囲が見えないのは、暗いだけでなく目が無いからだろう。長い年月を暗闇で過ごしたこともあり、些細な空気の動きと音には物凄く敏感だ。

 耳らしきものもある、牢屋の至る所に描かれた魔法陣(マナレリーフ)の寿命が尽きかけているのを感じる。

 ボクの感覚を惑わすためのそれは機能せず、壁の向こう側にいる人の気配を今まで以上に感じることが出来た。

 合計八人。そのうち二人は、少し離れた場所にいる。鍵を開けようとしているのか時折〝カチャ、カチャ〟と音がする。


 ついに、扉が開いた。


 ぞろぞろと人間と思しき生物が一斉に牢の中に入ってくる。長い年月、この場所からほとんど動かずにいて忘れていたが、この牢屋はかなり広い。

 目が無いにも関わらず彼らが明かりを持っているのが分かった。明かり自体は生物のようで、小さな温もりを感じる。予備もあるのか……複数の同じ気配が人間たちの背後、背負い袋か何かだろう、その中から感じる。


 初対面の人に対しての挨拶は大事だと、消えかけていた人間の記憶が教えてくれた。

 ボクは口を開けて声を出そうとするが上手く喋れない。

 それでも頑張って口を動かす。我ながら擦れた弱々しい声だ。


「こ・ん・に・ち・は……」


 何かが自分に向けて放たれた。


 全身に何かが突き刺さる。


 攻撃されている。

 痛みはないが想像はできた。ボクの見た目は、人間たちが嫌悪するモノなのだろう。それでも仕返しをしたいとか、彼らに対する怒りはこれっぽっちも湧いてこない。

 ボクにある唯一の欲求は〝外に出たい〟今はそれだけだ。足元に転がった一粒の種が、急いで外に逃げようとするボクの足を止めた。


(そうだ……これだけはボクが持っていなくちゃいけないものだ……)


 オンドレイは何度も口を酸っぱくして言った〝生き物を易々と殺してはいけない〟と、もちろん自分を殺そうとする相手は悪であり別だとも、それなら、今ボクを攻撃している者は悪じゃないのか?そう自分に問いかける……すぐに顔を左右に振る。

 攻撃されるような見た目をした自分が悪いという答えに辿り着いた。

 外に出る前に人の姿を取り戻そう、それでも攻撃してくるなら、それはきっと悪なんだ。

 ボクは〝少しだけじっとしていて……〟と明かりを灯す小さな存在たちにそっと息を吹きかける。

 明かりが消えた。


 ボクは全身を霧に変え、種を握り締めながら牢の外へと逃げ出した。

 もし、この暗闇の中でも見える目を持つ者がいたとしても、空を飛ぶ小さな植物の種には気が付かないだろう。途中で二人、別の人間がいたが、彼らが持つ明かりにも息を吹きかけて横をすり抜ける。

 ボクはついに牢の外に出た……外に出たんだ。


     ✿


 崩れた壁の穴から外に出る。

 まずは体を取り戻す。描くのは人間を辞める前の自分の姿だ。

 完全に人の形を取り戻すのに、数時間はかかっただろう。痛覚以外の必要と思える感覚を戻す。地面に触れた足の裏から伝わる感覚がひんやりとして気持ち悪い。服を着ていないからだろう、少し寒い……体温を調整する。それでも、全ての感覚がどこか懐かしく嬉しくもあった。

 目も取り戻したが、暗すぎるせいでよく見えない。


 手で触れながら、壁伝いに歩く。


 餌だと思われたんだろう。ボクの体の至る所に何かが噛みついてくる。それでも、種を握る右手には、生き物たちは近付こうとしない。本能的にこの種に恐怖を抱いているんだろう。


 ついに、動けなくなってしまった。


 ボクを食べるために全身に生き物が群がり、重すぎて先に進めなくなったのだ。

 生き物たちからすればボクの血も肉も、すぐに元に戻る、永遠に食べ続けても減らない食糧なのだ。人の姿を解けば解決するのだが、外に出るためにも今は少しでも人の体でいたかった。

 心配なのは、握った種を誤って生物が呑み込まないかだ。

 そんなことになれば、この世界はまた地獄に戻る。

 上手くやる自信はないが、ボクは握った種を自分に『合成』することにした。


 植物の多くは、自らが枯れる前に子を残そうと種を付ける。この種は『神樹の翁』と『神竜の王』が混ざりあったものが枯れる直前に吐き出したモノだ。

 地面に落ちて根付かないよう、柏手を打つ。


 『合成』……。


 瞬間、流れる血液が沸騰したように熱くなった。

 ボクを外に出した人間たちのことを思い出す。あの空間は、あの場所を護る為の魔法陣(マナレリーフ)も描かれていたはずだ。あと少しは機能するだろう。

 壁の外に出なければ人間たちが死ぬことはない。この穴の中に生き物が少ないことを祈る。体からは湯気が立ち昇り穴の中を満たしていく、並みの熱ではないのだろう、ボクの体に張り付いていた生物が〝ジュッ〟と音を立てては次々と剥がれ落ちていく。

 苦しそうな生き物たちの声。

 体から溢れ出す熱気も、ボクの一部なんだろう。穴の形が視える。ボクがいたのは大きな迷宮の中だった。種を合成したことで得た能力なのかは分からない。

 熱気が通った場所の映像が次々と頭に浮かぶ、数百……数千……数万……際限なく増えていく四角い小さな窓に映し出される映像たち。

 迷宮の住人の多くは虫だった。

 それを餌に集まったのか、ネズミやカエル、トカゲのような生き物も高温で焼かれ命を失っていく。


 生き物を殺すことは悪だと、彼は言った。

 それなのにボクは、短時間で数えきれない数の命を奪ってしまった。約束を守るのは難しい。牢屋に続く壁に開いた穴も見えた。

 特別な魔法がかけられているのか穴の中を覗くことは出来ない。鍵を開け、武器らしき物を投げたことを考えれば、あの八人は恐らく人間だ。でも、人間の死体は一度も窓には映っていない。

 穴の中に身を隠し無事でいることを祈ろう。


 やがて迷宮全体に広がった高温の蒸気は消える。

 意識が不意に途絶えそうになる……人の体に戻ったからか?暫く忘れていた感覚だ。睡眠?気絶?よくわからないが、ボクは間違いなく意識を手放した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ