14-1 品定めと幕間
二日後――。
ボクは、兵隊宿舎に出向いた。
憲兵たちに〝話を聞くだけですから〟と散々頭を下げられてしまい、仕方なく了承したのである。
〝すぐにでも行けますよ〟そうこたえたのにも関わらず、憲兵たちは頑なに〝二日後の午前に来てください〟と譲らなかった。
どうして二日後に来てほしいのか、疑問を感じながらも兵士宿舎へと向かった。
もちろん、この二日間、何もしていなかったわけではない。
自由市場に行き、貴族への襲撃がどういうものだったのかオンドレイを連れて話を聞いて回った。
だが、襲撃事件があったことはみんな知っているのだが、何時、どこでそれが起きたのかという話になると、誰もが首を捻り詳しい話は知らないという。
これだけ多くの人が集まる場所なのに、目撃者が一人も見つからない。
これだけ多くの人が集まる場所だ。貴族への襲撃事件なんてものが起これば、場所くらいならすぐに分かりそうなものなのだが、みな口にするのは一様に、自由市場で貴族の襲撃事件が起こった。
それだけである。
ここまで、知る人がいないとなると、事件自体が本当に起こったものなのか、それすら疑わしくなってくる。
兵士宿舎にある待合室で自分の番を待つ。
この町の兵士宿舎は、スリやひったくりをはじめとした軽微な罪を裁く場でもあるようだ。
ボクのように事件の聴取で呼ばれている者もいるんだろう。受付と待合室があり、部屋にはそれなりの数の人がいた。
ボクの番が来たようだ。案内係に従い兵士長室へと向かう。
部屋に入り、ボクは今回の事件がどうして起こったのか、その真相が分かった気がした。
兵士長の横には、見覚えのある男が座っていたのだ。
整った顔の、モルヘに暴力を振るっていた、ボクが『殺気操作』で動きを止めた貴族の若者。
今回の事件自体がでっちあげで、すべてがこの男からのボクに対する嫌がらせなのだろう。だから事件の目撃者が一人も見つからなかったのだ。
国と民を守るべき兵士が、クソ貴族の戯言に付き合うんだから、この国は相当腐っている。
怒りを抑えるのに必死だった。
「はじめまして、商人で冒険者でもあるフィヨル・シュメルツァーくんだね。今回は我々の要請に応じて出頭していただき感謝する。私は、この町で兵士たちの指揮を任せられた兵士長のフロリアン・グリッシュだ。君には色々と聞きたいことがあるんだ。まー掛けてくれたまえ」
兵士長の横にいる貴族と目が合った。男はいやらしく口角をニヤリと上げた。
「座る前に質問なんですが、兵士長の横にいる方は、ここの職員かなにかでしょうか」
「いや、彼はこのレーベングライの町長ケネス・オルメオア伯爵のご子息のタイロン・オルメオア様だ。今回は次期町長への勉強の一環として、兵士宿舎のご見学に参られている」
「そうですか、ではボクはまた別の日に来ます」
「待ちたまえ、まだ聴取は終わっておらんぞ」
入口に戻ろうとしたボクを、兵士長は椅子から立ち上がり呼び止める。
「ボクの生まれた国では、こういったことへの第三者の立ち合いは許されていませんので、帰らせていただきます」
「待ちたまえ、ここはキミの国ではない。交易国家レムノスだ」
我慢出来なくなったのだろう、じっと座っていた若い貴族タイロンが口を開く。
「貴様、私はこの町の町長ケネス・オルメオアの息子だぞ」
「その話なら、横にいるフロリアン兵士長から先ほど説明を受けましたよ、それがどうかしましたか?フロリアン兵士長三日後にまた来ますので、聞きたいことがあるならその時にお願いします」
ボクは振り返ることなく、そのまま部屋を後にした。戸を閉めずに出たからだろう、タイロスの声が廊下に響く。
「待てよ冒険者、父さんに言って、お前をこの町から追放してやるからな」
あまりの茶番に、あの貴族と兵士長、二人の喉を剣で切り裂いて黙らせてやりたいという葛藤に駆られる。
心を落ち着かせるように深呼吸しながら、兵士宿舎の廊下を歩いた。
兵士長は、あのクソ貴族を宥めることに追われているのか、ボクを追って部屋から出てくることはなかった。
三日後に顔を出すと言ったんだ。
兵士長的に問題はないのだろう。
あのクソ貴族は、思うように行かずご機嫌斜めだろうがな。
途中兵士たちに呼び止められたが、聞こえないふりをして外に出た。
宿屋に戻る前に、気分転換を兼ねて一人早めの昼食にしようかと、小料理屋『東南東の鱗雲』に立ち寄る、珍しく先客がいた。
「フィヨルさん、今日は一人なんですね」
小料理屋『東南東の鱗雲』は、料理が美味い割りにいつも客が少ない。
少ないどころか、自分たち以外の客をほとんど見たことがないのだ。
神樹の翁と神竜の王は、ボク以上にこの店に頻繁に出入りしているが、同じように、客が入っているのを見たことがないと言っていた。ちなみに、みんなの食事代は、ボクが来た時にまとめて払うようにしている。
先客は、ボクにこの店と宿屋を紹介してくれた元八司教ガリウス・ベルジェの使用人モルヘ・ロチェルトだった。
「こんにちはモルヘさん、今日は用事があったもので一人なんです」
どうしてもクソ貴族の顔がチラつくせいで上手く笑えない。自分で言うのもなんだが本当に感情が豊かになったものだ。
何も考えずに動けた、牢を出た直後の方が、気分的にはずっと楽だったように思う。
「随分と難しい表情をしていますね。何かあったんですか」
ボクは、今日の出来事を無意識に口から吐き出した。
愚痴をこぼすとは、こういうことを言うのだろう。
「そんなことがあったんですね。面倒ごとに巻き込まれてしまったようで、私もまったくの無関係ではないので、どういっていいものか……そうだ!解決するかは分かりませんが、一度私の主ガリウス様に会ってみませんか、貴族についても多くの知識を持っている方ですので、良い解決法が見つかるかもしれませんよ」
この時のボクは、少しおかしかったのかもしれない。
間髪を入れずに〝お願いします〟そう答えた。




