13-2 思惑と幕開け 2
モルヘ・ロチェルトは、ガリウス・ベルジェの使用人だと名乗った。
助けた相手が偶然にも、ボクがこの町に来た理由でもあるガリウス・ベルジェの関係者だなんて、あまりにも出来過ぎた展開に、ひたすら混乱した。
オンドレイもこの状況を怪しいと思ったんだろう、男に疑いの眼差しを向けはするが、何の根拠もないわけで、むしろボクがモルヘを助けなければ、この状況は生まれなかったのだ。
これだけ広い町で、この時間にこの場所をボクが通りかかる確率は限りなく低い。
それを狙って接触したと考えるのは、あまりにも無理があるだろう。
モルヘが助けようとした商人の男女二人組は、貴族たちが逃げるや否や、そそくさとその場から立ち去ってしまった。
騒動の終結をもって立ち去る野次馬たち、しかし、一部の者はまだ動けずにいた。
その多くが、蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くしている。
普段戦いとは縁のない場所に生きる人々からすれば、ボクから漏れたほんの少しの殺気が、よほど恐ろしいモノに見えたんだろう。なかには、いまも震えがおさまらない者もいた。
オンドレイは残った者に仕方なく、ボクが冒険者であると説明したようだ。
冒険者=荒くれ者というイメージは、共通認識であり〝実力のある冒険者なら殺気のひとつやふたつ飛ばすのも日常なもので、驚かせてしまいすみませんでした。深呼吸してください震えも止まりますので〟と、かなり無理のある説明を繰り返す。
意外にも、オンドレイの無謀にも思えた説得が功を奏し、周囲に集まっていた野次馬たちは、徐々に散らばっていった。
貴族に平気で喧嘩を売るような相手とは、あまり関わりたくもないんだろう。
その場には、モルヘ一人だけが残る。
〝助けようと思ったわけじゃないんで、気にしないでください〟そう繰り返すボクに、彼はどうしても助けてもらったお礼がしたいんだ〝お礼をさせてください〟と、頭を下げ続けた。
この場に留まっていては、そのうち騒ぎを聞きつけた憲兵たちも集まってくるだろう。
結局根負けしたボクは、モルヘについていくことにした。
モルヘの案内でやって来たのは、夜は酒場、昼は食堂を営む、カウンター越しに店主と向かい合い料理を食べる、初めて見る小料理屋と呼ばれる店だった。
「ここは、ガリウス様の息がかかっている店なので憲兵どもが来ることもないんです。くつろいでください。いやー本当にフィヨルさんのお陰で助かりました。特にあの殺気には感服しましたよ」
店に来る途中怪しいと感じながらも、ボクとオンドレイはモルヘに名を教えた。
意外だったのは、〝フィヨル〟という名を聞いても、特に何の反応も示さなかったことだ。
それにしても……あれだけ一方的に殴られたのに無傷だなんて、どんなカラクリなんだろう。あれがモルヘの持つ異能なんだろうか。
「店主、彼らは私の恩人でね、自慢の料理を頼む」
最初に出てきた料理は、小さな器に入った豆と根野菜の煮物だった。
美味しかった。
いつもボクらが立ち寄るのは、いわゆる客の多く入る、町の誰もが知る人気店だ。こういった隠れ家的名店には、てんで出会う機会がない。
「モルヘさん、あの二人は、どうして貴族に絡まれていたんですか」
野次馬たちから聞いた話で、何となく二人が絡まれた理由も想像できるが、この国で何が起きているのか、詳しい人間からも聞いておきたい。
「ああ、あれですか……お二人は商人であり冒険者でもあると聞きましたが、この国には来たばかりなんですか」
「はい、来たばかりです」
「そうでしたか……この国は交易国家を名乗っています。隣接する国すべてと平等な取引を行い。他国の商人たちの入国についても歓迎しています。一般の方々に比べると、商人たちの入国基準はだいぶ緩いんです。そんな商人の歓迎を示す意味で作られたのが、一部の町に設けられた、他国の商人でも自由に商品を並べ、商売をすることができる優遇区画、自由市場なんです。しかし、近年、この国の商業ギルドの中で、自由な交易を認めているのに、更に自由に商売をすることが出来る自由市場まで許可するのは、優遇し過ぎではないかという意見が出ていまして、自由市場を使う商人たちへの嫌がらせが増えているんです」
「嫌がらせというのが、ボクが見たあれですか」
「ええ、このレーベングライでは、多くの貴族が自由市場の廃止に賛同しており、他の町に比べて強引な手段に使う者も増えています。ガリウス様は、自由市場賛成派でして、使用人の中でも多少荒事に慣れた私のような者を、自由市場の見回りとして置いているんです。もちろん相手は貴族なので、ひたすら殴られるのを耐えることしか出来ませんが」
モルヘの話では、ガリウス・ベルジェの使用人には、元冒険者や元傭兵、ガリウスを慕い神聖国家エラトニアを出た元兵士といった腕自慢が、かなりの人数雇われているそうだ。
「もしかして……ボクが貴族に対して殺気を向けたのって、まずかったでしょうか」
「そうですね、あまり褒められたことではなかったかもしれません。ですが、あのドラ息子共にガツンと言ったフィヨルさんを見て私はスカッとしました。ただ……周囲には、今まで以上に気を配ったほうがいいかもしれません。何事もムリせずほどほどが一番です。レーベン領の領主サロモン・レーベンは、この国を支える五大貴族の一人ですからね、領主様が動き出すとかなり面倒なことになります」
モルヘは、レーベングライで大きな問題になっている自由市場について、様々な話を聞かせてくれた。
不満を抱えた民衆の中にも、貴族に対して過激な行動を起こそうとする者も少なからずいるそうで、今日のボクと貴族の遣り取りを見た一部の過激派が、ボクに接触を図り、利用しようとする可能性も十分にあるという。
それと、万が一、貴族からの圧力で宿屋を追い出された場合に役立ててほしいと、大猪のサーモを連れて宿泊出来る宿屋への紹介状も書いてくれた。
この時は、あの程度のことで圧力なんて……と思ったのだが。
当初は、ガリウス・ベルジェをさっさと殺して記憶を奪い、早々に帰国するつもりでいたのだが、雲行きが怪しくなってきている。
クアリスが〝……暴れても良いけどレムノスは滅ぼさないでね〟と言っていたのは、こういうことだったんだろう。
やれやれ……ボクのことを、厄介ごとに首を突っ込みたがる変人だと彼は思っているんだろう。
先に教えてくれればいいのに、こんなサプライズはいらないよ。
モルヘと別れて、戻ったボクに待っていたのは、宿屋からの退去勧告だった。
貴族の圧力恐るべし。




