13-1 思惑と幕開け
交易国家レムノスを代表する交易都市のひとつレーベングライ。
この町には、自由市場と呼ばれる、他国の商人が飛び入りで店を出すことが許される商業区画がある。
威勢の良い呼び込みの声と、商人との値段交渉を楽しむ人々、自由市場の熱気にボクは思わず息を呑んだ。
馬車を牽く大猪が珍しいのだろう。通りにまで出て来ては、商人たちが大猪であるサーモを売らないかと交渉を口にする。
あまりの大金の提示に、一瞬ボクの心が揺らいだのを、二人は見逃さなかった。
手綱を持ち横にいるヨジが、悲しそうにボクの服を引っ張った。
サーモもボクのいる後ろを振り返り、まん丸のつぶらな瞳に涙を滲ませる。〝冗談だよ、うん、冗談だからね!〟とボクは必死に誤魔化すが、二人の機嫌は直らない。
不意に幌馬車の御者台と客車を遮る布が開き、黒髪の魔法使いオンドレイ・ドゥダが顔を出した。
「フィヨル様……ダリューン様から伝言です。町に入ってから何者かに視られている気がすると」
ダリューンとは、神竜の王が対外的に名乗っている名前だ。
神竜の王は、人族の英雄である赤髪の偉丈夫、初代剣聖パライバ・クリュンターの仮初めの肉体に魂の欠片を移し、ボクの家族として生活している。
「オンドレイ、教えてくれてありがとう。駄竜も直接言ってくれればいいのにね、照れ屋さんなんだから」
「坊主聞こえているぞ」
客車の奥から不機嫌そうな声が響く。
神竜の王は、視られていることには気付けたが、どこから、誰に、どんな理由で見られているのかは分からないという。
ダッカス王国の元将軍、アンドリウス・サラビアの仮初め肉体に魂の欠片を宿す神樹の翁にもいえることだが、人の体では彼らの本来の能力の一部すら使うことは叶わない。
視られていることに気付けたのも、神竜の王自身の力ではなく、彼の宿る肉体が持つ異能『直感』によるものなのかもしれない。
その後、大猪のサーモを置いてくれる馬小屋のある宿屋を見つけ、部屋を取った。
少しばかり目立ってしまった大猪のサーモのそばには、交代で一人見張りを置くことを決めた。
〝せっかく新しい国に来たんだ。まずは飯だな〟そう嬉しそうにはしゃぐ神竜の王を先頭を、サーモの見張りに手を挙げたヨジ以外の四人で、町へと繰出す。
客で混んでいる店の大半は当たりである。そんな迷信を信じて記念すべき一軒目の食堂を選んだ。
空いている席に座り、給仕が来るのを待った。
いつものように給仕のお薦めを聞き手当たり次第に注文する。
次から次へと運ばれて来る料理を、キレイに平らげていくボクらの食べっぷりに、周りの客たちも暫し食事の手を止め見入っていた。
交易都市と呼ばれるだけあり、商人だけでなく、料理人も各地から集まってきているという。
料理を運んできた給仕の話では、この町にはレムノス料理の他にも、隣接する五ヵ国の名物料理を出す料理屋が数多くあるそうだ。
ここで、神樹の翁と神竜の王は気付いてしまった。
ガリウス・ベルジェの件が解決してしまえば、この町ともオサラバだ。
まだ見ぬ食との出会いも、見られぬまま終わってしまうと。
「坊主、今回はじっくり調べてから動くことにしないか、俺たちもそろそろ、力任せ以外の解決法を学ぶ時がきたんだと思うんだ」
「ワシも駄竜に同感じゃ。多少人より強いからといって、その都度相手を殺してしまっては、わしらは二千年前から何の進歩もしていないことになる。人間から学べることもあるはずじゃ、そうさのう、まずは調査からはじめようじゃないか、ガリウス・ベルジェが本当に悪人かどうか見極めるのじゃ」
単にひとつでも多くの料理を味わいたいがために、二人は咄嗟の思い付きで言ったんだろうが、実に的を射る意見だ。
毎回怪しい人間を殺していては、白か黒か分からない、罪のない者も手にかけることになる。
今後も人の形で暮らしていくのなら、相手が本当に殺さなければならない悪人かどうか見極める目が必要だ。
まずはガリウス・ベルジェが本当に殺す必要のある者なのか、ボクらに間者や暗殺者を差し向けたのが彼なのか、知らなければならない。
それから僕らは、毎日のように町に出ては、食べ歩きを楽しみながら、ガリウスの情報を集めた。
ボクらは諜報活動の専門家ではない。そんなボクらでも情報を集めることが出来たのは、それだけ彼が有名人だったからだろう。少しずつ情報が集まりはじめた。
一番多く聞こえてきたのが、ガリウスとこの町に住む貴族との不仲と呼べる関係性だ。
貴族としての爵位を希望するガリウスのことを、貴族の多くが毛嫌いしている。
それなのにガリウスは、貴族に媚びを売るでもなく、庶民に寄り添った活動を続けている。
現在レーベングライでは、一部の貴族たちを中心に自由市場の閉鎖を推し進める動きがある。
理由は単純で、〝ナゼ他国からやって来た商人たちのために、自由市場をわざわざ用意してやらねばならんのだ〟そう貴族たちは声高に叫んだ。
しかし、自由市場は、庶民たちにとって他国の品が安く手に入る数少ない場所であり、この町の住人の多くが自由市場の閉鎖に反対している。
隣接する五ヵ国から仕入れた品は、一度大きな商会の手に渡り、価格を決めた上で市場へと流されている。人の手に渡るまで、どうしても価格は高くなってしまうのだ。
その点、自由市場なら、他国の商人たちと直接交渉をして価格を決めることができる。
商会の多くが、他国の商人と直接遣り取りをする人々をよく思っていない。
今回の貴族の動きには、大きな商会が所属する商業ギルドが絡んでいるのは明白だった。
ガリウス・ベルジェは、それに真っ向から反対するように、自由市場の存続派の代表者の一人として手を挙げた。
これだけ聞くと、ガリウスは庶民に味方をする聖人にも見えるのだが、彼の行動にはおかしな部分も多く、町の治安を守る憲兵たちとも度々トラブルを起こしていると聞く。
調べれば調べるほどガリウス・ベルジェが、どういう人物なのか分からなくなってきた。
ボクらを見張る気配も相変わらず消えていない。
かといって特に被害があるわけではなく、視線の主は、じっとボクらを見ているだけだ。何のためにボクらを見張っているのか、いまだに謎である。
諜報や斥候の知識がないボクらにとって、情報収集は、想像以上に難しかった。
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「どうしましたフィヨル様」
この日もオンドレイと二人、情報を求めて町を歩いていた。
「あっちの人だかりは、何かな」
自由市場の一角に、大きな人だかりができていた。怒鳴り声や悲鳴が時折聞こえてくる。
「野次馬が集まっていますね。喧嘩か何かでしょうか……」
「オンドレイ、少しだけ覗いてみよう」
野次馬を掻き分けながら前に進む。
ようやく、人だかりを抜けて顔を出すと、四十代半ばの男が、貴族を名乗る男が混じる一団に、一方的に殴る蹴るの暴行を受けていた。
加害者が貴族のためか、一向に治安維持に当たる憲兵が現われる気配もない。
周囲の野次馬たちも、暴力を振るう側に貴族がいるせいか、遠巻きに見ているだけで誰も助けに入ろうとしなかった。
よくよく見れば、殴られている男の後ろには、若い男女の商人がおり、あの二人を守るために、男は殴られているようにも見える。
初めから見ていたという、野次馬の一人に話を聞いた。
この区画は自由市場の中でも、昼までと時間制限がされており、昼の鐘が鳴ってから慌てて店仕舞いをはじめた夫婦に対して〝昼の鐘が鳴ったのに、どうしてお前たちは立ち去らないんだ〟と、貴族の男が難癖をつけたのが、ことの発端だという。
しかも貴族の仲間たちは、商人が持っていた箱を蹴りつけて、石畳の上に売り物である商品をぶちまけた挙句、それを踏みつけたという。
絡んでいるのが貴族のため、多くの人が躊躇する中、いま殴られている男が出て来て仲裁に入ったそうだ。しかし、貴族たちは仲裁に入った男の話を一切聞かずに暴行をはじめた。
助けに入った男が殴られているのに、口をつむぎ見ているだけの商人の男には言いたいことはあるが、どう考えても、貴族を含むあの六人が悪者だよな。
流石に、人が一方的に殴られているのを黙って見学する趣味はない。
ボクは仕方なくオンドレイを連れて彼らの前に出た。
「なんだ貴様は、邪魔をするな」
急に前に出たボクに、貴族たちは怪訝な顔をする。
「もう、その辺りにしてはどうですか、声を荒げながら六人で一人を痛めつけるのってカッコ悪いですよ」
ボクの言葉に六人は顔を真っ赤にする。
「何なんだてめーは、他国から来た商人のガキが俺たちに説教するのか、俺は貴族だぞ。俺に楯突いたら、どうなるか分かっているんだろうな」
二十代前後の長い赤髪をした整った顔の男が、キレイな顔を歪めボクにすごんだ。
この男が、六人の中で一番貴族として家の位が高いんだろう、服装を見る限り二人が貴族で、残りの四人が使用人か彼らの護衛といったところか、ボクは異能『殺気操作』を使い六人の動きを封じた。
六人は、額から大粒の汗を流しながら、小刻みに震える。
対象者以外には、殺気が出来るだけ漏れないように特訓もした。
以前であれば、ボクの周囲にいる全員が、十メートル級の大蛇が目の前に急に現れたような恐怖を感じたことだろう、恐らくいまは、二メートル前後の少しだけ凶暴な熊が目の前に現れた程度の怖さに弱まっているはずだ。
ボクの横を抜けてオンドレイが六人の前に進み、彼らにだけ聞こえるように話しかける。
その言葉を聞いた六人は、さらに顔を青くすると、ボクが『殺気操作』を切った途端、猛ダッシュで逃げ出した。
殺気はかなり抑えられたと思ったのだが、周囲の人の僕を見る視線は明らかに怯えを含んでいる。
一般人には、熊ですら怖いのか。
まずは倒れている男の元へと向かった。
意外なことに、あれだけ殴られたのにも関わらず男は、かすり傷を負っただけだった。
何事もなかったようにその場で立ち上がると、
「助けていただきありがとうございました。私はガリウス・ベルジェの使用人をしております。モルヘ・ロチェルトと申します」
呆然とするボクに、男は丁寧に頭を下げる。




