12 入国と偽装
クアリスが手配した入国許可証を使い、ボクたちは、交易国家レムノスへと入国した。
レムノスは商人に対しての入国申請が通り易く、ボクたちの入国目的も商品の買い付けのためとなっていた。
クアリスからも〝ちゃんと商人に見えるような格好で向かってね!〟と釘を刺されたこともあり、それらしく見えるように、服を『合成』で創り直す。
ボク以外は、護衛ってことでなんとかなるだろう。
問題は、旅をする商人の必需品である馬車だ。
入国許可証と一緒に渡されたクアリスからの手紙に、困ったことがあったらこの手紙を届けた男に相談しろと書いてあったのを思い出し、手紙に記載されていた男の働く酒場へと向かった。
国の密偵とは、日常のあらゆる場所に潜んでいるものだ。
男に相談したところ、馬車が必要になることを見越していたのだろう。
既に中古の幌馬車が用意されていた。
幌馬車の代金はクアリス持ちである。
彼の性格を考えれば、この馬車の代金も国か大司教が出してくれたのだろう。神聖国家エラトニアに対する借りが日に日に積み上がっていくのは気になるが、ご厚意には遠慮なく甘える。
後は、馬車を牽く馬か……どうせなら古代種探しにも役立つように、迷宮の魔物に対して怯えない馬を探したい。
悩んだ挙句、馬ではないが、野生の魔物混じりの雄鹿でも捕まえようかという話になり、早速ボクらは近くの山へと登ったのだが……。
「フィヨル様、この機会にせっかくなら、墓石に宿る防人の幽霊への名付けを試してみませんか」
オンドレイの一言で、急遽雄鹿探しが一変、精神の壊れた幽霊を使い、名付けにより起こる不確定な事象の検証をすることになったのである。
面白そうだと言い、神樹の翁と神竜の王とヨジの三人も、ボクのそばで見守っている。
『竜の胃袋』から墓石を取り出した。
墓石は手に持った状態では何も起こらないようである。そのまま振ったり、持ち上げたり、真上に放り投げてみたりと、バチ当たりなことを色々試す。
試した結果。墓石を地面に立てることで、迷宮の外にいても墓地の守護者たる防人の幽霊が現われることが分かった。墓を倒すことで幽霊が消える仕組みも変わらない。
オンドレイの話通り、現れた幽霊は既に自我を失っていた。
ボクが何を言おうが耳を貸すことなく、近くにいたボクらに対して『氷の礫』と『石の矢』を放つ。
前回と違うのは、迷宮からの魔力供給がないためだろう、魔力切れを起こした幽霊は、すぐに消えてしまう。
仕方なく、その墓石を仕舞い別の墓石を取り出す。
早々仲間にするための説得を諦めたボクは、出現と同時に、幽霊を自分自身に『合成』した。
オンドレイの時にも思ったが、幽霊を前に胸の前で柏手を打つ仕草は、いかにも幽霊に対する成仏を促しているようにも見える。
幽霊はすぐにボクの一部となった。
取り込んだ幽霊からは、怒りや悲しみといった強い感情は感じない。
防人が恨む不死神の王の一部、憎い相手が分からなくなるほど、完全に自我を失っているんだろう。
幽霊は、小さなひとつの塊となりボクの精神世界をふらふらと漂っている。
そこにあるのは、元幽霊だった小さな丸い塊だけだ。
「幽霊さん、ボクの声は聞こえますか」
「・・・・・・。」
幽霊だったものは反応を示さない。
現段階では、ボクに『合成』されたモノたちが集う世界にも、名を知らぬ防人の幽霊は現れていない。あの場所には、まだ名前がない。死者の館や魂の館でも言うんだろうか。
「フィヨル様、例の場所の呼び名ですが、ヴァルハラと呼ぶのはいかがでしょう。ある神の信者が、聖戦で死んだ際にヴァルハラへ向かうという神話があるのです」
オンドレイの言葉であの場所の呼び名は、魂の会談場に決まった。
魂の会談場への入場には、約束事があるんだろう。
オンドレイは、ボクに取り込まれた直後から、魂の会談場に入れたそうだ。自我があることが条件なのかもしれない。
先に名付けを試すことにした。防人……さきこ、もりお、もりさきさん、さきりん、さーも……うん、サーモが一番マシな気がする。キミの名前は『サーモ』だ。
名前を付けることで、どんな変化が起こるのか予想がつかない。家名は付けず、ただのサーモにした。
「フィヨル様、魂の会談場にサーモが顔を出しました」
オンドレイが報告する。サーモは、はっきりとした形を持たず、ぼやけた白い球体であると。
「どう?話せそう。話ができるなら、希望の肉体があるか聞いてほしいんだ」
「話はあまり得意ではないようです。ヨジくんのように幼児化はしていないようなんですが、少し変で……なんといえばいいんでしょうか、フィヨル様の家畜になりたいと申しております」
家畜って……ナニ?ボクの奴隷になりたいとかそういう意味なのかな。ひとつ分かったのは、自我を持たない幽霊を取り込んで名付けをすると、ヤバい奴が産まれる可能性があるってことだ。
「奴隷という意味ではないようですね。人ではない物……動物になってフィヨル様のお役に立ちたいと申しております。なんでも人間付き合いに疲れた。いっそ動物になってしまいたいんだそうです」
なんだろう、生前はよほど不幸な人生を歩んでいたんだろうか、不死神の王の牢の防人って、そんなに辛い仕事なのか、知らず知らずに精神的に追い込んじゃって本当にゴメンナサイ。
せめて、サーモが喜ぶような器を選んであげたい。
その後、『生命の種の品種』に登録しである動物たちを目録にしてサーモに見せた。
全力で機嫌取りだ。人間風に言うなら靴でも舐めましょうか!である。
その中からサーモが選んだのは、大猪の魔物の体だった。
魂の会談場で、サーモのやりたいことを聞いところ、大猪のサーモが馬車を牽くこととなった。
余程、大猪の姿が気に入ったんだろう。魂の会談場でのサーモの姿も大猪を可愛らしくしたモノに変化したとオンドレイが教えてくれた。
町に入ることも考えて、『仮初めの生命の種――品種改良』を使い、新品種『牙の折れた大猪の種』を創る。牙があるよりはない方が、町の人たちも安心できるだろう。
名付けにより、精神的な意味で生まれ変わった者同士、通じるものがあったのかもしれない。
ヨジとサーモは仲良くなった。
サーモが牽く幌馬車の御者にも、ヨジ自ら〝御者をしたい〟と手を挙げたそうだ。
ヨジのお面が犬から猪になったのも、ヨジの意思である。
サーモはヨジと同じで、現実世界では話すことが出来ない。
猪が喋るのは、色々問題になりそうなので丁度いいのかもしれないが、不満や言いたいことがある時には、遠慮せずに魂の会談場で、神樹の翁や神竜の王やオンドレイに吐き出してほしいと伝えてもらった。
現世は、少しでも前世より幸せになってほしい。
こうして僕らは大猪のサーモが牽く馬車に乗って、国境を越えた。




