11-2 亡命のその先 2
交易国家レムノス、レーベン領レーベングライ。
兵士長との会談を終え、数日が過ぎているというのにガリウス・ベルジェは、まだ機嫌が悪かった。貴族に向かって度々喚く姿も目撃されている。
神聖国家エラトニアほどではないものの、交易国家とも呼ばれるこの国も、他国からの来訪者が多く訪れる。そのほとんどが、直接の取引が出来ない五ヵ国から買い付けを理由に入国する商人たちだ。
ここレーベングライも、レーベン領を代表する交易都市のひとつだった。
レーベン領が力を入れる特産品のひとつが、町の近くの農地で栽培された薬草と、多くの薬草をかけ合わせて作られた薬だ。
薬は薬でも、裏で出回る違法薬物に精通するガリウスが招かれたのも、そのせいだろう。
サロモン・レーベンは、私の持つ薬の調合法が目当てなんだろう。
「旦那様、どうされました」
ガリウスは、使用人の一人であるオッツェを連れて市場に来ていた。
オッツェは、八司教時代からガリウスの身の回りの世話をしている古株の男の使用人である。
「オッツェ、あれだ。あれを見てみろ」
ガリウスの指した先には、馬車を牽く大猪がいた。
二本の牙は半ばで折られ、その態度は御者に対して従順に見えた。
手綱を握る御者は子供で、フード付きローブを被り、木を彫って作った猪の面を顔に着けている。
「見事な大猪ですね、よく飼い馴らされている、しかも大人しい……購入を希望でございますか」
「いや……あれは恐らく猪が大人しいのではなく、御者が持つ異能のせいだ」
「異能ですか」
「そうだ、特殊系統……地域によっては呪術系統とも呼ばれているな。あれは獣憑きの類だろう、獣憑きは憑いた獣と同族の獣たちを自在に操る」
「それならば御者も一緒に購入してはいかがでしょう」
「止めておけ、面白い能力ではあるが、呪術系統と呼ばれる異能には代償がある。あまり関わらん方がいい、どちらかというと、その隣にいる銀髪の少年が興味深い」
「旦那様には、そのような趣味はなかったと思うのですが」
「私の趣味ではない、この国には、あの手の少年を好む貴族が一人いてな、サロモンがこれ以上動かぬようなら、あれに頼ることも考えねばならん。手土産にちょうどいいかもしれぬと思ったのだ。オッツェ、あの商人の一団を誰かに見張らせておけ」
「かしこまりました旦那様」
オッツェは、近くの屋台に客として来ていた男に一言、二言話しかけると、そのままガリウスと一緒に屋敷に向かって帰路につく。
話しかけられた男は、市井に置いたガリウスの駒のひとつだった。
貴族街の通りを歩く、ガリウスに向けられた貴族たち視線は、どこか見下したものだった。
貴族街の通りで馬車を使うことを、平民は禁じられている。
そのせいでガリウスは移動する際、いつもこうして自分の足で歩かねばならない。
一等地にある屋敷に暮らすガリウスが、歩いて移動するのを見て〝八司教を追われ亡命した男が、金を積み貴族の真似事をしようとしたが、馬車にすら乗れない有様じゃないか、所詮は平民、流れている血が違うのだ。我らに並べるはずがなかろう……いい気味だ〟貴族たちは笑った。
暇さえあれば我儘を言い、自分の地位と金にばかり執着する、欲にまみれた傲慢で無能な神職者。これが、裏の世界で飛び回るガリウス・ベルジェの評判だ。
しかし、八司教という地位は運だけで手に入る物ではない。
彼は自らの身一つ、一代でそれを手に入れみせたのだ。無能のはずがない。
屋敷の書斎には、ガリウスとオッツェの二人しかいない。
「で……オッツェ進捗はどうなっている」
そう訊ねたガリウスの表情は、外で見せる表情とは、大きく違っていた。
「はい、サロモン・レーベンは、ドゥダ家の敷地に入るための大事な鍵を失ってしまったようです。しかも、鍵に仕込んだ『目印』の異能すら解かれてしまい、鍵の持ち主を完全に見失ったとのこと、必死に探しているようですが、あれではムリでしょう」
「うむ、急だったこともあり仕方なくあの男を頼ったが、私の見る目も大したことが無かったようだ。鍵は、もう大司教かフェランかクアリスのクソガキの手の中か」
「いえ、どうやら鍵は英雄たちの手の中にあるようでございます」
オッツェが、書机の上に出した報告書に目を通す。
銀髪の少年フィヨル・シュメルツァーの手に、魔法の鍵が渡ったという報告書だ。
ガリウスにとってもフィヨル・シュメルツァーは因縁の相手である。自分が八司教の地位を追われたのも、元はといえば、クアリスのクソガキとこの銀髪の少年のせいだ。
一番の間違いは、確認が不十分なままヘーゼル・ケディラの儲け話に乗ってしまった、自分自身の落ち度なのだが、お陰で大切な息子の一人をみすみす死なせてしまったばかりか、シュフタールの薬品工場まで失ってしまった。
大切といっても、少しだけ優秀で野心的な性格が気に入った、使用人の女に産ませた子供……大事な道具のひとつだ。心は痛まないが、優秀な人材を失ったのは大きな損失だ。
ドアを叩く音が響き、オッツェが扉へと進み開ける。
ドアの外に立っていた使用人は、一枚の紙をオッツェに手渡した。
「随分と早いな。屋敷に戻る前に見張れと言ったばかりなのに、もう一報が入ったのか」
「はい、今回の報告は、あの商人たちの人数だけでございます。ローブを着た魔法使い風の男と、執事服を着た高齢の男、二メートル近い身長の赤髪の偉丈夫、少年と子供の他に同行者は三人とのことです」
「執事服の老人と赤髪の偉丈夫か、ほー、あの可愛らしい見た目をした銀髪の少年が噂の英雄殿であったか、で……オッツェ、英雄殿は何しにこの町まで来たと思う」
「恐らく旦那様を追って来たのでしょう。サロモンが放った間者の中に、旦那様と面識がある兵士が混ざっていたとの報告を受けております。その者から旦那様の情報が漏れたのでございましょう」
「私はサロモン・レーベンという男を買い被り過ぎていたようだ。英雄殿は私を殺しに来たのかもしれんな、一応持て成しの準備をしておいてくれ」
「かしこまりました」
オッツェは深く一礼をすると、部屋を出ていった。




