8 人たらしと狂信者
女王蛇との顔合わせを終えたボクは、止むことのない雨の中、人工迷宮の土に、ダッカス王国の将軍アンドリウス・サラビアの『仮初めの生命の種』と初代剣聖パライバ・クリュンターの『仮初めの生命の種』を植えた。
魔力を多く含む迷宮の土が成長を早めたのか、種は芽を出した後あっという間に成長し、二人の男の体へと変わる。
この光景を初めて見たオンドレイは、ボクの中で〝何なんですか、これは〟と驚きの声を上げた。
神樹の翁と神竜の王は、肉体に入る直前まで、敗北が余程悔しかったのか、何度も反省の言葉を呪文のように繰り返していた。
いくら二人が最強の生物とはいえ、肉体は人族のものだ。
出せる力も限られる。それに恐らく、竜族を元に創った仮初めの器でも、女王蛇の毒の息に耐えることは出来なかったんじゃないだろうか。
いや……待てよ『仮初めの生命の種』から産まれる肉体は、生前の肉体に準ずると神樹の翁は話していたような、古代種の肉体なら毒に耐えることができたのか、今後も同じような状況はあるだろうし、『生命の種の品種』に古代種を加えた方がいいのかもしれない。
その後、小屋へ戻り、ミーシャやヨジたちと撤収の準備をはじめた。
一番の目的でもある女王蛇との対話のためには、先にグレンデル王国に向かう必要がある。
その前に、クアリスに『目印』付の魔法の鍵を譲ってもらえないか相談しないとな、間者の記憶には、ボクたちを襲う計画もあった。レムノスには、きっちり落とし前をつけてもらう。
小屋を『竜の胃袋』に入れ、ドゥダ家の屋敷へと向かう。
オンドレイの話では、壁や床に飛び散った間者の血が消えるまでには、もう少し時間が必要とのことだ。ベッドや家具が血だらけってわけでもないし、休むには問題ないだろう。
そう思って屋敷に入ったのだが、ミーシャたちは〝ここで八人も死んだのかにゃ……〟と廊下に残る黒い血の跡を見て嫌そうな表情をする。
死体はキレイに無くなっていると伝えたのだが、それでも数日前に人が死んだ場所で寝るのは抵抗があるみたいだ。
天井の染みが人の顔に見えたり、夜トイレに行く際、後ろを振り返るのが怖い。と五人の獣人族は一様に顔を顰めた。
確かに剣で斬ることが出来ない幽霊は、ボクのように不死で不滅でもない限り、怖い存在なのかもしれない。
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数日後――帰還したボクらは、ミーシャたちと別れ、首都エラトニアの食堂でクアリスと食事をした。
食事の席で、新しく仲間に加わったヨジとオンドレイを紹介する。
何だかんだで、面倒ごとが起きた場合クアリスは頼りになる。隠し事はあまりしない方が良いだろう。
■オンドレイ・ドゥダ――所持能力『氷の礫』『石の矢』、追加能力『上級棒術』(兵士が所持していた能力より追加)
特徴:不死神の王の牢屋番であり防人。肉体年齢二十八歳に固定。
合成した魂:オンドレイ・ドゥダの魂……名付け無
装備品:黒い木のローブ(布+黒い木の巨人の素材)、黒銅の骨長杖(黒銅+狼の魔物の骨+黒い木の巨人の素材)
オンドレイの魂は、初めての肉体として、オンドレイ・ドゥダ本人の体を選択した。
兵士の記憶から発行した『知識の書』より、オンドレイの肉体には『上級棒術』を追加する。杖に殺傷力を持たせるために杖先は槍のように尖らせた。
体力の無い魔法使いの体を心配したが、力よりも技での戦いを得意とする『上級棒術』の能力を活かすことで、杖一本でもそれなりの戦闘が出来るようになった。
ここに来る前、試しに狼と戦わせてみたのだが、オンドレイは、魔法を一度も使わずに狼をあっさり倒してみせたのだ。
このことに〝私はあまり運動が得意じゃないんですが……能力って凄いんですね〟と、本人が一番驚いていた。
「ねぇフィヨルくん、ミーシャたちからヨジくんという子供を保護した話は聞いていたんだけど、オンドレイさんの名前は初めて聞くよ。あれからまだ五日だよね……貴重な魔法系統の異能持ちなんて、どこから見つけてきたのさ」
言いにくそうにするボクに代わり、オンドレイが口を挟む。
「はじめましてクアリス様。フィヨル様がいつもお世話になっております。私はこのパーティーの新入りでオンドレイ・ドゥダと申します。まだまだ未熟な魔法使いではありますが、これからもよろしくお願いいたします」
クアリスに向かって、オンドレイは名乗り、深々とお辞儀をする。ボクはオンドレイを、魔法使いだとしか紹介していない。もちろん家名も濁していた。
「ドゥダってあのドゥダ家の魔法使いなのか!?先日まで探索をしていたのもドゥダ家の土地だよね……えっ……これってどういうことなの」
「家名のドゥダはたまたまだよ。オンドレイは魔法だけじゃなく杖での戦闘も中々のものなんだ。頼りになる仲間さ」
強引に話の内容を捻じ曲げる。ボクが言いにくそうな表情をしたせいか、クアリスはボクの話に乗ってくれた。
「キミの仲間なら弱い人間を探す方が難しいよ。ヨジくんの剣の腕もかなりのものだって聞いているしね。どうやって、そんな強者をほいほい連れて来るのか、僕にも手ほどきしてほしいくらいだよ」
骨付き肉を齧りながら話すクアリスの姿には、威厳というものがまるでない。これでも、神聖国家エラトニアでは、それなりの地位の人物なんだが……解せない。
「神聖国家エラトニアに武力は似合わないだろう、強者を集めて戦争でもはじめる気か」
「この前みたいなこともあるんだ。神聖国家といえど抑止力は必要だろう。実際、レムノスなんて商売気ばっかの小国に八司教を誑かされた挙句、兵士の侵入まで許しちゃうんだ。たまったもんじゃないよ」
「そうは言っても、信仰心さえあれば来る者を拒まないって規則は変えないんだろう」
「そうなんだけどね。そうだ!入国と言えば、昨日国境にいる入国担当官から面白い報告を受けたんだ。ねー聞きたい……聞きたいだろう」
クアリスは、溢れんばかりの笑顔を浮かべた。こんな顔をされたら……益々話を聞きたくなくなる。嫌な予感しかしない。
「ごめん、聞きたくない」
そんなボクの言葉を無視してクアリスは話しを続ける。
何時の間にかボクの友人の如く振る舞う、彼の人たらしの能力が、努力によるものなのか、異能によるものなのかは分からない。
「そう言うなって、僕とキミの仲じゃないか、神ではなく人に信仰心を捧げる旅人が来たそうなんだ。十分な数値だってことで、入国の許可は下りたんだけどね。うちは来る者拒まずだからさ、その旅人が神の代わりに信仰する人間の名前を口にしたんだけど、なんて名前だったと思う、『フィヨル・ランカスター』って名前なんだって。ね!面白いでしょう」
ボクは思わず、口の中のスープを吹き出した。
それを見たクアリスが腹を抱えて笑う。意地悪い表情で〝フィヨル・ランカスターって知り合い?ねえ、知り合い?〟と何度も聞いてくる。
クアリスのことだ。ボクがフィヨル・ランカスターと同一人物であることにも、とっくに気付いているんだろう。
ちなみに、ボクを信仰対象といった旅人は『エバンス・アレグリア』と名乗ったそうだ。〝狂信者と呼んでもいい数値だったんだ〟と嬉々として話す。
ボクはそれを嫌そうに聞いた。
後は、ドゥダ家の秘密の森への出入りに必要な魔法の鍵は、二本ともボクの持ち物になった。
領地というわけではないが、赤錆山迷宮の崩壊を喰い止めたことへの追加褒賞として、ボクは土地を貰った。




