7 対話と依頼
ミーシャたち五人は、ヨジを受け入れてくれた。
彼女たちが、差別を受けやすい立場にある獣人族というのも、ヨジとの間にある壁を取り払うことに大きく作用したのかもしれない。
ヨジはミーシャたち五人と小屋に残り狩りを続け、ボクと神樹の翁と神竜の王の三人で、古代種が住むとされる領域へ向かうことになった。
ただ……一人小屋に残されることを、仲間はずれだと勘違いしたヨジが、だだをこねてしまい。納得させるのにかなりの時間を要した。
これが、オンドレイが話していた名付けで起こる問題のひとつ、幼児化なんだろう。
オンドレイに、なぜ?シュメルツァーの家名を名乗りたくないのかと、ボクは訊ねた。
そこで話に上がってきたのが、名付けにより生じる不確定な事象だ。
神樹の翁と神竜の王に仮の名を与えた時には何の問題も起きなかったのだが、元妖樹であるヨジは、名付けの後に幼児化を起こし、精神面が極端に幼くなってしまった。
心での会話が可能になる、ボクの中にある世界で、ヨジは、ボクのことをパパやフィヨルパパと呼んでいるそうだ。
確かに、オンドレイが万が一幼児化を起こし、ボクのことをパパと呼んだりした日には、とてつもなく気持ちが悪い。
しかも、見た目年上男性の体に魂を定着したモノから、パパと呼ばれ甘えられた日には、夢を見たことがないボクですら悪夢に魘されそうである。
名付けによる精神性の変化については、回収した防人たちの墓に宿る幽霊を使い確認することになった。
ただ防人の幽霊たちは、すでに自我が崩壊しており、それを使った実験になるため成果については過剰な期待はしないでほしいと、オンドレイからは言われている。
既に小屋を出てから二日が過ぎた。雨具を装備の上に羽織、雨が降り続く暗い森の中を歩く。
古代種の領域に既に入っているのだろう、ここ暫く魔物にも遭遇していない。
「今回は当たりのようじゃの」
神樹の翁が足を止めて、周囲の気配に集中する。神樹の翁と神竜の王は、古代種の気配がなんとなく分かるそうだ。
赤錆山迷宮に挑戦したのも、元々は古代種が迷宮化の原因だと考えたからで、その結果空振りには終わってしまったが、お陰でヨジという新しい家族が出来た。
古代種の気配を探りながら進む二人の後を、ボクはただついていく。
それは森の開けた広場にある、多くの水仙の花が咲き乱れる広場に横たわっていた。
大きさは優に二十メートルを超えるだろう。紫色の鱗を持つ巨大な蛇が気持ち良さそうに横たわっていた。目を開けているため、てっきり起きているとばかり思っていたのだが、神竜の王の話では、蛇に瞼はなく、目を開けたまま眠るそうだ。
それにしても、こんなに人が近付いているのに動かないなんて、不用心過ぎやしないか。
「古代種にとっては、人間など羽虫のようなものだからな、俺らが近付いたところで脅威とすら感じていないんだろうぜ」
ボクの心を読むように、神竜の王はそう言うと眠る蛇の鼻先で足を止めた。
「男……よく理解しているな、その通りだ。わらわにとってそなたらは、羽虫どころか地面に落ちる石ころとなんら変わらん存在だ」
「起きていたのか、起きているなら挨拶のひとつもすればいいだろう」
「人間如きがデカイ顔をするでない、数が多く群れることしか知らぬ下等種族が、わらわの機嫌が悪くなる前に立ち去るがいい」
蛇はメンドクサソウニ言った。〝わらわ……か〟目の前の大きな蛇は女性なんだろうか?そんなボクの疑問に答えたのはオンドレイだった。
「フィヨル様、目の前にいる古代種は女王蛇と呼ばれる毒蛇で、単為生殖でメスしか産まれぬ種族なのです。その姿はコブラと呼ばれる蛇にも似た、頭の脇に扇のような膨らみがあり、扇蛇と呼ばれると顔を真っ赤にして怒り狂うと言われております」
オンドレイの言葉は、ボクらにしか聞こえていない。そうボクらにである。
「少しくらい話を聞いてくれてもいいじゃねーのか、同じ古代種のよしみだろう……なあ扇ちゃん」
そう、神竜の王の耳にもオンドレイの言葉は届いていた。
「扇だとおおおおお!ふざけるな人間の分際で古代種を名乗るとは、この痴れ者が」
女王蛇は巨大な尾を、ボクらに目掛けて振り下ろした。
何本もの木が弾け飛び、水仙の花が宙に舞う。もちろん、ボクら三人は易々とその攻撃を躱した。
「いまはこんな見た目をしているが俺らも古代種なんだぜ。俺は神竜の王でそっちのジジイが神樹の翁、でそこのちっこい坊主が不死神の王だ。名前くらいは知っているだろう」
「こら駄竜、そのことを話すのはまだ早い」
神樹の翁は怒鳴るが、もう遅い。
女王蛇は、その大きな鎌首を持ち上げた。
「ほほう、そなたらがあの……世界を壊し、わらわの一族を滅ぼした魔神共か……自分たちだけ人の姿でおめおめ生きているとは、ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!貴様らのせいでわらわの一族は滅び、下等種族に棲家を追われたのだ。ふざけるな――!」
大きく開けられた女王蛇の口から黒色の息が吐き出された。周囲を包む黒い霧。
「ばーか、俺らの体には毒は効かねぇーつーの」
神竜の王が言った通り、ボクが産み出す仮の器には、毒は効かない……はずだった。
しかし、神竜の王の体は黒く変色しボロボロと崩れはじめる。神樹の翁の肉体も同様の反応を示す。
「カッカッカ、わらわの毒は生きる者全てを腐らせ無に帰す即効性の毒じゃ。元の体ならまだしも、一時的に創られた偽物の肉体で防げるわけがなかろう、バーカバーカ、積年の恨み晴らさせてもらうぞ」
追撃とばかりに、崩れ始めた肉体を引き裂くように女王蛇の尾が上から崩れかけた体を粉微塵に圧し潰す。
ボクの体の表面も一度腐り落ち。いまは不死ノ神の姿である、人型をした黒い靄へと戻っていた。『切り替え』の異能が発動したのだ。
「つまらんのう、やはり不死神の王には、わらわの毒は効かぬか……それに神樹も神竜も魂までは滅びてはおらぬのだろう。まあよい、少しは憂さ晴らしも出来た。で……何が目的でその憎たらしい顔を見せにきたのだ」
「女王蛇よ、約束もなくこの地を訪れたことについては謝ります。ボクは……ボクと神樹の翁と神竜の王は、古代種との対話を望んでいます。もちろん、あれだけのことをしたんです。許しを乞うためでなく、自分たちが滅ぼした古代種たちのために何か出来ないか、みなさんの口から直接聞きたいのです」
「随分上からの物言いだな、主たちの顔など二度と見たくないと言う古代種の方が遥かに多いと思うぞ。だが、そうさな……寝てばかりの生活にも飽きはじめていたのは確かじゃ。わらわの頼みを聞いてくれるのなら、話くらいなら聞いてやらんでもない」
なんだろう嫌な予感しかしない。古代種からの頼みなど、簡単なモノのはずがない。
「女王蛇、あなたの頼みとはなんですか」
ボクの言葉に女王蛇は愉快そうに笑う。
「ふむ、わらわの同族の遺体を回収してほしいのじゃ。遥か昔追われた棲家に墓がある。最近夢見が悪くてな、どうやらわらわの同族の遺体を使い悪さをする者がいるようなのじゃ」
「その遺体はどこにあるんですか」
「いまは確かグレンデル王国と呼ばれる国じゃったか――」
ボクは、女王蛇に持っていたグレンデル王国の地図を見せた。
彼女の同族が眠るのは、ボクが人の体を得てから初めて長居した町ヨルトレインから、そう離れていない、魔獣の森の奥地だった。
いまのボクは一人ではない。神樹の翁に神竜の王にヨジにオンドレイまでいるのだ。
いまのボクならば難しくもない依頼だろう。
それでも、ボクは二度とヨルトレインには近付かないと町の人々と約束をしている。
女王蛇も同族の遺体を回収しない限り、ボクらの話に耳を貸すつもりがないの一点張りである。
結局、妥協案は見つからず、ボクはこの話を一度持ち帰ることにした。




