5 夢幻空間 オンドレイ・ドゥダの視点
そこは暗く静かな部屋の中だった。足は地面に付かず、体が宙に浮いた感覚がする。
自分が魂だけの精神体のような存在だから、こんな感覚になるのかは分からない。
記憶に残るのは、自分がオンドレイ・ドゥダという名の魔法使いであることと、自分の魂が不死神の王の異能『合成』で彼の一部になったことくらいだ。
どことなく夢見心地な感覚である。
「なんだオマエ、新入りか」
急に声をかけられたことに驚き、声の主を探した。
目の前にいたのは、銀色の鱗を持った巨大な一匹の竜……を可愛くしたなにか、更に遠くには見上げても頂上が見えない巨大樹をぽてっと可愛くしたものが立っている。
巨大樹が喋った。
「お主、どこか懐かしい臭いがするのう。ワシは神樹の翁、体を失ってしまったが元は世界樹たちの王だった者じゃ」
「まだ名乗っていなかったか、俺は神竜の王。ジジイと同じで体を失った元神竜たちの王だ」
私はこの二人の名前を知っている。そうだ、不死神の王がこの世界の半分を焼くために『合成』した二匹の怪物。この最強の怪物たちも不死神の王の中で生き延びていたのか。
「神樹の翁様と神竜の王様……伝説に登場する最強の名を冠するお二方と話が出来るとは光栄でございます。はじめまして、私は不死神の王の配下の末席に、此度加わることになりましたオンドレイ・ドゥダと申します」
「おーなるほど、そうかそうか、お主がオンドレイ・ドゥダか、小僧に色を与えて洗脳した魔法使いじゃな」
私は、口を開けたまま、暫し言葉に詰まってしまった。
私が、あの日牢の中にいた、不死神の王に初めて話しかけた時、彼はとても無知で無垢な存在だった。それを色で表すなら、間違いなく〝白〟だろう。
私は、そんな無知で無垢な存在に、自分の知る世界の知識を、教えたい情報だけを切り取って伝え、彼を私の色に染めた。
洗脳という言葉もあながち間違いではないだろう。
「神樹の翁様、私は不死神の王を進んで洗脳したつもりはございません。ただ……彼の物の考え方の根幹に、私が教えた言葉が根付いているというのも間違いではないでしょう」
「ふむふむ、まーワシらに不利益が及ばぬのであれば、主がいかように小僧を染めようが気にはせん。あれは少々育ち方を間違えておるからの、同族の導き手がいた方がいいじゃろう」
「ありがとうございます。ちなみにですが、神樹の翁様と神竜の王様にとっての不利益とはなんでしょうか」
「そんなのは簡単なことだ。俺たちは人間の作る料理を気に入っている。それが食えなくなることが一番の不利益だ。いまのところは、それだけだ」
「そうなんですね……分かりました肝に銘じます」
深く頭を下げ、そのまま立ち去ろうとした私を、神樹の翁様が止めた。
「そう焦るな、もうすぐ小僧の中で暮らす最後の一人が顔を出す。いまは人間たち……獣人といったか、そやつらと一緒に修行中での。おっ、ようやく小屋に戻って来たようじゃ」
黒い空間に遅れて現われたのは、私よりもだいぶ小さな、木の動く人形だった。
真っ黒い色をした木の体は、この空間では周囲との判別が難しい。
私には、それがひどく幼く見えた。
「ヨジ坊、新しい家族のオンドレイ・ドゥダじゃ、挨拶はできるかの?」
黒い小さな木の人形は、私の前で頭を下げた。
「はじめまして、パパの息子でヨジっていいます。よろしくお願いします」
ヨジと名乗った木の人形は、恥ずかしそうに神樹の翁の後ろへと引っ込んでしまった。恥ずかしがり屋なんだろうか。
「すまんのう、この子は恥ずかしがり屋さんでのう」
「いえ、はじめまして私はオンドレイ・ドゥダと申します。ヨジくんのパパとは誰のことなんでしょう」
「パパはパパだよ……フィヨル……パパ」
「フィヨル……さん?」
首を傾げる私に、神樹の翁様が補足を入れる。
「フィヨルとは、人族の姿でいる際に小僧が使っている名前じゃ、なんでも同郷の幼馴染の名前なんだそうじゃ。小僧にはエメルという名もあったそうなんだが、異能のせいで奪われてしまってのう。まーあ奴の故郷も家族も幼馴染も、全部、ワシとそこにいる駄竜がひとつになった際に燃やしてしまったがの」
「不死神の王も様々な経験をされているのですね、流石に人前で不死神の王とは呼べませんので、私はフィヨル様と呼ばせてもらいましょう」
その時だ。黒い木の人形、ヨジくんが私の前に足早に歩いてくる。
そのまま、私のローブにしがみつき、目も鼻も口もない顔を私に向けた。
「パパ……フィヨルパパを虐めたら殺すからね」
小さな木の人形であるヨジくんから放たれた殺気は本物だった。肉体を持たない精神体であるはずの、ここには無い私の足は震えてしまった。
神樹の翁様の話では、元々ヨジくんは樹齢三百年を越える、生物の血と肉と恨みつらみといった負の感情を喰らい、魔物になった妖樹と呼ばれる植物なんだそうだ。
精神の幼児化に関しては、恐らくフィヨル様の名付けが原因ではないかとのことである。
神樹の翁様と神竜の王様も、人の姿でいるための名前をフィヨル様から授けられたそうだが、ヨジくんと違い、何の変化も起きなかったという。
名付けの際影響が出るのは、主の役割を担うフィヨル様より力が弱い者に限定されるのかもしれない。
フィヨル様たちは、みなフィヨル・シュメルツァー、アンドリュー・シュメルツァー、ダリューン・シュメルツァー、ヨジ・シュメルツァーと、同じ家名を名乗っているのだが、名付けが人格に影響するのであれば、私はオンドレイ・ドゥダの名を、そのまま使い続けた方がいいのかもしれない。
明らかに、この中で私が一番弱い。
いまは、五人の獣人族が同行しているため、私が体を得るのは少し先になるだろう。
名付けが人格に影響するのであれば、防人たちの幽霊が宿る十七個の墓石にも使い道があるかもしれない。
十八個の墓石に宿る魂のうち、私オンドレイ・ドゥダの魂だけが自我を保ち続けることが出来た。他の墓石に宿る魂は、人格が壊れ、外敵を排除するためだけの魔物のような存在に、長い歳月の中で堕ちてしまった。
いま考えると、私が正気を保つことが出来たのは、フィヨル様……不死神の王に接触したからなのかもしれない。
防人たちの魂の利用法については、フィヨル様や神樹の翁様と神竜の王様に相談してから決めた方がいいかもしれない。
勝手に動いて三人から嫌われて、この永遠の命をみすみす手放したくはない。
それにしても人間が作る料理ですか、防人時代は、人々から嫌われて外食も難しかったですから、少し楽しみな気もします。
神聖国家エラトニアと言いましたか、この国でそれなりの地位を手に入れて世界各地の料理人を招くという計画も、皆さんはお喜びになるかもしれませんね。
いっそフィヨル様の国を興すのも手でしょうか。
防人の仕事を解放されたのですから、これからは自由に生きてみたいですね。
私は一人理想の未来を妄想した。




