4-2 森の亡霊 2
余程思いの丈を貯めこんでいたんだろう。オンドレイが満足気な表情を見せたのは、それから一刻以上も後のことだった。
延々と愚痴を独り言ちて満足した顔で笑う。死者の笑顔は不気味です。
「オンドレイ、キミとキミの一族には本当に悪いことをしたと思っているよ。それでもボクは、自分のしたことを反省はしているけど後悔はしていないんだ。昔には戻れないからね、今はこの人の姿で、人間たちの中で暮らしている。別にあれだ!人間たちが作る料理が美味しいから……それだけが理由じゃないんだ。今回、キミに会いに来たのも偶然だし、もちろんそれを選んだのはキミへの感謝があったからだ。キミがいなければボクは他の不死ノ神同様、心を持たない存在になっていた。本当にあの時は導いてくれてありがとう」
恩人との邂逅に、うまく言葉がまとまらない。
言いたいのは、感謝とお礼。
こうして、人の形となり美味い飯に舌鼓を打てるのも、オンドレイとの出会いがあったからだ。
彼には、沢山感謝しているわけで、彼の愚痴をボクが聞くことで安らかに眠ることが出来るのなら、二、三日不眠不休で愚痴を聞き続けてもいいとさえ思う。
まー……愚痴を聞いても、目の前にいる彼には一切成仏する兆しもないのだが。
彼のこの世への未練は、誰かに愚痴を聞いてほしかった。そんな単純な理由ではなかったようだ。
彼の顔が急に真剣なモノへと変わる。
ここからが本番なのだろう。
「不死神の王よお願いがあります。私もあなたのように、もう一度肉体を持つことは出来ないでしょうか」
オンドレイも他の生き物同様、生にしがみつきたいのか、人族……といっても、彼はもう死んでいるわけで、人から見たら死ねない、不老不死であるボクは、輝かしいモノに見えているのだろう。
「ボクは神ではないんだ。オンドレイの蘇生は無理だ」
「そうですか……」
「ただ、キミの魂をボクの能力で創った器に入れて、人間を真似た生活をすることなら出来るよ。相性によっては器が人族以外になるかもしれないけど――」
ボクは、目の前に浮かぶオンドレイの幽霊に、自分が取り込んだ魂を、『仮初めの生命の種』と呼ばれる、生物と瓜二つの姿をした魂を持たない植物が育つ種を創り、育て、そこに魂を入れることで、あたかも生きているように動くことは出来るようになると伝えた。
「創ることが出来る器は一年草だから、一年経てば枯れてしまうけどね。まー枯れたら、また新しい肉体を創るから、それに宿ればいい……肉体年齢も自由自在、体も選び放題だ。相性さえ良ければ毎年違う人間を演じることだって出来る。ただ……生物の様に得た肉体が成長することはないんだ。せっかく魂が体に馴染んでも一年経てばまた初めから出発になる。人であった頃のように成長する喜びは得られない、どうする?」
オンドレイの幽霊は迷うように、その存在が濃くなったり薄くなったりを繰り返す。
ようやく迷いが晴れたのか、そのままボクに深く首を垂れた。
「お願いがあります。このオンドレイ・ドゥダも不死神の王の側に置いていただけないでしょうか」
「僕と一緒に来るということは、人を辞めて化け物になるということだよ。それでいいの?」
「はい。もう一度この世界を自分の足で歩けるのなら、化け物になろうが構いません。不死神の王の牢の防人として、他人から蔑まれるのにも慣れています」
ボクのせいで蔑まれたとドヤ顔で嫌味を言葉に混ぜ込む技術、精神年齢という意味でボク以上に大人である。〝できるな……〟と思いながらも大変申し訳ない気持ちになってしまう。
死ねなくなるというのは中々に辛いことなのだが、それを上手く説明する自信も知識もいまのボクにはない。
それでも、ボクが牢を出て体験したことを話した。
人となり苦労したことや、仕方なく……故意もあるが、殺人を犯した話。ボクの瞳に映った世界を、彼に伝えた。
彼の魂もまた、この千年の時間で歪んでしまっていたようだ。歪んだというよりは、幽霊となりこの世に留まり続けたことで人間離れしたものになってしまっていた。
常識の欠如である。
「なるほど、不死神の王はフィヨル様と名乗り己の正義を貫いているんですね。弱者である村人を襲った兵士はゴミであり、兵士を皆殺しにしたフィヨル様こそ正義の使徒なのです。なんならその国ごと滅ぼしてしまえば良かったのですよ。それに、いまは神の国を隠れ蓑に世直しの計画に従事されていると、私の教えは報われたのですね、感動です!」
オンドレイの幽霊は、そう言いながら声を上げて泣きはじめた。〝これからは私もフィヨル様の片腕として正義のために悪人をキレイに殺してみせましょう〟と声高に叫ぶ有様。
これは、思っている以上に厄介な存在を拾ってしまったのかもしれない。
その後、オンドレイにお願いされるまま、ボクは彼ら防人たちの墓を暴いた。
スコップで土を掘り、棺の蓋を次々と開ける。
中に入っていた彼らの死体は、思っていた以上に保存状態も良く、生前のような肉はないが、皮や白髪交じりの黒髪まで残っており、見た目は博物館にでも飾っていそうな綺麗なミイラである。嫌な臭いもしない。
オンドレイ曰く、彼らの死体がキレイな状態で残っていたのも、この人工迷宮の力なのだという。ボクは墓の下にあった十八体の死体すべてに『生命の種の品種』として登録を試みた。内、成功は十二体。失敗した死体も含め、すべての死体は灰となり、風に乗って森の奥へと消えていった。
思っていた以上に成功率が高かったのは、死体の保存状態が良かったからだ。
オンドレイの死体さえ登録すればいいだろうと考えていたボクに対して、オンドレイの魂はすべての死体の登録を望んだ。
ドゥダ家の血縁者は、『氷の礫』と『石の矢』の二つの魔法を必ず授かる。
人によっては別の能力が発現する者がいたそうだ。要は基本魔法二つしか能力を授からなかったオンドレイが、別の体を使って違う魔法も使ってみたいという、これは彼の欲のための登録だ。
しかも、ボクの『竜の胃袋』の能力を知るなり、散乱した墓石の回収まで頼まれる始末……。
どっちが主なのか分からない。墓石に口で触れること自体が気持ち悪いし、オンドレイはやはりボクを恨んでいるのかもしれない。
オンドレイの墓石だけは、言われるまま意味も分からず粉々になるまで砕いた。




