2-1 魔法使いの屋敷 1
門の前で馬車は止まった。
暗い森の前に立つ、違和感しかない大きな門。
壁がないのに門だけあるのだ、違和感を感じない方がおかしい。
門を付けるためだけに建てられた二本の石の柱には、沢山の動物たちが彫刻されている。
金持ちの矜持というものなんだろうか、無駄に豪華な門が森の不気味さを助長する。
森を囲む壁が無いなら、わざわざ門を潜る必要もないと思うのだが……そんな僕の疑問にブライアンが答えた。
「厄介なことに、この森に入るためには門を潜る必要があるんです」
「それって迷宮ってことだよね」
真っ先に思い浮かんだのが、この森も迷宮なのでは?という疑問だった。
「いえ、ここは普通の森ですよ……いや普通ではないかもしれませんね。優秀な魔法使いの血族がこの森全体に魔法をかけたって話です。門を潜らない者には災いが振りかかるとも言われているんですよ」
こんな立派な門まであるのだ。この先に興味を持つなって方が無理なんじゃないか。
盗賊や野盗の類なら尚更だろう。
門を通らず侵入した賊の一人や二人いそうなものだが……そういった話が一切聞こえてこないのは、門以外から入った人間がすべて消えてしまったのか、それとも入ったという記憶を失くしているのか……訳が分からないな。
それと、『魔法使い』という言葉が妙に引っ掛かる。僕とブライアンが話をする間、イーサンさんは魔法の鍵を使い、巨大な鉄の扉を開けた。
古い扉のくせに、門が開く際にも錆や劣化による嫌な音はしなかった。よくよく見れば鉄の扉には錆ひとつなく、まるで新品だ。
「随分と見事な保存魔法じゃな、それになんじゃろうな……少し懐かしい香りもする」
何時の間にか馬車を降りていた神樹の翁は、顎に手を当てながら門を見つめ、考え込むように目を細めた。
「のうブライアン、この森に魔法をかけた魔法使いの〝銘〟は残っておるのか?」
「はい、この先に魔法使いの屋敷が残っておりまして表札もあります。なんでも、門の中には新しく家を建てることができないそうで、屋敷と共に魔法使いの〝銘〟も残ったとか……〝銘〟は、確かガーリット・ドゥダだったと思います」
「なるほどの、この匂いはあ奴の残り香か、そのガーリット・ドゥダという魔法使いは、小僧を人間へと引き戻した防人の魔法使いオンドレイ・ドゥダの血族じゃろうな」
神樹の翁は身をかがめるとボクの耳元に口を寄せ、ボクだけに聞こえるように囁いた。
雷が走るとはこういうことを言うんだろうか、オンドレイ・ドゥダは、完全なる不死ノ神に堕ちかけたボクを、人へと引き戻してくれた存在だ。
彼はボクに正義の味方になることを求めた。
今思えば、悪人に一切慈悲のない、歪んだ正義の味方ではあったが、悪人を殺すことを当然のように説いた彼は、いささか歪んだ精神の持ち主だったのだろう。
牢の中の化け物『不死神の王』に話しかける時点で変人なのは確定だろうし。
大半が兵士の記憶だが、『知識の書』を読むことで、ボクも少しは善悪の判断が出来るようになってきた。
本を読む前の僕なら、クアリスは間違いなく殺していただろう。あれは悪だもんな。
「では、奥にある屋敷へと向かいますので馬車の中にお戻りください」
馬車が門を潜り抜け終えると、それに合わせて門も口を閉じた。
魔法使いオンドレイの子孫は、もう残っていないんだろうか、不死神の王に縛られ続けた一族。ボクのせいで一族の多くが自由を失った。彼ら一門の来し方は、大変気になるところである。
森を切り拓いて作られた屋敷までの一本道を進む。
長らく主人が留守にしている割に、道は荒れていないのか、馬車は速度を落とすことなく進む。
門から屋敷までも、かなりの距離があるのだろう。走れど走れど馬車は一向に止まる様子がない。
ふと窓から外を眺めた。
知らないうちに日は落ち、辺りは暗くなっていた。
その暗闇で一際目を引いたのが、一面に生る光る木の実だ。現実離れした景色に暫し目を奪われる。
御者台に続く小窓を開ける。
「フィヨルさん、どうしました」
「ブライアン、これは一体何なんだい」
「初めて見ると驚きますよね、この場所は歪んでいるんです」
「歪むって、やはり迷宮じゃないのか」
「これは人為的に作られたものです。迷宮は人の手では作れませんから、これは別物って話ですよ」
ブライアンは、どう説明したらいいものかと苦笑いした。
空間が広がり、異空間と繋がったなら、それはもう迷宮と呼んでもいいんじゃないだろうか。
どうしても迷宮と認めたくないなら、人が作ったモノだし『人工迷宮』とでも呼べばいい。
ボクの異能『合成』も新しい生物を産み出せる時点で人智から外れたものだ。迷宮が作れる異能があったとしてもおかしくはない。
雷鳴が鳴り、大粒の雨が降りはじめる。
「ブライアン、イーサンさん、一度雨宿りした方がいいんじゃないですか」
「大丈夫です。ここではいつものことなんです。それに雨が降っているのは屋敷が近いことの証なんです。もうじき抜けますよ」
ブライアンが話した通り、十を数える前に雨を抜けた。
「到着しました。ここがドゥダ家の屋敷です」
馬たちを馬小屋に入れるとのことだったので、ボクらは先に馬車を降りた。
不思議な場所だった。屋敷の上空は晴れているのに、少し先には、屋敷を囲むように雨が降っているのだ。稲光も凄い。
空に漂う雨雲はドーナツにしか見えない。門の中でだけで降り続く雨。
この分だと、森の中ではずっと雨が降り続いてることになる……傘を差したとしても、魔物との戦闘になれば傘は使えず、ずぶ濡れ確定だ。
戻って来たブライアンとイーサンさんの濡れ具合を見る限り、幻想の雨なんてこともなさそうだ。
『竜の胃袋』からタオルを取り出し二人に渡す。
ミーシャは、ボクが物を出し入れする異能を持つことを知っている。
他の四人とも、これから数週間一緒に生活をするのだ。
隠しきれないモノは早々に見せてしまった方が楽でいいだろう。




