1 再始動《リスタート》
※獣人、猫人族と犬人族の家名には、実在する品種を少しだけ変えて使っています。
ダッカス王国との国境に隣接するグレンデル王国の要塞都市ガルトレイン。
ダッカス王国の内戦終結によって、ガルトレインの緊張感も、一時的ではあるものの、ほんの少しだけ和らいでいた。
元々、ダッカス王国とグレンデル王国の関係は、けして褒められるようなものでもなく、ダッカス王国の内戦が終結しても、次の火種が生まれるだけだとの見方も多かった。
だが、ダッカス王国が内戦で失った兵士の数は多く。
他国に攻め入る余裕がないと分かるや、グレンデル王国は、さきだって動き、ダッカス王国との不戦協定を結んだのだ。
国境に派遣されていた兵士の多くが、『ブラックデモンエイプ』と呼ばれるサルの魔物との戦争のため、中央へと呼び戻されたのである。
場所は一軒の酒場。正規兵よりも日雇いや年雇いの傭兵や冒険者が出入りする、けして上品とは呼べない雰囲気の店だ。
その店の隅の目立たぬ席で、二人の男は向かい合い座っていた。
「はじめましてエバンス・アレグリアくん。キミはあのヨルトレインの生き残りだそうだね。『隠密』持ちの化け猿どもの中を生き残るとは相当腕もいいのだろう。どうだい、うちの傭兵団に入ればそれなりの報酬を出せると思うよ」
「遠慮しておきます。俺にはやらなければならないことがありますので」
「そうか、少し勿体無い気もするが仕方がないな。フィヨル・ランカスターという名の少年を探しているんだったね。頼まれていた情報だが、ランカスターではないが、フィヨル・シュメルツァーという名の冒険者の情報なら見つけたよ」
「フィヨル・シュメルツァー……ですか」
「ああ、キミからもらった少年の特徴と、よく似た容姿をした少年って話だ。ただ、一人ではなく二人の仲間と一緒に行動しているみたいだよ」
「仲間ですか……」
「ああ、詳しいことは、この紙にまとめてある」
エバンスは、男の前に硬貨の入った袋を置いた。男は袋の中身を確認すると、エバンスに紙の束を渡す。エバンスは紙の束を受け取ると足早に店を後にした。
やっと掴んだフィヨル様への手掛かりだった。〝フィヨル・シュメルツァー〟独り言ちる。紙に書かれていたフィヨル様と思われる少年の居場所は、内戦が終わったばかりのダッカス王国の向こうにある、信者たちの国。神聖国家エラトニア。
フィヨル・シュメルツァーは、迷宮の崩壊を食い止めた英雄である。と調査報告書には書かれていた。神聖国家エラトニアに久々に現れた超級冒険者候補か……。
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「フィヨルくん仲間が増えたんだニャー」
「はい、ボクらの新しい仲間でヨジ・シュメルツァーっていいます。言葉は喋れませんが、言っていることは理解出来るので仲良くしてやってください」
ボクの言葉に合わせて、ヨジは同じ馬車に乗るミーシャたち、神聖国家エラトニアの兵士たちに頭を下げた。
中身が魔物の体だとバレないようにフード付きのローブと、手には手袋、顔には犬のお面を着けている。
聖地管理委員会解体後、灰色の毛並みをした猫人族の女性ミーシャ・トリンメルは、第二特殊部隊と呼ばれる部隊の隊長に任命された。
猫人族には、様々な家門がありミーシャは元々ロージアンブルーという家門の血統なんだという。
第二特殊部隊は、部隊とは名ばかりのたった五人しか隊員のいない獣人族だけで作られた部隊である。
彼らに最初に下された任務が、曲がりなりにも神聖国家エラトニアの英雄として祭り上げられたボクたちへの支援任務だった。
御者台に座る犬人族の男二人と、ボクらと一緒に客車に乗る犬人族の女性ともう一人の猫人族の女性。この馬車に乗る五人が、第二特殊部隊の全隊員である。
ボクらは、いま、古代種と思しき生物がいるとされる土地へと向かっていた。
四人でノンビリ浮遊ボードに乗って向かうつもりでいたのだが、クアリスが無理矢理首を突っ込んできて、馬車を手配した挙句、第二特殊部隊の同行を押し付けてきた。
本来ならお爺ちゃんこと、ダッカス王国の将軍にして総司令官だったアンドリウス・サラビアの仮初めの器に宿った〝神樹の翁〟が拒絶しそうなものなのだが、同行することになった犬人族の女性、真っ白なモコモコの体毛が特徴のカーリー・ビションブリーゼが、料理人という話を聞き〝専属シェフ付きじゃと……〟と食べ物に釣られて同行を許可したのだ。
相変わらずボクらは食べ物に弱い。
犬人族と猫人族の多くは、家名と家門名が同じになるようで、ミーシャ・トリンメルといった名前は珍しいようだ。ミーシャのように家名と家門名が一致しない者は少なからず他の家門との混血を示している。
ボクらは、外面だけなら人間とも遜色ない生活を送っている。
赤髪の偉丈夫であり、初代剣聖パライバ・クリュンターの仮初めの器に宿る駄竜こと〝神竜の王〟は、ベンチ状の席一列を占有し体を投げ出し眠っている。眠っているといっても敵意のひとつも感じれば、すぐに目を開けるだろう。
そんな駄竜が食い散らかした後の食器を、文句も言わず片付けているのが、もう一人の猫人族の女性ビルギット・マングスだ。
体毛は白に茶と黒の入った綺麗な三毛模様、マングスの家門は獣人にしては珍しい無尾……尻尾なしである。
御者台に座る犬人族の男性二人は、ボクらやミーシャと一緒に村人救出に出向いた顔馴染みでもある。二人とも中々に背が高い。犬人族の中でも中型種や大型種と呼ばれる家門なんだそうだ。
御者台の右側に乗り手綱を握る黒い毛並みの静観な顔をした男性が、ブラアイアン・シャーマンビンジャー。
多くの人が、ボクの容姿から当たり前のように〝くん付け〟で呼ぶのに対し、彼だけがボクを〝さん付け〟で呼ぶ。
ボクの戦う姿を見て感銘を受けたんだそうだ。〝なんなら師匠と呼ばせてください〟と手をがっちり握ってお願いされたが、丁重にお断りした。
最後に御者台の左側に座る。五人の中でも一番体の大きい犬人族の男性。
黒く艶のある毛並みと垂れた耳が特徴のイーサン・ニューファンドランデである。
彼は泳ぎが得意とのことだ。〝溺れた時には私が飛び込んで助けますんでと安心してください〟と初対面の時に言われたが、神聖国家エラトニアには海がないので早々溺れることはないだろう。
クアリスが面白そうだからという理由だけで、馬車の車体からは神聖国家エラトニアの紋章は外してある。
もちろん神聖国家エラトニアの正規装備を使うことも出来ず、彼らの装備は、すべてリクエストを聞きながらボクが『合成』で創ったものだ。
クアリスからは、装備代と称して、製作費用の三倍近いお金と、貴重素材を多数譲って貰ったので、どちらかと言えば一方的にボクが得をした形である。
「フィヨルさん、例の土地への入口が見えてきましたよ」
御者台に続く小窓を開け、ブライアンが声をかけてきた。
「ありがとうブライアン、門の前に着いたら外に出たいから馬車を止めてもらってもいいかな」
「分かりました」
目的の土地は、もう目と鼻の先である。




