20 もう一つの救出部隊
残酷な描写が多めです。苦手な方はご注意ください。
シュフタールに向かう救出部隊には、八司教の息子二人が参加していた。
当然のように彼らに与えられた物資は、フィヨルたちが持たされた物よりも充実しており、その中には通信用魔道具も含まれている。
赤錆山迷宮の探索時には、ミーシャにも通信用魔道具が渡されていたのだが、クアリスの暗躍を恐れた聖地管理委員会の隊員の手によって、フィヨルたちの救出部隊の装備品から通信用魔道具は抜かれてしまったのだ。
フィヨルたちの部隊に渡された通信手段は、狼煙だけだった。
八司教ヘーゼル・ケディラの次男ヤーロイ・ケディラは、聖地管理委員会の次期委員長候補とも言われており、今回の救出作戦にも自ら総指揮官として手を挙げた。
この参加は、クアリスを追い落とした後、副委員長の座にすんなり座るための根回しの一環である。
ヤーロイは、フィヨルたちが残した戦果を見て、黒い木の巨人の強さを、上級冒険者なら一人でも十分渡り合える強さだと算段をつけた。
フィヨルたちと同じように、ヤーロイが指揮する救出部隊も、途中からは馬車を降りて進んだ。
シュフタールの町は、町全体を高い木造の城壁が囲んでいる。
既に大半の住人の避難を終えていたが、馬車の都合もあり、いまだ二千人近い人々が取り残されている。
救出部隊の中に、八司教の血縁者がいるとなれば対応も変わる。
先に到着した兵士と住人たちの手によって、ヤーロイたち救出部隊は盛大な歓迎を受ける。
あらかじめ八司教のヘーゼル・ケディラとガリウス・ベルジェが、住人たちと共に町に残る町長に、通信用魔道具を使い連絡をいれておいたのだ。〝息子たちを英雄のように歓迎するように〟と、持ちきれず町に置いていくしかない酒や食糧を使い、宴の席が用意された。
その結果、シュフタールの町でも、救出部隊を歓迎する催しが開かれたのである。
ここでもヤーロイたちは、首都エラトニアの激励会同様、英雄としてもてなしを受ける。
すべては筋書き通りだった。
二千人もの住人を連れて帰還したヤーロイたち救出部隊は、英雄として首都エラトニアに凱旋。
英雄ヤーロイは、聖地管理委員会の副委員長の座を射止め、委員長フェランに対抗する力を得るという筋書きが、一部の権力者の手によって出発前から書き上がっていたのだ。
ヘーゼルとガリウスは、八司教の中でも地位や名誉に固執する人物だった。
聖地管理委員会は、神聖国家エラトニアの中で、最も影響力を持つ部隊のひとつで、その部隊に強い繋がりを持つのが、委員長フェランと親戚関係にある八司教ダバック・リンドウである。
ヘーゼルとガリウスは、そのことをよく思っておらず、今回の救出任務の情報を事前に掴み、自分たちの息子を英雄に仕立て上げようと手をまわしたのだ。
それにより、フィヨルに出されるはずの依頼が、ヤーロイ指揮下の救出部隊のものとなる。
彼らは……情報が漏れた時点で、誰がその情報を流したのかを、もっと怪しむべきだったのかもしれない。
シュフタールの町での歓迎会の後。町長が用意した部屋に、ヤーロイと近しい隊員たち、上級冒険者の代表者たちが集まり作戦の最終確認を行う。
彼らが立てた作戦は、ライセンス持ちたちを中心とした部隊でシュフタールの町の周囲を探索しながら魔物を掃討。次の魔物が迷宮から漏れ出す前に町を脱出するという、実に単純なものだった。
崩壊直後の迷宮から吐き出される魔物の数は少なく、シュフタール近郊の魔物さえ一掃出来れば、数日は大きな襲撃もなくなる。
救出部隊には、ヘーゼルとガリウスが金で集めた腕自慢のライセンス持ちたちが参加している。黒い木の巨人が多少強いとはいえ、フィヨルという少年を含んだ三人で五十匹近い数を狩れたのだ。
上級冒険者三十三名、残りの六十名近いライセンス持ちも大半は中級冒険者である。この戦力なら魔物の排除も簡単に終わるだろうと、ここにいる全員が疑わなかった。
唯一の気がかりは、赤錆山迷宮の探索任務に参加した隊員たちが、フィヨルとその仲間たちの情報について頑なに口を閉ざし喋ろうとしなかったことだ。
これについても想像はつく、フィヨルという少年の評価を上げるために、魔物の強さを大袈裟に盛り、それがバレないようにクアリスの奴が裏工作したに違いない。
ヤーロイたちが会議を続けるなか、会議に参加していない救出部隊の隊員やライセンス持ち、それを歓迎する町の人々は夜遅くまで宴を楽しんだ。
羽目を外す者も多かったが、明日からは馬車も使えず、ひたすら歩き続けることになる。野営も増えるだろう、出発前の息抜きだとヤーロイは隊員たちの行動を大目に見ることにした。
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明け方――建物を破壊する炸裂音が人々を叩き起こした。
黒い木の巨人が投げた大きな石が次々と建物を破壊していく。崩れる建物に巻き込まれる人々、隊員や兵士、ライセンス持ちたちも急いで武器を手に外に出る。
昨晩、飲み過ぎたのかフラついている者が多く動きが鈍い。町の各所に立つ櫓に登る見張りが、一斉に襲撃を知らせる鐘を打ち鳴らした。
ヤーロイは叫ぶ。
「黒い木の巨人の数は七匹。町への投石を防ぐために、上級冒険者を中心に、ライセンス持ちは準備が出来次第町の外へ出て魔物の討伐に当たれ。隊員と兵士は住人の誘導と救出を優先。残りは出発の前倒しを考慮して準備を急げ」
ヤーロイは、次から次へと各部隊の代表者に指示を出していく。相手が魔物だけに、投石による奇襲攻撃は頭になかった。だが相手は七匹、こっちには百人近いライセンス持ちがいるのだ。討伐は十分可能である。
隊員と兵士たちは手分けして、瓦礫を退けて住人の救助に奔走した。
ライセンス持ちが迎撃に向かったにも関わらず一向に投石が止む気配がない。
ヤーロイは比較的頑丈な建物である教会に住人たちを集めることにした。
「皆さん落ち着いてください。ライセンス持ちたちが外にいる魔物の討伐に向かっています。直に町への攻撃は止むはずです」
隊員や兵士も応急処置の訓練は受けている。怪我人を優先で教会に運び治療を行う。
一向に投石は止む気配がない。
建物が崩れることによる地響きが、人々の心を不安にさせた。
教会に伝令が駆け込んでくる。
伝令はヤーロイに近付くと、小声で状況を報告した。
「ヤーロイ様、魔物を迎撃するために町の外に向かったライセンス持ちの半数が壊滅。ライセンス持ちの中には、持ち場を離れて逃げ出す者も出はじめています。城壁の一部に亀裂ありとの報告も……」
ヤーロイは、ライセンス持ちたちに黒い木の巨人の数が想定を超えた場合には、一度町に戻り体制を整えるようにも指示していた。黒い木の巨人の数が増えたという報告は受けていない……何が起きているんだ。
「黒い巨人の数は何匹だ」
「現在確認出来ている黒い木の巨人の数は全部で十八匹。他にも蟻や蜘蛛や狼といった小型の魔物も多数混じっているとのことです。協力関係にあることから同じ迷宮から出て来た魔物だと思われます」
「十八匹か、で黒い木の巨人は何匹倒したんだ」
「まだ一匹も倒せていません……」
ヤーロイは心を落ち着かせようと自分の指を噛んだ。なぜ一匹も倒せないんだ。
本来、魔物には異種族同士で群れを作る習性は無い。唯一例外があるのが迷宮崩壊によって迷宮の外に出て来た魔物だけだ。
迷宮で産まれた魔物は、種族が違えど弱い魔物はより強い魔物に従う習性を持つ。複数の種族が混ざり合う魔物の群れを見た時には、一番に迷宮の崩壊を疑わねばならない。
今までには無かったほどの大きな地響きが鳴る。地震を思わせる揺れは混乱を生み、隊員の静止の声を聞かずに住人の中には教会を飛び出していく者も……どんどん収拾がつかなくなっていく。
「ヤーロイ隊長、城壁の一部が崩れました。魔物が町の中に侵入して来ます」
魔物の姿に人々は悲鳴を上げながら散り散りに逃げる。
城壁内に魔物が侵入したことで住人たちの混乱はいっそう強くなる。
二千人もの人間が好き勝手に逃げはじめては、たかだか二百人の兵士では制御できない。
混乱する人々の間を縫うように動きながら魔物たちは人を襲った。隊員と兵士も剣を抜き応戦したが、混乱する住人に気を配りながら戦うのは想像以上に難しい。
虫の魔物や狼の魔物にはなんとか食い下がっていたが、城壁が大きく崩れ、黒い木の巨人が町に入りはじめると、防衛機能は完全に瓦解した。
ヤーロイは通信用魔道具を使い、首都エラトニアへ支援要請を入れる。
反応は芳しくない、馬車が使えないいま、徒歩で兵士を送るのが難しいためだ。
ヤーロイは必死に打開策を考える……良案は出ない。
その間もどんどん、住人が兵士が隊員がライセンス持ちが……人が死んでいく。




