19-2 前に進む 2
黒い木の巨人から十分距離が離れたのを確認すると、足を止めて野営の準備をはじめた。
迷宮から外に出た魔物が、どういった行動をするのか分からない。火を使わず、塩気の強い保存の効く干し肉と固いパンを水に浸しながら食べる。
よほど老人の死に様に衝撃を受けたのだろう。その夜は、子供だけじゃなく大人までもが夜泣きをした。眠れない人には睡眠効果を持つ薬草を煎じて渡す。
交代で一晩中見張りを立てたが、結局、日が暮れてからは魔物は襲ってこなかった。
他の植物の魔物同様、黒い木の巨人も、夜には動かず日中に活動するのかもしれない。
次の日からは、神樹の翁が村人たちの護衛に残り、ボクと神竜の王の二人が、魔物の群れに突っ込んで戦うようになった。あえて気持ちを引き締めるために苦戦もした。
こんなことが二日も続くと、村人たちの気持ちにも変化が起きた。誰よりも多く魔物と剣を交えるボクと神竜の王に、何度も〝守ってくれてありがとう〟と村人たちは、言いにくるようになったのだ。
男たちは、進んで荷物を運ぶのを手伝うようになった。
黒い木の巨人以外の魔物は、無理して追わず隊員や兵士たちに任せた。
負傷者も出たが、大きなケガではない。迷宮内でボクらの戦いを見ていたミーシャは、苦戦するボクらを見て不思議に思ったのだろう。
「調子が悪いのかにゃ?迷宮の中では黒い木の巨人を、もっと簡単に倒していたように見えたにゃ」
村人は離れた場所に座っているため、この話を聞いているのは一部の隊員と兵士だけだ。ミーシャには、ボクたちがわざと手を抜いているように見えたのかもしれない……その通りなんだけど。
「初日も言いましたが、ボクらは人を守って戦うのが苦手なんです。ここにいる人たちを好きなだけ見殺しにしていいって条件なら、いくらでもやりようがあるんですが」
「ごめんなさいにゃ……」
ミーシャが疑った自分を責めるような顔をする。物凄く罪悪感に苛まれた。
簡単に倒してしまっては、危機感が無くなり歩く足も遅くなってしまう。遅くなればボクらを追いかける魔物の数も増えていくだろう。今は一日でも早く逃げるために、進まなくてはならないと、村人たちに意識させなければ。
「気にしてませんよ、ボク自身、戦えない人を守りながら戦うのが、こんなに大変なことだとは思ってもいなかったんです。そうだ、みなさんにもお願いがあります。黒い木の巨人以外の魔物は抜けても深追いはしませんので、任せてもいいでしょうか?」
「おう、任せてくれ!ケガをしちまったから楽勝とは言えないが、あの黒い木のでかい奴以外なら俺らでもなんとか倒せそうだ」
「ありがとうございます。それと、数人は村人を必ず見ていてください。混乱して散り散りに走り出してしまったら、追いかけるのは難しいと思うので……見捨てるしかなくなります。予備の装備を幾つか持って来ているので必要な武器や防具がある人は、ボクに言ってください」
見捨てるという言葉に老人の死を思い出したのだろう、老人に手を伸ばそうとした兵士が悔しそうな顔をした。
聖地管理委員会の隊員が持つ装備は、肩身は狭いとはいえエリート部隊に支給される物だけあり品質が良かった。だが、先に村に来ていた兵士たちの剣は、お世辞にも質が良いとは言えない、不純物交じりの鉄を型に流しただけの鋳造の大量生産品である。
物を出し入れ出来る能力と嘘をつき、兵士たちのリクエストを聞きながら魔物の骨と鉄と木を『合成』して、骨剣や骨斧、骨槍を作って渡していく。
戦う意思のある村人にも、同じ比率で素材を混ぜた骨短槍を作って配った。
武器作りに関しては、数をこなしたことで、質も速度もそれなりに上昇している。
魔物たちも黒い木の巨人無しでは、ボクらに勝てないことを理解しているのだろう。
魔物の襲撃は日中に限定された。
✿
村を出発して十日目……ついに首都エラトニアの城壁が見えた。
遠くに見える城壁を見て村人たちは抱き合いながら安堵の涙を流す。追いかけてくる魔物も一旦は弾切れなのか、二日前から襲撃がピタリと止んでいる。
もちろん、迷宮崩壊から一週間以上過ぎているし、迷宮の外に吐き出される魔物の数も日に日に増えているはずだ。本番はこれからなんだろう。城壁を見て安心した村人たちは、力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
後ろから魔物が追ってくるという状況も、彼らの精神に負担をかけていただろう。
村人たちは、限界だった。
隊員たちが、帰還を知らせる狼煙を上げる。
正門が開き、首都エラトニアより大勢の兵士が姿を見せた。中には救護箱を手にした衛生兵の姿も多く、ボクたちの姿を確認した兵士たちは、馬車の代わりに荷車を引いてやって来る。
姿は見えないが、近くに迷宮の魔物が来ているのかもしれない。馬が使えないのだろう。
泣きじゃくる村人たちの涙に釣られたように、護衛についていた兵士や隊員の目にも涙が滲む。ボクら三人以外の全員が糸が切れた操り人形のように、疲れ切った顔でその場にへたり込んでしまった。
救助に来た兵士たちが、その場に座り込む村人や兵士や隊員たちに肩を貸し荷車に乗せると、町に向けて歩き出した。
正門には、ボクらの帰還の報せを聞いた住人たちが集まっていた。少々大袈裟過ぎやしないかと、出迎える人々を見て唖然とした。〝村人を一人死なせてしまいました〟門付近にいた兵士たちの指揮官と思しき男に報告した。
ボクの報告を聞いた兵士は、〝一人だけですか……〟とただただ固まっていた。




