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お知らせ◇残酷な描写が多めです。苦手な方はご注意ください。
草原の畦道を走る馬車の中でうたた寝をした。
そんなボクの体を揺らして起こしたのはミーシャだった。〝あ……おはよう〟とボクを見ていたみんなに声をかけると何故か笑われてしまった。
何がおかしいのか、よく分からない。……ボクの体はいま人に近い状態にある。
ボクら三人は、高級牛ステーキという、食用として育てられた最高の牛の肉を分厚く切り、鉄板で焼いたものに秘伝のソースをかけた、最高の肉料理とクアリスが評する食べ物に釣られて今回の依頼を引き受けた。
行きはこうして馬車を使えるから楽なのだが、帰りは馬車が使えず歩きとなるため、めんどうで時間もかかる任務だ。
そうはいっても、赤錆山迷宮に近付くことで、迷宮の魔物の気配に馬が怯えてしまい馬車がまともに使えなくなるというのだから仕方がない。
迷宮産の魔物は、自然の理を大きく歪めて産まれ落ちた存在であり、正反対にある、人の手を借りて生きている馬のような家畜は、より敏感にその気配に反応するそうだ。
これから最前線に向かおうとしているのだ。ボクらと行動を共にする隊員たちの表情は一様に固い。
馬車が止まった。
前を走っていた馬車より人が降りてきて、ボクらが乗る馬車に向かって走ってくる。
「フィヨル殿、ここから先へは、馬が怯えてしまい馬車で進むのは困難です。ここからは歩きで向かいましょう」
「馬が怯えているってことは、既に迷宮は崩壊をはじめ、魔物が外に出はじめたってことですね」
「そうなります。普通の魔物であれば馬たちもここまで怯えませんから」
数は少ないものの魔物が外に出て来ているのだろう。迷宮から外に吐き出された魔物は、大勢の人間が暮らす町や村を目指す習性があるとも言われている。
魔物より先に村に到着できればいいんだけど……。
ボクらは必要な荷物だけを降し、御者に馬車を任せると歩きはじめた。
「ワシらのような嫌われ者と一緒になるとは、主らも運がないのう」
神樹の翁は、すぐ隣を歩く犬人族の若い隊員に声をかける。
「俺たちは皆さんを嫌っていませんよ。それに、こっちに来てるのは聖地管理委員会でもなにかと肩身の狭い連中ですから、何より英雄と言われるみなさんの戦いを間近で見れるのは楽しみなんです」
「でもよー、あっちに行った連中は、結果が出る前から英雄扱いで激励式まで開いてもらえるんだからよー羨ましいよな」
別の若い隊員は不満そうに言った。
聖地管理委員会の中にも派閥があるようで、ボクらと一緒に来たのはミーシャのような獣人や、クアリス派と呼ばれる、普段何かと雑用ばかりを押し付けられる隊員たちだという。
ただ今回は、いつものように押し付けられたわけではなく、自ら進んで手を挙げて来たんだそうだ。
「村人たちが泣いているかもしれないのに、何もしないでいるのは悔しいじゃないですか」
そう笑う隊員が、ちょっとカッコイイ。
それから、どれくらい歩いたんだろう。やっと、遠くに村が見えてきた。
こちらに気が付いたのか、村人が手を振っている。
ボクらが到着すると、あらかじめ避難を呼びかけるために先行していたエラトニアの兵士たちが何やら難しい顔をして駆けて来る。
話を聞いたところ、村から離れたくないと家に籠る村人が多く、出発の準備が予定よりも遅れているそうだ。
「すみません。こちらの準備が進んでおらず」
「大丈夫ですよ。もうじき自分たちから、この場を離れたいと言ってくると思うので、もう少しだけ待ちましょう」
ボクの言葉に、兵士と聖地管理委員会の隊員たちが不思議な顔をする。
次の瞬間〝ドカン〟という轟音とともに砂煙が舞い上がった。
近くに建っていた家に石が当たり、一瞬でバラバラになったのだ。あらかじめ石の落ちた家に人がいないことは確認してある。ボクはこれといって何も感じなかったのだが、当然のように村人たちは、悲鳴を上げ家の中から飛び出してきた。
ボクと神樹の翁と神竜の王で、人に当たりそうな石だけを弾く。
黒い木の巨人たちが、人間の頭より少し大きな石をこの村に向かって投げてきたのだ。次から次へと建物が崩れていく。
ボクら三人の気配を感じてか、黒い木の巨人は近寄らずに投石を繰り返す。
迷宮内で多くの黒い木の巨人たちを葬ったボクたちを、油断できない相手と認識しているようにも見える。迷宮内の魔物はお互いの意識を情報として共有しているのかもしれない。
「石は何とかします。皆さんは村人たちを一か所に集めてください」
大きな石が地面に落ちる大きな音と、家が崩れる光景に村人たちは大急ぎで外へ出る。やはりボクは人間とは違うのだろう……村人たちに逃げる意思を持たせるために、あえて建物に当たるように石を弾く。僅かな時間で、ほとんどの建物は崩れ落ち、目の前には家だったものの残骸だけが無残に残る。大切な家が崩れるのを見て泣き崩れる村人もいた。
「みなさんがここに留まりたいというのなら無理強いはしません。逃げるのを希望する村人だけを連れて撤退します」
これは、あらかじめ隊員たちとも話して決めていたことだ。もし、村人たちが魔物に襲われてもなお逃げることを選ばないのなら、容赦なく切り捨てると。
ボクの撤退の合図を受け隊員たちも行動を開始する。
「そんな撤退なんて……」
村人が声を上げる。
「全員を守りながら、この場に留まり魔物を殲滅するだけの戦力はありません。仮に一度退けられたとしても魔物はどんどん増えていくでしょう。村と一緒に死を望むならボクたちは止めません。生きようという意思がある人だけついて来てください」
ボクの無情な言葉にも折れず、一緒に逃げようと立ち上がる村人たち。それでも……全員がそうではない。老人が一人泣きながら〝ここはワシらの大事な村なんじゃ〟と、叫びながら崩れた自分の家へ向かって走り出す。
兵士がそれを止めようと手を伸ばすが、ボクはそれを止めた。
「死にますよ……」
走り出した老人の体を、黒い木の巨人が人の指のように伸びる枝を器用に使い鷲掴みにする。
投げる石が切れたのだろう、黒い木の巨人たちが近付いてきたのだ。絶叫と共に、老人の右腕を黒い木の巨人が引き裂いた〝ぶちぶちぶち〟と悍ましい音に顔を覆う村人たち、大人たちは子供にこの光景を見せないように、顔を手で覆う。一人で歩けない村人は、兵士と隊員に指示を出し運ばせる。動ける村人たちも積極的に協力してくれた。
「しんがりはボクらが務めます。早く、村の外へ」
村人たちが見つめる中、黒い木の巨人は、幹の一部を口のように大きく開き、老人の頭に噛り付く。骨や肉の砕ける音を響かせながら何度も何度も咀嚼を繰り返した。
向かってくる黒い木の巨人を辛うじて退けて、ようやくボクらは村を出た。
「人を守りながら戦うのは、普通に戦うのよりずっと難しいんです。魔物に喰われる人がこれ以上出ないように協力してください」
ボクの言葉を聞いて老人の死に様を思い出したのだろう。村人だけじゃなく兵士や隊員の中にも、その場で胃から上がった吐しゃ物を地面に吐き出す者が出た。
それでも全員が、少しでも先に進もうと足を止めずに、生きるために歩くことを選んだ。




