18 神の国にも陰謀はある ミーシャ・トリンメルの視点
私は、聖地管理委員会事務所にある自室に戻り、クアリス様から『ミーシャの分』と書いて渡された隊員たちが集めた情報に目を通す。
赤錆山迷宮に偵察で潜った隊員の報告だと、迷宮内の魔物たちは日々数を増やしており、浅瀬では見られなかった。黒い木の巨人の姿も確認されたという。
迷宮の崩壊も、近いのかもしれないにゃ。
もちろん国だって、ただ手をこまねいているわけではない。
首都エラトニアに防衛線を築くことを前提に、首都エラトニアからの西部、赤錆山の間にある町や村の住人たちの避難を急いでいる。
国は、フィヨルくんたちを戦力としてあてにしているのだ。
協力してくれる気がまったくないというわけでもないんだろう。フィヨルくんたちも利用されていることを知りながら、毎日のように夕飯を食べにこの町に顔を出している。
大半はレストランや食堂の人気メニューを聞きに来るだけなのだが、聖地管理委員会事務所にも何度も立ち寄った。一部の隊員たちとは顔馴染みにもなり、それなりに交流もあるようだ。
もちろん、隊員たちの中には、フィヨルくんたちを良く思わない者も多い。
仲間を見捨てたことが許せないのだ。本当は、私もフィヨルくんと一緒に恨まれるべきなのに……。
この国の人々は、私のような他国から流れて来た獣人ですら仲間として受け入れてくれた。
神様の存在が差別意識を和らげ、多くの種族に居場所を与えてくれている。
こんなに優しい人たちの中にも差別意識は無くならない。
自分は特別なんだと考える人は、どうしても出てきてしまう。
私たちは、何の実績を持たないフィヨルくんたちのことを、クアリス様の気まぐれで特別扱いされた無能と蔑んで見下してしまった。
自分たちの命の危機を感じて初めてその力に縋ろうとしたのだ。しかも、頼み事すら上から目線で。
私たちはダメダメにゃん。
あの一件で剣を抜き牢に入れられた隊員たちも、十分反省したとされ、数日中には釈放となる。
けして十分と呼べる日数ではない。聖地管理委員会も人員に余裕がないのだ。
まあ……彼らが牢から出たとして、あれだけの力の差を見せつけられたのだ。フィヨルくんたちに何かしようとは思わないだろう。
あの日、キャンプ地にいた隊員は、全員牢屋か反省室送りとなった。
そこで、私たちはフィヨルくんのことを、例えそれが隊員同士であっても安易に話さないようクギをさされたのにゃ。
もちろん、そうは言われても、つい話してしまうのが私たち人間という生き物だ。
反省室にクアリス様が来た〝あくまでこれは口約束だ。破っちゃう人もいるかもしれないね、なのでこれだけは忠告しておくよ。彼らは自分のことを話されることを極端に嫌うんだ。話したのがバレた場合、僕らはキミらとその家族や従兄弟、キミたちと関係を持つすべての者たちを保護しない。助けない。自分たちの力で三人から大事な人たちを護り抜くんだ。そうだね……上級冒険者を千人も集めれば、もしかしたら助かるかもしれないよ〟と、脅しともとれる忠告。
これだけならまだ破る隊員は出ただろう。
でもこの話には続きがある。
この内容を文書に起こしたものには、この件の承認者として、大司教であるゴドフ様と八司教の一人ダバック様、委員長であるフェラン様の直筆署名がされていたのだ。
食事の席で、ゴドフ様が彼らの後ろ盾になると約束したと聞けば、手を出そうとする者は更に減るだろう。
問題は、ここまでしたのににフィヨルくんたちの情報が、偏ったものではあるものの、広まってしまったことだ。
フィヨルくんたちの実力を隠したまま、彼らが倒した黒い木の巨人の討伐数だけが漏れたのだ。
この話を聞いた隊員たちの中には、黒い木の巨人の強さを見誤る者が出るかもしれない。
それでも私たちは、本当のことを話せない。
大司教ゴドフ様の署名があるのだ。
キャンプ地にいた隊員たちは、この話を漏らさないだろう。
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聖地管理委員会事務所前の広場には、週に一度、定例会議のために隊員たちが集められる。
三百人近い、ほぼすべての隊員がこの場に集うのは何か月ぶりだろう。
つい十日前まで、私たちは、将来この国を動かすエリート集団だと言われていた。
しかし、赤錆山迷宮の崩壊を防げなかったことでその評価は地に落ちた。
最前列には、私も含め今回の一件の当事者たちが集められている。
壇上に、二人の副委員長の一人クアリス様が上がり、続いて委員長であるフェラン様も姿を見せた。クアリス様は全体に声が届くように拡声器と呼ばれる魔道具を使い、話しはじめた。
「ここにいる全員の耳には入っていると思う。この国で約八十年ぶりとなる迷宮崩壊が近付いている。原因は我々のミスだ。聖地管理委員会に所属する一部の隊員が自らの力を過信して増長した結果、英雄となりうる者たちを糾弾し、彼らの協力が得られなくなってしまった」
この場に集まった隊員たちの多くは、クアリス様に対して非難の眼差しを向けた。
それでも、追及は止まらない。
「隊員の中には、今回の失敗は、僕が無名の冒険者たちを調査団に無理矢理ねじ込んだのが原因であると考えている者もいるみたいだね。だからあえて言うよ、迷宮内にいる魔物……黒い木の巨人で呼ぶことにしたんだけど、彼ら三人が黒い木の巨人を相当数減らしたからこそ、他の上級冒険者たちは同行者を連れて外に戻ることが出来たんだ。彼らが参加していなければ結局中に入った全員が死んでいたはずさ。彼らを責めるのはお門違いだと思うんだ。不満そうな顔だね……異論はあるかい?あったら聞くよ」
一斉に発言を求めて沢山の手が上がる。
フェラン様は発言を許可した。その多くが、フィヨルくんたちが上級冒険者を切り捨てなければ、迷宮の魔物は間引かれ、迷宮崩壊には繋がらなかったという意見だ。
意外なことに、赤錆山迷宮の調査に参加した隊員の多くは、手を挙げず口を瞑んでいた。
「ふーん、そう思うなら自分たちの力で証明してみせてよ。迷宮崩壊後の一週間、迷宮から外に出てくる魔物の数は多くない。それはみんなも知っているよね?彼ら三人が片手間で屠った数に比べれば少ない数さ。二千人近い住人がまだ赤錆山からそれほど離れていないシュフタールの町に取り残されている。あの時とは違い上級冒険者たちも、緊急任務の発令待ちでこの町に留まっているはずだ。ここには司教と親族の隊員もいるんだからコネでもなんでも使ってさ、ライセンス持ちを集めて、二千人の住人たちをここまで無事逃がしてみせるんだ。それが出来たら僕はなんでも言うことを聞いてあげるよ」
「我々が望むのはクアリス殿、あなたが副委員長の座を降りることです」
「「「そうだ、そうだ」」」
こうして、シュフタールの町に取り残された住人たちの救出作戦が急遽決まった。
本当は全然急遽でもないんだけどにゃ……。
この任務は、元々フィヨルくんに高級牛ステーキを報酬にお願いする予定だったものだ。クアリス様はそれをひとことも言わずに隊員たちを焚き付けた。
これにより、フィヨルくんたちには別の村に取り残されている二百人の村人の救出任務を頼むことに、私にも、フィヨルくんのパーティーに同行する隊員十七人の一人として加わってほしいと要請があった。
翌日、首都エラトニアでは、シュフタールの町に向かう隊員たちのために激励会が催された。
規模も大きく、参加する隊員たちが大通りに列をなしパレードする。
馬車の上から、今回の救出任務に参加する七十六人の隊員とその親族が、市井の人々に向けて手を振った。未来の英雄たちを一目見ようと、多くの人々が集まり歓声を上げる。
その後ろには、隊員たちと一緒にシュフタールに向かう、上級冒険者三十三人を含んだ百人近いラインセンス持ちたちが並び、最後尾には今回の遠征に祝福を述べた、隊員の親族でもある八司教であるガリウス様とヘーゼル様が続いた。
多くの人が熱に浮かされたように、シュフタール救援部隊の出発を祝った。
参加する隊員たちの名前が掘られた石碑が、記念として町の広場に置かれることも急遽決まった。
しかも、希望者は石碑に刻まれた自分の名の横に、家族の名を入れることも出来るという。
知人や近所から、その家族までもが英雄の家族として、作戦がはじまる前だというのに賞賛されることとなったのだ。
これを計画したのがクアリス様というから、本当に何を考えているのか分からないにゃ。
同時に、こんな噂が流された。
クアリス様の知人のライセンス持ち三人と十七人の隊員が、シュフタールとは別の小さな村の救出任務に出発すると、小さな村は、シュフタールよりも更に赤錆山に近く、より多くの魔物の襲撃を受けると予測された。
次に、元々この任務の担当は逆であったという噂が流れた。
村人の救出を諦めたから担当が逆にされたのだと不穏な噂も出回り……暫くの間、町ではこの話で持ちきりとなる。




