17-1 大司教と八司教 1
赤錆山では、少々目立ち過ぎたことを反省しつつ、ボクたちは次の日から顔がすっぽり隠れるフード付きローブを纏い行動した。
神聖国家エラトニアは、信仰する神に合わせて様々な格好をしている人が多い、お面を被る人がいたり、帽子代わりに木製の花瓶や桶を頭の上に乗せていたりと、奇妙な格好をしていても周りから浮くことはない。
いかにも御伽話に登場する魔女が着ていそうなローブ姿も、この国だと違和感がないから不思議だ。
ここ数日、町の宿屋は使っていない。
町で新たな食堂の開拓を終えると、人里離れた場所に移動して『竜の胃袋』から小屋を取り出して休むようにした。
「小僧の予測通りワシらは、特に指名手配などもされてないようじゃの」
『神樹の翁』がベッドの上に置かれた、ふかふかの綿がたっぷり入った布袋に横になりながらいった。
『記憶の書庫』に保管されたダッカス王国の兵士たちの記憶が書き込まれた『知識の書』には、隣国である神聖国家エラトニアについて詳しい記憶を持つ者も多かった。
新生国家エラトニアは、神様第一主義を掲げる国であり、神様の名にかけて誓った宣言は何よりも優先されるという規則がある。
他の国であれば、どれだけ仲の悪い相手でも、助けることが出来る力があるのに、それを堂々と見殺しにすれば何らかの罰を受けるだろう。
仲間意識から神への誓いを破ってまで、ボクらを罰しようとした者もいたが、結局そうはならなかった。実際、町の所々に立てられた掲示板には、ボクらについて書かれた記事はなにひとつ貼り出されていない。
「迷宮の形が変わったとしても、人の気配くらいは分かるからね。最初から面倒ごとを避けるつもりなら、あのパーティーに会わないように回り道することも出来たんだ。あれがあったから、絶対的なルールを破ってまで感情を優先する人間がいることも分かった。狂信者と呼べるほど神に心酔している人は少ないのかもね。ボクのようにずっと檻の中に入れられていた者にとって、人間のことを理解するにはもっと多くの時間が必要だよ」
「面倒なことは坊主とジジイに任せるぜ。そうだジジイ、あの迷宮の奥にいた奴は俺らが探す古代種とは関係なかったってことでいいんだよな?」
「うむ、奥にいたのはワシらとは縁もゆかりもないただの若造じゃ、はずれじゃな。ところで小僧、ミーシャ殿にはかわいそうなことをしたんじゃないのか?あの歳で仲間を見捨てる経験はなかなかに重いと思うぞ」
「問題はそれだよね。一番正しく行動したのは間違いなくミーシャだ。今回の件を引きずらなきゃいいんだけど……この際ボクらで迷宮の問題を片付けて崩壊を防げば、少しは彼女の心の負担も減るんじゃないのかな」
「それについては反対だぜ。俺らも迷宮の崩壊がどんなものなのか一度見ておく必要がある」
「駄竜に同感じゃ。滅多にない現象みたいだからのう、ワシらが考えるべきは迷宮が崩壊して魔物が外に出た際にどの程度それに関わるかじゃろう。この国はワシらが姿を隠すにはもってこいの場所に思える。失うには惜しかろう」
神聖国家エラトニアは、神様第一主義の影響で、他国に比べて多くの自然が手つかずで残っている。古代種が身を隠すのに適した場所が多いのだ。
他国の介入を招けば、そういった土地も手つかずのままとはいかないだろう。それに変化がもたらすものは良いことばかりとは限らない。
何よりせっかく開拓した食堂を失うのは辛い……そういった意味でも、神聖国家エラトニアが崩れるのは避けたかった。
古代種を探す拠点にもエラトニアは理想的な国だ。
ダッカス王国の兵士の記憶を見て、期待していなかったにも関わらず、食事は良い意味でボクらの期待を裏切った。
あえて言おう、美味い飯処があるこの国は良い国だ。
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数日後。お詫びの料理に釣られたボクたちは、首都エラトニアへと向かった。
それなりに地位にある人間が勧める特別な料理……期待しかない。
浮遊ボードに乗って、三人縦一列となり仲良く進む。
巡礼者が多いためか、馬車よりも杖を片手に歩く異様な集団の方が多い。
グレンデル王国やダッカス王国の街道なら、子供のおもちゃとされる浮遊ボードに、顔がすっぽり隠れるローブを着た老紳士と大男が乗っていれば怪訝な視線を向ける人も多いのだが、それ以上に奇抜な格好をする人が多いせいで、ボクらの存在感は薄らいでいる。
首都エラトニアには、この国で祀られる全ての神様のお社があるという。多種多様で奇抜な形の建造物が多いのもそのせいだろう。同じ人間でありながら見た目の違う沢山の種族が、入場審査を待つ列へと並ぶ。
服装も見事にバラバラだ。金、銀、赤、黄など派手な色の服が多いのは、派手好きな神様が多いせいだろうか?仮面や角のような頭飾りを付けた者も多い。ボクたちが普通に見える!
何度も言おう!この国は良い国だ!
ボクたちの順番が来たのでライセンスカードを見せると、すぐに別室へと通された。
応接間だろうか?ふかふかなソファーに、頭上には透明度の高いガラスをふんだんに使用したシャンデリアが浮かぶ。ボクらの前にはふくよかな体格で、笑顔が素敵な老人が一人腰かけていた。
一体この老人は何者なんだろう。
どう言葉を切り出せばいいのかも分からずに、ただただ目の前に置かれたお茶をいれた陶器製のカップを持ち上げ口に運ぶ。
カップ自体にも花や鳥の絵が描かれており、緻密な細工が、素人ながらにこのカップが安物ではないとに気付かせる。茶の味も良い、微かな果物の芳香と柔らかな酸味を感じる不思議な味だ。
こんなにも厚遇を受けるのは、はじめてかもしれない。
決まってボクら……前回はボクだけか。牢屋に直行が定番といえた。
「はじめまして、私は神聖国家エラトニアの最高指導者である大司教様をお支えする八司教の一人ダバック・リンドウと申します。フェランより皆様のお噂はかねがね聞き及んでおります。一度直接お会いしたいと思い、ここでお待ちしておりました」
ダバックと名乗った老人が頭を下げる。
「ほー、俺らが今日来るのを知っていたような口ぶりだな。未来予知かなんかか?大したもんだ」
「お褒めいただき光栄でございます。ここは神聖国家エラトニア、世界で最も多くの神々を祀る特別な場所。すべては神様のお導きでございますよ。信徒の中には未来予知とまではいきませんが、それに近い能力の持ち主もいるのです」
「ボクらなんかの到着をわざわざ知らせるなんて、神様にも随分物好きがいるんですね」
口に出してから、神様に対して少々失礼な物言いだったと反省したが、ダバックさんは、一切気にした様子がない。
「皆様はエラトニアの未来にとって、大切な存在になると告げた神様がいるのですよ」
ダバックの言う未来とは、赤錆山迷宮でこれから起こる崩壊に関しての予言なんだろうか。
それにしてもボクらの存在を気に留める神様がいるとはかなり驚きである。この国ではボクらも神様扱いなのだから、神の中に知り合いがいる可能性もあるのかもしれない。
それが古代種なら、世界の半分を焼いたボクらにいい感情は持たないだろう〝あ奴らは悪魔じゃ、すぐにでも殺せ!〟くらいの神託は言いそうだ。
「詳しい話はフェランにでも聞いてくだされ。今回はあやつら聖地管理委員会の見通しの甘さが招いたことです。私はただ皆様のお顔を見ておきたかっただけなのです」
目の前のカップを空にする頃には、フェランさんが寄越した迎えの馬車が到着していた。
ダバックさんとは、結局その後も二、三回、言葉を交わしただけだった。彼の目的も謎である。
本当にボクらの顔を見たかっただけなのかもしれない。
今のことろ妄想でしかないのだが、顔を見るだけで何かが分かる能力を持っていた。と考えるのが一番しっくりくる。
「それでは、首都エラトニアをどうぞお楽しみください」
ダバックさんは、わざわざ馬車の発車口まで見送りに来た。そこでボクらに、もう一度深々と頭を下げた。




