16-3 誓いを破った代償 3
(引き続きクアリスの視点です)
残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。
✿続・クアリス・レイバの視点
十五人もの上級冒険者たちが、たった一人の剣士を前に、肉の塊へと姿を変えた。
その剣は、新たな獲物を求めて、隊員たちに向けられようとしていた――だが、男は二人の隊員を高く蹴り上げると、退屈そうに剣を鞘に納める。
怯えて、小刻みに震える隊員たちの姿を見てシラケてしまったのだろう。
赤髪の大男は、下がりながら、足がすくむ隊員たちをつまらない物でも見るように見下ろした。
代わりに少年が前に出る。
この大陸では珍しい白い肌。若干青みを帯びた銀色の髪。……といっても、多民族が集まる神聖国家エラトニアでは、そう珍しいわけでもない。
容姿は報告通りの小柄な少年だ。だが、その姿を見ただけで汗が止まらなくなった。彼がミーシャの報告にもあったフィヨルくんなのだろう。
何なんだあの化け物は……。
少年が息を吐くと同時に、赤髪の大男、剣聖の面影を持つダリューンよりも濃厚な殺気が辺りを包む。
殺気は、離れた場所で推移を見守る僕ら二人にも手を伸ばした。気付かれていた……一体幾つ、彼は異能を持っているんだ。動くなと言わんばかりに殺気の檻が全身を包む。
このまま知らんぷりが出来ればいいんだけど、いつも冷静な態度で、淡々と仕事をこなすフェランも、今回ばかりは同意見のようだ。目が合った瞬間、彼も苦笑いを浮かべる。正反対な性格の僕らが、ここまで意見が合うのも珍しい。
フィヨルくんは、何食わぬ顔で殺気で動けなくなった隊員たちの首筋に、ナイフを使い薄い傷を付けはじめる。隊員たちの耳元で何か囁いている。
隊員たちの表情を見る限り、言われて嬉しいセリフではないんだろう。ゆっくり慎重に線を引くわけでなく、一瞬で喉元を斬る。
少し手元が狂っただけでも相手を殺しかねないことを、顔色一つ変えずに子供がやるんだ。狂っている。
「既に精神的に手遅れな隊員もいそうだが、さすがに何とかしないとな」
「大半が、手遅れじゃないか……数年は悪夢に魘されると思うよ。出来ればフェラン一人に任せたいんだけど、それをしたら一生恨まれるんだろうな」
「当然だ!元々お前が私を巻き込んだんだろう」
フェランに並ぶように僕も渋々歩調を合わせた。自分でいうのもなんだが、この殺気の中を歩けているだけでも、僕は十分凄いと思う。実戦慣れしていない隊員なんて、かわいそうに地べたに座り膝を抱えて震えているよ。
濃厚な殺気を容赦なく撒き散らしながら、口角を上げ微笑んでいるようにも見える少年。
ほんとに人間か?……どんな育ち方をすれば、十年でこんな化け物が育つんだ。
あの剣聖のそっくりさんも、執事服のお爺さんもかなりの手練れだ。それでも、フィヨルくんと比べてしまうと大きく見劣りする。土下座で許してもらえないかな。
ほんの数十メートルの距離が、物凄く長く感じた。
「今回は、我ら聖地管理委員会の隊員が大変ご迷惑をおかけしました。代表者として心からお詫びいたします。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私は神聖国家エラトニア聖地管理委員会代表、委員長のフェラン・クラーゼンと申します」
フェランは国王に謁見するような、恭しい態度で地面に片膝をつき、少年に頭を垂れる。
「副委員長クアリス・レイバです。僕からもお詫び申し上げます。神への信仰こそ第一と考える我が国の人間が、それを堂々と破るんですから目も当てられません。弁解の余地はありません」
フェランに習うように、地面に片膝をつき頭を下げて同じ姿勢になった。
後頭部にフィヨルくんの殺気交じりの視線を感じる。本気で怖い……尻尾を巻いて逃げ出したい。
なんとか震えるのをこらえようと、全身に力を籠めた。
それから、数秒……フェランとタイミングを合わせて顔を上げる。
全身から噴き出す汗。暑いとかじゃなく冷汗だ。銀色の虹彩は、どこか人間離れしているようにも見えた。
少し目が合っただけなのに、百回は自分の死を妄想した。自分に向けられた濃い殺気に思わず口元が歪みそうになる。この殺気は癖になるかもしれない……ちょっとだけ殺り合ってみたい。自分で言うのもなんだが、僕は変態だ。
「この度は完全に我らが落ち度。無能とも呼べる判断しか出来なかった部下たちには、私の名の下にそれに準ずる罰を与えます。どうか剣を引いてはいただけないでしょうか?」
フィヨルくんは、拍子抜けするほど、あっさりとその息苦しさすら感じさせる殺気を解いた。えっ……思わず声が漏れそうになる。
「はい、全部お任せします。フェランさん……今回の依頼は無かったことにしてもらいたいんですが」
「分かりました。すべてはこちらの落ち度です。依頼放棄にならないことを、お約束します。口約束がご心配なら一筆したためますが」
「いえ、そこまでは別にいいです。ではボクたち三人は、これで失礼します」
「この度はフィヨル殿の寛大な判断に感謝を、出来れば日を改めてお詫びをさせてもらいたいのですが、こちらの都合で悪いのですが五日以降、好きな時で構いませんので、首都エラトニアにある我らが聖地管理委員会事務所を訪ねてはいただけないでしょうか?」
「ほー詫びか、それなら美味いものをご馳走してくれよ」
僕たちのすぐ後ろに、ダリューンという名の赤髪の偉丈夫が立っていた。フィヨルくんの殺気が邪魔をしたとはいえ、彼の接近をまったく気付けなかった。
「ダリューン……殿でしたね。日程を調整するのに少しお時間をいただくかもしれませんが、神聖国家エラトニアで一番美味しいと評判の店の予約をお約束します」
「美味いもんが食えるんならいくらでも待つぜ。わりいな兄ちゃん、楽しみにしてるぞ」
ダリューンは、そういうと嬉しそうにフェランの肩を叩いた。
「お待ちくださいフェラン様、その者たちは我らの仲間を見殺しにしたのです。しかも、エラトニアのために力を貸してくれた上級冒険者たちまで殺したのですぞ」
声を荒げたのは、今回の聖地奪還任務の責任者を任せられた人物だった。
あれだけの殺気を向けられて何も感じなかったのか……馬鹿なのか、確かどこかの大きな商家の一人息子だったかな、早死に希望なのか、単なる自殺志願者なのか、〝まーどうでもいいか……〟僕は有無を言わずに剣を抜きその隊員の首を刎ねる。
ごとりと音を立てて落ちる頭と倒れる体。
「いやーすみません。こんなに馬鹿が多いとは僕も知りませんでした。自分たちが、まともな判断ひとつ出来ないせいで迷宮の暴走が近付いているのに、こいつらは自分がしでかしたことを分かってないんです。神聖国家エラトニアの兵士と国民がこの後何人死ぬのか……幾つの町や村が滅びるのか……考える頭もないんですから、本当にバカばっかりですよ。神の名にかけた誓いを穢しておいて、自分たちが正しいと言えるんですから、神聖国家の名に泥を塗ってくれますよ、国家反逆罪で家族共々焼かれても文句は言えませんね」
そこにいた全ての隊員の顔が、僕の言葉で青くなる。それでもフィヨルくんは、無表情のまま我関せずな様子である。
「そうなんですか大変ですね頑張ってください。ボクらは自分に振りかかる火の粉は自分で払えますんで、あ……食事だけは楽しみにしています」
フィヨルくんたちは、そう言い残すと、子供が遊びに使う不思議な乗り物?板?に乗って去っていった。
その場に固まるように立ち尽くす隊員たちを見回す。
暫くして、神聖国家エラトニアの紋章が入った鎧を身に着けた兵士たちが現れる。兵士たちは隊員たちを取り囲んだ。
「クアリス説明を頼む」
フェランの隊員たちに向ける瞳も心なしか冷たく見える。隊員たちに抵抗の意思はなく、既に武器も地面に置かれている。
神聖国家エラトニアでは、人を殺すためには特別な手順を踏まなくてはならない。
指揮官である隊員の首を僕が刎ねた時点で、彼らも気付いているだろう。
「はい注目。まずキミらがフィヨルくんに付けた言いがかりについてだけど、大人なんだから知っているよね?フィヨルくんはキミらの前で宣言したはずだ。それも神の名にかけて誓ったんだ。この国に最も重視すべきは神への信仰だ。誓いに準じて手を出さなかった彼は正しい。それともなにかい、キミらは自分たちが見下していた相手が強いと分かったら、今度は強いんだから助けてくださいと縋りつくのか?神を裏切ってまでやることか?彼を呼んだ僕が原因だと考える隊員もいるだろうが、フィヨルくんがいなければ縋り付く相手すらいなかったんだ。未来は変わらず全滅だよ。ミーシャ、フィヨルくんたちが迷宮で倒した黒い木の巨人の数は数えているかい?」
「四十三匹です……」
「うんうん、それに引き換え上級冒険者たちが倒せたのは、三つのパーティー十五人でようやく七匹だ……七匹!彼らが数を減らさなければ、魔物を引き付けなければ、元々迷宮からも出ることも叶わなかったんだよ。実際、上級、上級と威張っていたライセンス持ちたちは、喧嘩を売って瞬殺されちゃったわけだ。彼らの実力が分かっただろう。自分の首に付いた傷を見て忘れぬことだ。人間の中にも化け物がいることを、これだけの迷宮が出現したのは数十年ぶりなんだ。フィヨル君たちが去ったいま迷宮攻略は難しいだろうね、赤錆山は首都エラトニアからもそう離れていない、首都が落ちる可能性だってある。被害予測は甚大で下手をしたら最大十万人近い国民が魔物の餌になるかもしれないんだ。僕らはこういう事態を事前に防ぐために国から高い給料を貰っているんだよ。責任のある立場なんだ。自分たちが偉いと勘違いして、図に乗り、十万人ちかい人間の命を危険に曝したんだ。君たちはどうやって償う!」
「クアリス、もういい、その辺で止めておけ。武器を抜いた者はひとまず全員連行しろ、待遇は罪人と同じだ。それ以外は全員反省室送りとする」
兵士たちに促されるまま、隊員たちは肩を落とし歩き出す。
そんな彼らに一人の兵士が言い放つ。〝何が聖地管理委員会だ。いつも偉ぶってこの様かよ、万が一首都が落ちたら俺はてめーらをぜってー許さねえからな〟聖地管理委員会は、この国ではエリートと呼ばれる人間が配属される部隊だ。妬みも多い。
みんなへこんじゃったかな、それでも容赦はしない。僕は性格が悪いんだ。
「いやー、これじゃー彼らの家族が近所から石を投げられるかもしれないね。対策が必要かな」
そんな言葉を連行される隊員たちにも聞こえるように吐き出す。フェランのげんこつが頭に降ってきた。〝いたっ〟エリート面した馬鹿どもには、これくらいのお灸は必要だと思うんだけどね。フェランは優しすぎるんだよ。
隊員の中には、声を殺し泣く者もいた。
ミーシャは、今回の一件を真っ先に止めようと動いたことを評価され、他の隊員に比べ罰は軽減された。
読んでくださった方。ブックマークしていただいた方。評価をくださった方。いいねをくださった方。ありがとうございます。




