16-2 誓いを破った代償 2
(ミーシャとクアリス視点の話です)
残酷な描写が多めです。苦手な方はご注意ください。
✿ミーシャ・トリンメルの視点
絶望――。
私は腰が抜けそうになるのを、必死に足を踏ん張って堪えたにゃ。五日間一緒にいたのに、私は何一つ彼らの強さを理解出来ていなかったのだ。殺気を当てられただけで体が動かせない。
いや……動かせるのかもしれないけど、死にたくないという気持ちが、それを拒絶する。
フィヨルくんは、剣を抜いた隊員たちの元へと歩き、彼らの武器で首の皮一枚を、軽く血が流れる程度に目印でも付けるように切っていく。耳元で何か呟いているようだけど、獣人の耳を以ってしても距離が離れているせいで聞こえないのにゃ。
少しでもずれれば血は一気に噴き出すだろう、あれは怖い奴にゃ、トラウマ確定にゃ。心に恐怖を刻むやばい、やばい印にゃ。
フィヨルくんが十人目の隊員をまわり終えた時、ようたく待ち人二人が姿を見せた。
遅いにゃー!
✿時は少し遡る
何もできないまま、あのパーティーを見捨てた後、私は通信用魔道具を使いクアリス様に連絡を入れた。
どちらが正しいかと聞かれれば、神様への誓いを守ったフィヨルくんが正しいにゃ。それでも、同僚やライセンス持ちを見捨てた、フィヨルくんたちを非難する声は多いはず。
こういう状況で、自分の過ちを素直に認めることが出来る人間は多くない。身近な人間が死んでいるとなれば尚更だ。正しいか正しくないかより、人は感情で動いてしまう生き物だにゃ。
だから私は、同僚たちが一人でも多く助かるようにクアリス様に助けを求めた。
私は、フィヨルくんがみんなの前で〝どんな危険な場面でもお互い助けは求めない、手を差し伸べない、どちらが見捨てても恨みっこなし……〟と、神の名にかけて誓ったことを、既に報告していた。
だからこそ、今回の通信では、起きたことだけを簡潔に伝えたにゃ。他のパーティーより助けを求められたが、誓いに従いフィヨルくんはそれを拒絶したと、現在の状況を早口で説明した。
✿クアリス・レイバの視点
僕は、ミーシャからの通信を終えるとすぐに動いた。
向かうは、建物の最上階、聖地管理委員会の委員長室だ。ノックをして返事を待たずに扉を開ける。
「クアリスか、お前からこの部屋に顔を出すのは珍しいな、何があった?」
「フェラン聞いてくれ……赤錆山迷宮の調査中に問題が起きた。僕一人じゃ解決できなそうもないんだ。助けてくれ」
「昔からの仲だし、二人の時はいいが、外ではきちんと委員長と呼べよ」
僕と委員長のフェラン・クラーゼンは幼馴染である。
今回起きたことと、これから起こるであろう、自分が予見する未来を掻い摘んでフェランに説明する。
「なるほど、話を聞く限りフィヨルという少年は間違っていない。もちろん他国であれば、彼の行動は批判されるだろうが、だがここは神聖国家エラトニアだ。神の名にかけて誓ったのであれば罰せられるのは我らが隊員たちであろう。とは言ってもだ……いつものキミならその有り余る力でこれくらい押し通したと思うのだが、今回はそれが通用しないほどの相手なのか」
「うん。実際見たわけじゃないから断言は難しいけどね、彼らの相手は僕一人じゃ無理だと思う。なのでキミも一緒に巻き込まれてくれ、そして、やばそうなら僕の盾になってくれ!」
「クアリス、私はキミの上司のはずだが……それにしても、それほどの相手か、宝剣を持って行った方がいいかもしれんな」
首都エラトニアから赤錆山までは、途中の町や村で馬を乗り継ぎ無理をすれば、三日で行くことも可能だろう。もちろん普通の馬ではなく特別な馬を使えばだが、フィヨルくんたちのパーティーには、迷宮探索に必要な『方位感知系統』の能力者がいない。ミーシャの予測では迷宮を出るのも、それなりに時間が必要だろうとのことだった。
すぐに出発すればギリギリ間に合うかもしれない。
そこからは、休憩時間も睡眠時間もろくにとらずに、途中の村や町で馬を交換しながら先を急いだ。
馬の準備があるため途中の町で、一、二時間仮眠はとったが、三日間ほとんど眠らず走り続けた。
赤錆山のベースキャンプに到着するころには体力が限界だった。何の連絡もいれず、この場に来た僕らを見た隊員たちは驚いていたが、強く口止めし、フィヨルくんのパーティーが迷宮から出てくるまで間、少しだけ眠って待つことにした。
浅い眠――。先に起きたのはフェランだった。僕も遅れて目を覚ます。
「クアリス、お前が一人で行きたくないというのも納得だな。気配だけでフィヨルという少年たちがまともじゃないのが分かる」
フィヨルくんたちが迷宮から出て来たのだろう。フェランは先に目を覚まし、既に真っ白な全身鎧を身に纏っていた。腰には神聖国家エラトニアの宝剣ルビコンを吊るし、準備万全で僕が起きるのを待っていた。
「流石委員長様だね。僕より早く気配に気付いて目を覚ますんだから大したものだ」
「同じ感知系能力を持つお前にだけには言われたくないぞ。それにしても……能力を持たずとも、これだけの相手を図りかねるとは、うちの隊員は無能の集まりか」
「仕方ないんじゃないかな、最近エリート部隊だなんて言われて調子づいていたからね、コネ入隊も増えてるし、無能が増えるのも当然かな。そろそろ隊を解体してもいい頃合いじゃないか、元々お試しで立ち上げた部隊なんだろうしさ」
僕ら二人が外に出る頃には、日もだいぶ傾きはじめており、フィヨルくんたち三人と十人を超えるライセンス持ちたちが睨み合う一触即発の状態だった。
ミーシャが両者の間に立ち、事態を落ち着かせようと動いてはいたが、そんなミーシャの頑張りを無駄にしたのも、僕らの部下であり、彼女の同僚である隊員たちだ。
相手の力量ひとつ見定められない隊員たちには、本当に飽きれてしまう。
上級冒険者たちが死ねば聖地奪還にも、大きな遅れが生じるだろう。
急いで止めなくては……前に踏み出そうとする足を、思わず止めて見惚れてしまうほど、その男の剣戟は洗練されていた。
人の背丈はある大剣を片腕で軽々と扱う姿にため息が漏れる。隣を見る。フェランも同じように、その剣戟に目を奪われていた。
僕はあの男が、自分は剣聖パライバの生まれ変わりだと言うのなら、それを妄信する自信もある。
それほどまでに、男の剣は素晴らしかった。
僕らが剣に見惚れる間、無情にも次の一呼吸で、十五人もの上級冒険者が斬られて肉片が飛び散った。




