15-2 赤錆山迷宮は鐘の音の後に変貌する 2
(残酷な描写が多めです。苦手な方はご注意ください。)
ベースキャンプに帰還ってミーシャは簡単に言ったが、恐らくボクらにとって、それは魔物を倒すよりも大変なことだ。
妖精の鐘が鳴ると同時に、迷宮の形も大きく変わってしまった。森だけに、全方位に木があるから分かりにくいけど、鐘が鳴りはじめてから鳴り終わるまでの短い時間で、周囲の木の位置が幻想でも見せられているのかと感じるほどズレた。
帰り道どころか、方角だって分からない。迷宮探索を専門にするパーティーが『方位感知系』の能力持ちを必ず入れるのは、迷宮にはこれがあるからだ。
二千冊にも及ぶ兵士の記憶と能力が記された『知識の書』なら、方位感知系統の能力のひとつやふたつくらいあるだろう。ただ、二千冊にも及ぶ本の中から、能力を示す一行を探すとなると、それだけで何日かかるか……今回は『神樹の翁』と『神竜の王』の仮の肉体に宿る能力『直感』を頼りに進むことにした。
『直感』は自らの生死に直結することへの〝勘〟が良くなる能力であり、方位や迷子にも、その力を発揮するかはかなり微妙だ。
それでも、何も持たないボクよりは彼らの指す方角の方が、まだ正解に近い道を示せるはずだと信じることにした。
これも迷宮が形を変えた影響なのだろう。距離が離れているため、本来出会うはずのなかった他のパーティーとボクらは遭遇した。しかも〝土下座して頼むんなら、迷宮の中であぶねーときに一度くらいは助けてやってもいいんだぜ……〟とドヤったドワーフ似の男と、ボクを〝しょんべん臭いガキ……〟と上から目線で宣った酔っ払いが一緒とは、奇妙な巡り合わせである。
彼らも黒い木の巨人と戦闘中だ。火力が足らず、明らかに魔物の再生速度に攻撃が追いついていない。
僕らも、ボクたちに気付いたんだろう。後衛にいた男が手を挙げながら声を上げる。
「おーい、人数が多い方が魔物への対応も楽になるはずだ。協力しないか」
距離は、まだ二、三十メートルは離れている。
「遠慮しておきます。リーダーから何も聞いていないんですか?どんな危険な場面でもお互い助力は求めない、どちらが見捨てても恨みっこなしって神の名にかけて誓ったんですよ。悪いんですが、その魔物は自分たちの力でなんとかしてください」
「何を言っているんだ。お前らの前にだって同じ魔物がいるのが見えないのか。こいつはひとつのパーティーでどうこう出来る魔物じゃない。ここは協力して戦うべきだろう」
ボクの話が終わるまで様子を見ていたんだろう、話が終わると、神樹の翁と神竜の王が、目の前の黒い木の巨人を瞬殺、切り刻んだ。
「ボクらにとってこいつらは敵じゃないんです。それじゃーベースキャンプで会いましょう」
「待ってくれ……助けてくれよ!同じ冒険者だろう、仲間だろう俺たち」
「あのさ……ボクを同じ冒険者と認めずに馬鹿にしたのは、そこにるあんたのリーダーなんだ。土下座して頼むなら助けてやる……でしたっけ?ボクは土下座して頼んでも助けませんけどね。それじゃー頑張ってください」
戦闘中だからだろうが、パーティーのリーダーは口を閉ざしたままだった。
「ミーシャさん、お願いです俺たちは同じ聖地管理委員会の同僚じゃないですか、助けてください」
ボクに縋ってもどうにもならないと思ったんだろう。そのパーティーの同行者は、ミーシャの名を叫ぶ。同行者は、持ち運び型の聖域と呼ばれる防御用魔道具を持たされてはいるが、それにも限界があり長くは持たない、持って数字を二百か三百数える程度だとミーシャは話していた。
「フィヨルくん……彼らを本当に助けてあげないのかにゃ?」
ミーシャはいまにも泣きそうな顔でいう。ボクが人間であったらこの顔を見て同情のひとつもしたんだろうか?いや……理解できないことは、考えるだけ無駄だ。
「神の名にかけて誓ったんですよ。それにミーシャも見ていたよね?しょんべん臭いガキに本気で頼るわけないじゃないですか、ボクを笑う実力者なんですよ。あんなの楽勝です」
「でも……それは……アンドリューさん、ダリューンさん、お二人からもフィヨルくんを説得してくださいにゃ」
「ん?ワシも話を聞いたが、ワシらを馬鹿にしたのはあやつらのほうじゃろ、小僧はこの国のルールに乗っ取り神の名にかけた誓いも立てたはずじゃ、そんな者らに情けはいらんじゃろう。この世は弱肉強食だ。己の力を過信したのじゃ自業自得じゃよ」
「同感だ。俺らの力と自分の力を計れないあいつらが未熟なだけだ。どうしても助けたいならお前ひとりで行け、その前にきちんと通信用魔道具で俺らの面倒にならないように報告は入れろよ」
結局ミーシャは助けには入らず、歩きはじめたボクらに追いつこうと足を速める。それでも、あの同行者は諦めきれないようだ。
「お願いです。ミシャさん、ミシャさーーーーん助けてください」
同行者の涙ながらの訴えに、ミーシャは、自分の頭の上に付いた猫耳を両手で塞いだ。
・・・・・・
『直感』頼りがいけなかったのか、彷徨い続けて既に三日……。ようやく出口が見えて来た。次に迷宮に入る時には、迷宮の形が変わっても自分たちの居場所を見失わないよう、『方位感知系統』の能力を獲得した方がいいのかもしれない。
やっとの想いで迷宮から出たボクたちを待っていたのは、先に戻ったライセンス持ちと隊員たちの責めるような視線だった。




