15-1 赤錆山迷宮は鐘の音の後に変貌する 1
迷宮には、魔力が豊富で、魔物や宝箱や特殊鉱物や宝石を産み続ける活動状態にある活迷宮と、魔力のほとんどを失い、小さな生物しか産み出せなくなった死を待つだけの廃迷宮の二種類がある。
特に生まれたばかりの若い迷宮は魔力に溢れ、コロコロとその性質を変えがちである。そういった迷宮は、時として人の想像も及ばない化け物を生み出すことさえあるのだ。
赤錆山迷宮の誕生は、聖地に住み着いた木の魔物が原因であるとされている。
もし、迷宮が更に変異を続け、この先見たことのない化け物を産み落とすとしても、その多くは植物に起因した魔物になるだろう。
大きな魔力を使い産み出されるものは、迷宮を造る原因となった、魔力暴走の引き金となったモノの影響を強く受けやすいからだ。
願わくば、迷宮崩壊を告げる鐘の音が鳴り響きませんように。
✿猫人族ミーシャ・トリンメルの視点
フィヨルくんたち三人とその同行者でもある私は、時折襲って来る魔物を倒しながら、赤錆山迷宮の調査を行っていた。といっても、私は、一切手を出さずに後ろで見守っているだけですにゃ。
剣の腕には、少しは自信があったんだけど……ダリューンさんの戦いを見ていると、どんどんその自信が崩れていくにゃ。
ちなみに猫人族の子供は、何故か語尾に〝にゃ〟を付けて喋りがちである。大人になるにつれてその癖が抜けていくんだけど、私は大人になってもその癖が抜けなかった。
迷宮に来てから数日は、夜に襲ってくる魔物を倒してしまえば、日中に魔物が姿を見せることはなかった。
それが、昨日くらいから、狩っても狩っても、時間に関係なく魔物が現れるようになったのにゃ。
定期連絡によると、迷宮に潜っている他のパーティーからも同様の報告があったとのこと。報告を受け、ベースキャンプにある指令本部では撤退のタイミングを探っている。
何も起きなければいいんだけど……。
その時だ。迷宮内の森には似つかわしくない鐘の音が木霊する。
「ゴーン……ゴーン……」
何度も打ち鳴らされる鐘の音。迷宮の異変を知らせる妖精の鐘である。
妖精が鐘を叩く姿は一度も見たことはいないけど、昔から迷宮に変化が訪れるとき、妖精が鐘を鳴らすと伝えられている。
急に鳴り響く大きな音に、思わず私のチャーミングな猫耳は震えた。
「ほー、これ坊主が読んだ本に書いてあったという、迷宮の異変を知らせる妖精の鐘の音ってやつか、風の音とかじゃなく、ちゃんとした鐘の音をしているんだな」
「うむ、なかなかに風情のある音じゃのう、良い音じゃ」
アンドリューさんとダリューンさんは、驚くでも慌てるでもなく、呑気に鐘の音を楽しんでいた。問題は鐘の鳴った回数だ。
「なに、呑気なことを言っているにゃ、迷宮の変化を知らせる鐘の音なんですよ!みなさんは化け物なんで何が起きても対応できると思いますが、もう少し緊張感を持ってくださいにゃ。なによりこの鐘の回数はまずいですにゃあー」
「十回以上打ち鳴らされた鐘は、迷宮が崩壊する予兆の報せですか……」
「そう。フィヨルくんの言う通りですにゃ!この鐘の回数は迷宮が崩壊して、中の魔物が外の世界に解き放たれるという予言めいたものなんですにゃ」
思わず声が大きくなる。といっても、彼らがいれば何が起きても大丈夫だろうと、どこか他人事な私がいる。ここ数日の彼らとの共同生活で、私も色々と染まってしまったらしい。
唯一許せないことがある。
女である私ですら長く体を拭いてないことで少し匂うのに、この三人ときたら男なのにまったく体臭がしないのだ。フィヨルくんなんてちょっと良い匂いがすることがあるし、めっちゃいい香りにゃ~獣人族は人族に比べて鼻が良いから、これだけはどうしても気になってしまう。
なんて羨ましい体質なんだろう、私は心の中でぼやいた。
ややあって、見たこともない黒々とした木の体を持つ人型の魔物が現れた。
太い幹からは二本の枝が腕のように伸び、枝の先には、人の掌に似た枝すらある。はじめて見る魔物だ。拳の一振りは、今までこの迷宮で会ったどの魔物よりも力強い。何度斬り落としても木の腕は生えてくる。背丈も四、五メートル、思わず呼吸するにも忘れて見上げてしまう。
名前を付けるなら黒い木の巨人だ。
植物の魔物は総じて再生能力が高いのだが、ここまで再生が早い魔物は初めて見る。ちょっと、まずい状況なのかもしれないにゃ。
「刻んじまえば、何とかなりそうだな」
「では倒すのは二人に任せて、ボクは破片の集めに集中しますね」
アンドリューさんとダリューンさんに戦いを任せ、フィヨルくんは、辺り一面に散らばった魔物の腕や体だった木材を拾っていた。私の心配は杞憂だったみたいにゃ。
ホントにもー、この三人が一番の化け物にゃ。
その時だ。服の中で通信用魔道具が震えた。ベースキャンプからの緊急通信である。
「みなさん本部から連絡ですにゃ。一度作戦を練り直すので至急ベースキャンプに帰還してほしいとのことですにゃ」
私は、大声で叫んだ。




