14-3 赤錆山迷宮 3
境界線のようなものなのだろう。一歩前に足を踏み出した瞬間。
目の前に広がっていた景色が一変する。これが迷宮化なんだろう。といっても中に形成されているのも森の迷宮だったため、そこまで大きな違和感はない。
広くなったとか、木が増えたとか、しかも見たことがない木ばかり……これくらいだ。
迷宮化――。
魔力暴走によって引き起こされる事象だと言われているが、いまだに謎は多く解明は進んでいない。はっきりと言えるのは、迷宮内部をどれだけ破壊しようとも、時間とともに迷宮は勝手に回復する。
そう!木も斬り放題である。
『神樹の翁』もはじめは〝やめろー木も生きておるんじゃぞ〟と抵抗していたが、〝ベッドで眠るためには必要な犠牲なんだよ!お爺ちゃん〟この一言で嬉々として自らが率先して木を切倒しはじめた。
必要な量の材木が集まったら僕の『合成』で小屋を作る。
一番最初に『合成』で産まれた小屋は、窓も扉も屋根もない……単なる木の枠組みだった。
これには、〝屋根がないぞ……屋根が……ぶはっ〟〝坊主、か……壁だけって、坊主……ぶはっ〟神樹の翁と神竜の王は、腹を抱えて笑い転げる。
二回目、三回目と繰り返す度に精度と質も向上していく。七回目の挑戦で、ついに木の窓と扉がかろうじてひとつだけ付いた、雨風の凌げる小屋が完成した。
それを横で見ていたミーシャは、驚きのあまり口をあけたまま固まっている。
出来た小屋に『竜の胃袋』から、家具屋であらかじめ購入しておいたベッドやテーブルやソファーを取り出して並べていく。
その後も小さな模型を作る感覚で、三十分の一程度の大きさの家を繰り返し作る。失敗したら木の塊に戻し、何度も挑戦する。何度か試すうちに発見もあった。家と家具を一度に作ろうとすると、かなり出来の悪い物になってしまうようで、それぞれ別々に作った方が製品の完成度も上がるみたいだ。
驚き過ぎて声も出ないというやつか、ミーシャは未だに言葉を失ったままだ。
日も暮れて来たので、小屋の中に入り、出発前にミーシャが調達してくれた、日持ちのする固いパンを、余った木で創った皿の上に盛り付け夕食にする。
「そうだ、ベッドが三つしかないからミーシャはソファーで眠ってね」
「分かったわソファーね……じゃないにゃ、どうして迷宮の中にこんなに立派な小屋が、しかも一瞬で出来上がるにゃあ」
「一瞬じゃねーだろ、もう夜だしな、結構時間がかかっただろ」
「うむうむ、小僧もまだまだ未熟なようじゃのう、待っている間どれだけ退屈じゃったか」
「そうじゃなくて……どうして木が小屋に変わるのにゃ」
「ねぇミーシャ、能力についての質問はマナー違反だよ」
「分かっているにゃ、でも……あああーーわかったにゃああ」
ミーシャは自分の頭を両手で搔きむしった。獣人ってノミとかいるんだろうか、一人疲れた顔で深呼吸を繰り返す。過呼吸にならないか心配である。
不満そうではあるものの、ミーシャは納得?してくれたようだ。能力を話したくない相手への追及はマナー違反である。法律で禁じられているとか、破ったら罰があるといったものではない。
迷宮初日、食事の後もミーシャはウルサかった。
夜の見張をどうするのかと気が気でない様子。魔物が近くに来れば目を閉じていても分かるし、その都度起きた人が退治するという話で終わらせたのだが、ミーシャだけは最期まで納得せず不満顔である。
最終的には、大きなため息をつきながら諦めたように〝あなたたちは迷宮の恐ろしさを知らないのにゃ!絶対後悔するんだからっ〟と捨て台詞を残しソファーに飛び込み頭から布を被ってしまった。
翌朝、歯を磨くために外に出たミーシャが大声で叫ぶ。
「これは、一体何なのにゃああああ」
小屋の周りには大量の魔物の死体が転がっていた。
解体は夜が明けてからにしようと、倒した魔物をそのままにしたことで、血の匂いが別の魔物を呼び、その都度起きて殺していたのだが、朝にはとんでもない数の魔物の死体が、小屋の周りに積み上がってしまった。
早速、手分けをして解体をはじめる。使えそうな素材は『合成』で仕舞い易い形に変えて『竜の胃袋』に放り込んでいく。
殺した魔物の骨や皮に噛り付くのは、形を変えているとはいえ気持ちが悪い。ミーシャは、山と積まれた魔物を見て固まっていた。ミーシャは大袈裟なくらい、驚きやすい性格みたいだ。
「あの……この魔物の死体は一体……なんですにゃ?」
「昨日、寝る前に話したじゃないか、眠っている間に小屋に近付く魔物がいたら起きた人が倒すって」
「そうじゃなくて……流石にこれだけの魔物が襲ってくれば、私も目が覚めたはずにゃ」
「魔物とて寝込みを襲うつもりで来たのじゃ、わざわざ大きな音は立てたりせんよ。小僧から、ミーシャ殿が気持ちよく寝ているから、音を立てずに殺そうって言われておったしのう、断末魔の叫びひとつ許さんかったぞ」
何か言いたげな顔をしていたが、ミーシャはその後、口をきつく噤んだまま遠くを見ていた。
僕らは気にせず朝食の準備をはじめる。あらかじめ調理する前に、合成の能力のひとつ『抽出』で、魔物の肉から臭みや毒や寄生虫は除去済みなのだが、安全だと説明してもミーシャは魔物の肉を口に入れようとしなかった。
迷宮産の魔物の肉には毒があるというのが常識なんだそうだ。ミーシャは結局固いパンを水に浸しながら、納得できないといった顔で、時折頬を膨らませては、パンを無言で口に押し込んだ。




