11-2 虐殺 2
残酷な描写が多めです。苦手な方はご注意ください。
「ヘッケラーだ。ヘッケラーを至急連れてこい」
この要塞の司令官である将軍アンドリウス・サラビアは、目の前の机を拳で叩きながら声を荒げた。
最初は一人の賊の侵入など、すぐに片付くだろうと誰もが思っていた。
それが今や指令本部は右往左往の大わらわ、夢の中にいた高官たちも叩き起こされた。
指令室には、要塞で最も位の高いアンドリウスをはじめとした三人の将軍と、高官たちが集まり対応に追われる。
指令室に息を切らし伝令が駆け込んでくる。
「速報です。現在、第四、第五、第十三、第十四部隊が壊滅。他の部隊にも死傷者多数。死者は三百人を超えたと思われます」
「大事な兵を三百人も失っただと……殿下に合わせる顔がないではないか、えーい、ヘッケラーはまだなのか」
アンドリウスをはじめとした高官たちは頭を抱えた。誰が想像しただろう単身で乗り込んで来た賊が、これほどまでの痛手を自分たちに与えるとは……しかも、ことの発端は付近を見回りする部隊の不始末だ。
これだけの兵士が死ねば、隠し通せるはずもない。
下手をすれば自らが忠義を尽くす、第一王子の王位継承権すら危うくなる。
それほどまでの失態だ。
別の兵士が部屋に駆け込んできた。
「お伝えします!ヘッケラー部隊長を連行しました」
「早く、ここに連れてこい」
兵士たちに引きずられながら、ひげを蓄えた、三十代後半の男が指令室に入ってくる。
部屋にいたすべての者の視線が、その男に向けられた。ヘッケラーはおどおどした態度で、ただただ下を向き汗を流す。顔色も青ざめている。
「貴様がヘッケラーか、貴様の部隊が村を襲い、女を犯した後、野盗の仕業に見せかけて住人を皆殺しにしたというのは事実か!?」
「アンドリウス将軍……あの者は嘘をついているのです。……あれは野盗の仕業です。我々が村に到着した時には既に村の者たちは殺されておりました。……わかりましたぞ!あの者が村を襲った野盗なのです。あのような戯言に惑わされないでください」
ヘッケラーは、必死だった。床に額を擦りつけ身の潔白を声高に叫ぶ。
アンドリウスは、ヘッケラーの後ろに立つ一人の兵士に視線を送った。兵士は首を左右に振る。兵士は『真偽眼』の持ち主だった。
「嘘をついたな……真偽眼持ちがいる場所で平気で嘘をつくとは、この戯けが!ヘッケラー及びその部下全員を拘束、至急牢に入れろ。賊は一人、いかに強くとも人間はいずれ疲弊する。賊を殺した後ヘッケラーとその部下たちの処遇を決める」
賊一人を倒すために、要塞にいる全兵力を投入する。
相手がただの人であれば、アンドリウスの決断は正しかったはずだ。
戦いは続き、やがて夜が明け、空が白む。
風に乗る血の匂いも……ますます強くなっていく。
兵士以外の住人たちは、建物からの外出を禁じられた。
伝令兵が指令室に駆け込んできた。
「速報です……死者が五百人を超えました。敵は推定超級冒険者と思われ、無尽蔵のスタミナから神話級冒険者の可能性もあります」
国の多くは、冒険者に非公式の位階を付けて管理している
下から初級冒険者→中級冒険者→上級冒険者……稀に現れる人智を超えた強さを持つ冒険者を超級冒険者と呼ぶ。更に上位の存在を、神話に登場するような英雄に並ぶ者として神話級冒険者と呼んだ。
基準は国ごとにまちまちではあるが、上級以上の冒険者の情報となると、同盟関係にある国と共有することもある。
あくまで国内にいる冒険者を把握するための制度である。
過去に、一人の冒険者が、数百、数千に及ぶ魔物や人間を殺した事例は複数存在する。
それでも、そのどれもが大規模破壊系能力によるもので、今回のように、たった一人の人間が、兵士一人一人の喉を切り裂いて殺していくなんて話は聞いたことがない。
普通の人間であれば、百人も斬れば疾うに剣を握る握力すら失っているだろう。
伝令兵からの報告が高官たち顔色を変える。戦いがはじまり、数時間は経過しているはずにも関わらず賊は衰えることなく、一向に疲れが見えないという。
他にも気になることがある。
賊の近くにいた兵士が、蛇に睨まれた蛙のごとく動けなくなったように見えた。と……。
誰もが、その力の正体を異能によるものだと考えた。
「アンドリウス、ワシが出よう。これでもダッカス王国が誇る最高戦力である将軍の一人だ。超級冒険者とは手合わせしたことがあるからな、すぐに片付けて戻って来よう。ヘッケラーの件は、末端の兵士たちを甘やかし過ぎたワシらの落ち度だ。ケツを持つのが上のモノの役目だろう」
将軍の一人が重い腰を上げる。全身が筋肉の鎧で覆われた二メートル近い身長の大男。名はエドガルド・バレード。巨大な戦斧を扱うことから狂斧のエドガルドとも呼ばれ、多くの戦果を残してきた生ける伝説である。
……一時間後、指令室に伝えられたのは、エドガルド将軍の勝利ではなく……賊に敗れ死亡したという報告だった。
今回の事件は、戦死者が千人を超えた時点で、通信用魔道具を使い王都にも報告されていた。
✿
数日後。第一王子と王位を争う、第三王子派閥の貴族たちによって、ヘッケラーの犯した罪と共に、この事件は嬉々として市街に流され、多くの国民の知るところとなった。
たった一人の冒険者によって、ダッカス王国最大の要塞は落とされ、最強戦力と呼ばれる三人の将軍と二千人近い兵士を失ってしまったのだ。
多くの優秀な兵士を失った責任をとって、第一王子は王位継承権を剥奪された。
しかし、事件はこれだけでは終わらない。
第一王子と王位を争っていた第三王子が空いた王位へ……とはならなかったのだ。
第三王子派閥に所属する兵士の中にも、ヘッケラーの部隊と同様の問題を起こしていた兵士が複数人いた。
第四鉱山の要塞ほど被害は出なかったが、パスターユ領で行動していた第三王子派閥の兵士八百人が、同様の冒険者の手によって殺されてしまったのだ。
結局、第三王子の王位継承権も剥奪。
王位には穏健派としても有名な第二王子が座り、内戦は一気に終結をむかえることとなる。
殺された兵士にも愛する人が、家族がいた。
国民の多くは、兵士たちを大量虐殺した冒険者の断罪を望み声を上げる。第二王子も表向きはその冒険者を許さないと声明を発表するが、あくまでそれは表向きの話だ。
たった一人で、一般人ではなく、戦闘訓練を受けた三千人近い兵士を殺すような化け物だ。
しかも、全員が喉を一斬り。一撃で死んでいる。そんな者をまともに相手にしていては、更に多くの血が流れることになるだろう。
第二王王子は、これ以上その冒険者に関わるべきではないと、秘密裏に調査の打ち切りを決めた。




