9-2 国境の町ガルトレイン 2
体の構造上寝なくても問題は無いのだが、人間を知るという自分に課した課題をクリアするためにも、睡眠の真似事をしようと目を閉じる。
どれくらいの時間が過ぎたんだろう……扉を数度叩く音に気付き目を開けた。
〝ふぁーあ、どなたでしょうか?〟と、下手な演技をしながら言葉を返す。
扉が開き、軍服に身を包んだ二人の男が部屋の中に入ってくる。見上げるほど背の高いがっちりとした体形の二人、ボクの首など簡単に絞め殺してしまいそうな大きな手だ。
二人が差し出した手を握り返す。武器を振るい慣れたゴツゴツした豆だらけの固い掌、本当に人を簡単に絞め殺せそうである。
「起こしてしまったかな……すまない」
「気にしないでください」
握手をした後、二人のうち一人が、つま先から頭の先までボクを舐めるように見る。厭らしいというよりは、探るような視線。その瞳にラフラデールさんを思い出した。『鑑定眼』持ちかな……。
「キミに質問したい。キミは国境を越えてダッカス王国に入ろうとしている旅人と聞いたが、間違いはないか」
「はい、間違いありません。ダッカス王国を抜けて神聖国家エラトニアに向かおうと考えています」
「それなのにライセンスカードを持っていなかったのか……担当者には、このガルトレインの冒険者組合でライセンスを取得するつもりだったと話したそうだね、このことにも相違はないかい」
「はい、ライセンス取得はそれほど難しくないと聞いたもので、町に入ってから取るつもりでいました」
「嘘はついていないようだな」
質問をした男の目が微かに光る。もう一人は、トマソンさんと同じ『真偽眼』持ちなんだろう。『鑑定眼』と『真偽眼』を有する軍人の組み合わせ、取り調べにこれほど適した人材はないだろう。
最初にボクに鑑定眼を向けた軍人が前に出る。
「私からも質問がある。私は鑑定眼持ちなんだが、キミの能力を何一つ見ることが出来なかった。キミは鑑定眼に対抗する能力を持っているのか?」
「いえ、そんなものは持っていません。鑑定眼は力の差がある相手に対しては効かないものだと聞いています。そのせいではないでしょうか?」
「ほう、その若さで、軍人である私より君の方が上であると言いたいのか」
「ボクは、真実を言っただけです」
足止めされたことに、ボクはイライラしていた。
ボクは『合成の能力の器』に、成長の水を上限になるまで注いだ。
そこで、副産物的に手に入れた能力が『記憶の書庫』と呼ばれる能力だ。特徴は、死後九日以内の死体であれば、白紙の本と死者の有していた記憶や能力を合成して自由に読むことが出来る『知識の書』と呼ばれる本の作成。
『知識の書』は読む分には減ることも、壊れることもないが、その生物が持っていた能力を自分や他人に『合成』した際、その本は記憶ごと消えてしまう。
必要な能力を手あたり次第『合成』することも考えたのだが、取得できる能力の数に上限があるか分からない。
もし、上限があるとして、一度『合成』した能力の上に、他の能力を上書きすることが出来るのか?分からないことだらけだ。
ボクは能力の合成を最低限にしようと決めた。
いまボクが持っている能力は『合成』が進化した『合成と改造と抽出』、『記憶の書庫』、『切り替え』(不死ノ神と人族)、神樹の翁が勝手に組み込んだ『暗視』、殺した狼の記憶を『知識の書』にした際に偶然見つけた、狼の魔物が持っていた特殊能力『殺気操作』だ。
殺気操作――。
殺気というあやふやなものを、自分の描く形に操作する能力。威圧や金縛り、相手が自分より格下であれば、殺気を手のような形に変えて跪かせることも、転倒させることも、首を絞めて殺すことも出来る。
目の前に立つ胡乱な目をする二人の軍人の頭上から、実験ついでに『殺気操作』を使い膝をつかせる。思った以上に使い勝手が良い能力かもしれない。
ボクより体の大きな二人が、目の前で膝をつき首を垂れる。
「証明できましたか」
ボクの言葉に、二人は滝のような汗を流す。
「今のは一体……」
「ただの能力です。相手がボクより弱い場合のみ、動きを止めたりすることが出来る便利な能力なんです。自分より強い相手に使えないところは『鑑定眼』に似ていますね」
立ち上がった二人に、今度は『殺気操作』で金縛りにして、二人の首筋に指先で軽く触れる。ボクなりの妖艶な笑みを浮かべてみた。上手くいったかどうかは分からない。
「こんな感じに……お二人より力のない兵士なら動きを止めて、武器を奪ってボクはゆっくりみなさんの喉元を順番に切り裂くことが出来るんです。それをせず大人しく従ったのは、人殺しの趣味がないのと面倒事が嫌いだからですよ」
金縛りを解いた後も二人は、少しの間呆然となり固まっていた。
「分かった……明日には外に出れるように調整しよう。その時に預かっている武器も返却する。その代わりといっては悪いが、それまではここで大人しく待っていてほしい」
「分かりました。部屋から一歩も出ないことをお約束します」
その気になれば、いつでも外に出れますよ!ってことを言葉の中に含ませてみた。こんなやばそうな奴、早々に国外に追放しなければと思ってくれたなら大成功だ。




