9-1 国境の町ガルトレイン 1
浮遊石を乗り物に使わないのは、『鑑定眼』を使っても石の寿命が分からないからだ。
仮に馬車の客車に浮遊石を使ったとして、走っている最中に浮遊石が砕けでもしたら乗客が大怪我するだろう、下手をしたら死人が出る。
それに、浮遊石は石それぞれの浮く高さが異なり、同じ高さに浮く浮遊石を揃えるのは難しい。
二十センチ以上高く浮く浮遊石は危険とされ、使い道がないため廃棄扱いとなる。
ところがだ。『合成』は、他の石と合わせることで浮遊石の浮力を調整することが出来る。タダ同然で手に入れた廃棄扱いの浮遊石が、商品価値のある浮遊石に化けるのだ
石の寿命を変えられれば最高だったんだけど、世の中そう上手くはいかないらしい。
ここからが本題である!ボクは浮遊石を使って乗り物を創り出した。
その名を『浮遊ボード』。
板底に浮遊石を『合成』し、持ち手となる長いT字の棒を付けた、地面を蹴って進む乗り物である。
見た目は、まんま子供のおもちゃなのだが、これがなかなかに乗り心地が良い。
今回は更に一工夫!
荷運び用のソリは、板の四隅に近い浮力の浮遊石を付けるのだが、今回は贅沢にも板の底に十二個もの浮遊石を貼り付けてある。これなら多少浮遊石が砕けようが落ちることはない。
これぞ男のロマンである。
気分が良い。鼻歌交じりに浮遊ボードに乗りながら、青空の下を草原から漂う若草の香りに鼻を擽られながら進む。
ボクの世紀の発明は、人々の視線を釘付けにする……はず!
すれ違いざまに馬車の客車から女性が顔を出し、ボクに対してあたたかいまなざし向ける〝ぼく、危ないわよ〟と、言われた気がしたんだけど……子ども扱いされた?空耳!?
背が低めだからといって、浮遊ボードで遊ぶお子様と間違えられるなんてことはないはず、ないはずだ!
こういう時は、別のことでも考えよう。
差し当たって考えなきゃいけないのは、フィヨルという名前をどうするかだ。化け物認定されてヨルトレインを追い出されたわけだし、名前は変えた方がいいよな。
でも……名前を呼ばれてすぐに反応出来るくらいには、フィヨルと呼ばれるのにも慣れてきた。国も変わるんだし、家名のランカスターだけ変えれば何とかなるだろう、そう結論付ける。
人間を真似した生活も心がけるようにもなった。
人の形はしているものの、不死ノ神とひとつになったことで、いまのボクは、食事や睡眠をとらなくても問題がない。周囲から疑われないためにも、思わずボロが出ないように、食事と睡眠は毎日とるようにした。
痛覚も少しだけ戻す。
狼の骨に鉄と木を『合成』して創ったナイフで、試しに自分の腹をグイっと刺してみたところ、泣きそうになった。これが痛みか……これだけ痛ければ咄嗟に声くらい出るんじゃないだろうか、砕けた浮遊石を時折新しいものに交換しながら先へ進む。
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町の名はガルトレイン。ダッカス王国の国境沿いにある要塞都市だ。
万が一、ダッカス王国の軍隊がグレンデル王国に攻めいった際、その攻撃を最初に防ぐのがこの都市の役目であり、ヨルトレインよりも更に高く頑丈な城壁に四方を囲まれている。
〝グレンデル王国の都市の中でも、町に入るための審査が特に厳しく、門の前に手続きを待つ長い列が出来るのが有名なんじゃよ〟と、たまたま前に並んでいたお爺さんに教えてもらった。
ダッカス王国が内戦中だからだろうか、長い行列の中には兵士志願と思しき若者たちの姿も多い。
町に入るための手続きが厳しいと言われ思い当たる。
よくよく考えてみれば、追放された際にライセンスカードは取り上げられてしまった。いまの僕は何一つ身分証を持っていない。果たして町に入れてもらえるんだろうか?と……。
〝ですよねー……〟身分証を見せろと言われ無いと即答!別室へと連行された。
簡単な取り調べの後、当然のように武器は没収。連れていかれたのは簡易牢だ。
警備兵曰く、怪しい人物なので一時拘束する。とのこと。
簡易牢というだけあり、地下にあるじめじめした牢屋に比べれば随分とましである。兵舎のような三階建ての木造建築の一室を改造して作られた部屋には窓がなく、扉の外側から鍵はかかっているものの木製なので壊すことも容易だ。
部屋にはトイレもあり、安宿の一人部屋よりも豪華にさえ見える。
「それにしても、小僧はよく牢に入れられるのう、かっかっか」
「うむ、牢とは罪人を入れるための部屋という認識だったが、俺らが眠っていた二千年の間にその辺りも変わったんだろう、愉快なことだ」
「もう、ウルサイな!」
神樹の翁と神竜の王の冗談に、頬を膨らませてちいさな抵抗を試みる。
早くダッカス王国に行きたいのに……。
すぐに慌ててもしかたないだろうと、備え付けのベッドに横になった。木の板に布一枚を敷いただけの、寝心地がいいとは世辞にもいえない寝床。
牢屋に入れられた理由は、十中八九身分証がなかったからだろう。
今後、こういった難事に巻き込まれないためにも、この時代の人間の記憶を早々に手に入れなければならない。




