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8-2 雨の夜の襲撃者 2

残酷な描写が多めです。苦手な方はご注意ください。

 相手は身軽なサルだ。

 逃げても逃げても、屋根伝いに飛び移り先回りする。

 エバンスはあえて細い道を選んで走った。途中何度も道に転がった死体に躓き転びそうになる。

 殺した人間の服を剝ぎ、イノシシや鹿を仕留めた時にするように、人間の血抜きをするサルの姿が見えた。戦闘担当と食糧担当が分かれているのかもしれない。

 人間を解体するサルの装備は、小ぶりの斧やノコギリなど獲物の解体を優先にしたもので、戦士の持ち物(それ)とは違っていた。


 逃げながら目に映る光景に、胃の奥から酸っぱいものが何度も込み上げそうになる。助けられなかった自分が惨めだった。

 両目から溢れた涙で、視界が霞む。

 微かに開く戸を見つけ、体を丸め飛び込み息を殺す。サルが怖かった。

 動揺からだろう、どうしても息が荒くなる。

 呼吸音を聞かれたら殺される……殺されてしまう、必死に手で口を塞ぐ。


 『直感』異能が語り掛けた。〝上だっ〟と、不意に転がり剣を上に向けた。金属同士がぶつかる甲高い音。

 逃げ込んだ家の中にサルがいたのだ。

 能力『直感』――。この能力のお陰でエバンスは何度も死線を搔い潜って来た。この能力があったからフィヨルの正体にも気付けたのだろう。

 逆にフィヨルが力の片鱗を見せた際、誰よりも彼の本当の力を感じてしまった。

 自分は、何に手を出してしまったのだろうと怖くなった。


 暗闇に慣れ、目をサルから離すまいと視線を向ける。

 『隠密』を持つ相手から視線を外すのは自殺行為である。深呼吸を繰り返し心を落ち着かせるうちに気が付いた。長い腕のせいで間合いは読みづらいが、目の前のサルは苦戦する相手ではないと、人間と同じでサルの強さも一定ではないのだろう。

 明らかに目の前のサルは自分よりも弱い。

 一瞬で距離を詰めて剣を振るう。手応えがあった。次の瞬間、サルの首は胴体から離れ床に転がっていた。咄嗟にエバンスは、その血塗れたサルの頭を無意識に背負い袋に押し込む。


 異能には解明されていない謎が多い。

 謎の一つに、異種族を殺した際、相手の能力が手に入るというものがある。

 極稀に起こる現象で、人はそれを奇跡と呼んだ。当然、条件は解明されていない。


 奇跡が起きた。エバンスの頭に『隠密』の獲得を告げる神託が降りる。


 『隠密』の異能を手に入れたエバンスに雨が味方した。雨が降っていなければ人間の臭いに気が付いたサルに殺されていたかもしれない。


 エバンスはやっとの思いで目的の酒場に到着する。

 目の前の景色を前に膝から崩れ落ちた。泣き叫ばないように、ポシェットから震える手で止血用に持ち歩いている布を取り出すと、口に突っ込み物陰に隠れる。

 先に到着したのだろう。装備を剝がされ、裸にされた友人の死体が血抜きとばかりに、逆さまに吊るされていたのだ。

 怒りで我を失いそうになるのを堪えるように、地面に自分の額を打ち付ける。

 物音がした。気付かれてしまった……そう感じ、咄嗟に近くの建物に逃げ込むと『直感』を信じて小さな戸の中に無理矢理体をねじ込んだ。


 一瞬の浮遊感……落ちた。


 偶然にも、そこは町の下水道を管理する建物だった。

 大都市ほどではないものの、ヨルトレインにも試験的に、一部下水道が作られていたのだ。


 サルたちは血抜きをした人間たちの死体……食糧をせっせと運び出す。

 人間の作った武器や防具、食料も彼らにとっては大切な戦果である。

 今まで滅ぼしたどの町よりもヨルトレインは大きかった。エバンス以外にも下水道に身を隠した者たちがいたのだが、サルたちは人間が地下にそういったものを作ることを知らなかった。


 朝方雨が止むのを待ち、サルたちは町に火を放った。

 これで、万が一生き残りがいたとしても焼け死ぬだろうとサルたちは考えた。


 ヨルトレインほどの大きな町が燃えたのだ。立ち昇る煙は森の外にある町でも確認された。


     ✿


 数日後、救援部隊がヨルトレインに到着した。


 その部隊に参加した者の多くが、焼け落ちたヨルトレインを見て絶望したという。

 二千人近い人間の血を吸った大地は、黒ずみ、嫌な臭いがしたと参加したライセンス持ちの多くは、語っていた。

 生存者は下水道に逃げ込んだ十七人中、十二人のみ。

 下水道に逃げ込んだ者の多くも怪我をしており、五人は救援部隊が到着する前に死んでしまった。


 それから暫くして、グレンデル王国は、『隠密』の異能を持ち人間のように自在に道具を扱う、城壁を軽々と登る長い腕を持つ新種のサルの魔物を、『町崩し』改め『ブラックデモンエイプ』と名付け、世界に向けて包み隠さず公表した。


 発表は、それだけでなく『ブラックデモンエイプ』との戦争状態に入ったことを、世界に向けて宣言したのである。


 人間以外の種族、魔物との戦争宣言は多くの国を驚かせた。


 同時にこの宣言は、他国にも新種の魔物が確認されていたことを浮き彫りにする。


 ブラックデモンエイプの情報を、誰よりも多く持ち帰ったのがエバンスだった。

 エバンスが研究者たちの前で語った。人間を食糧にするための血抜きの工程の説明は、あまりにも語りが生々しく、途中で口を押えて退席する者が続出した。

 しかも、それが共にライセンス持ちとして三年間行動を共にした仲間だというから、彼の精神状態は想像もつかない。

 何より、彼がブラックデモンエイプの頭部を持ち帰ったのは大きな功績だった。


 病室にいるエバンスを、アダムスが訪ねる。


「アダムスさんお久しぶりです。俺たちはあなたの忠告を聞くべきでした」


 ベッドから体を起き上がらせたエバンスは笑っていた。


「いや……私の方こそ危機意識が足りなかった。心のどこかでヨルトレインだけは、襲われたとしても落ちることはないと高を括ってしまったんだ。もう少し早く動いていれば」


「それは無理でしょう。相手は千を超える『隠密』持ちの魔物です。しかも、人間のように道具を使い、夜の闇と雨を利用した作戦を立てる頭も持っているんですよ。城壁すら越えて来るんですから、これほど防衛しにくい相手はいないでしょう。中には中級冒険者並みの強者もゴロゴロいました」


 アダムスは言葉を失った。


 万が一、魔物の一団が王都に攻めてくるならば、どれだけの住民に被害が及ぶだろう。

 魔物たちが王という存在を認識しているのであれば、王の暗殺を計画してもおかしくはない。ブラックデモンエイプの異能とその性質を考えれば、熟練暗殺者の集団だ。

 そうなれば、国だって簡単に落ちるだろう。既にこの情報は他国とも共有されている。


 エバンスが死んでいれば、ここまで多くのサルの魔物の情報は手に入らなかったはずだ。

 気になるのは同時期に、不死神の王の墓が暴かれたことだ。

 そちらにも学者を送り研究を急いでいると聞くが、不死神の王と一緒に二千年前に滅びたとされる、強者の力が何らかの形で、魔物の進化に影響を与えた可能性も捨て切れない。

 もちろん、不死神の王の墓を開けたことは口止めされている。

 いつそのことが他国に漏れることになるか……ここから先は、より一層慎重に動く必要があるだろう。


「エバンスさんも三日後には退院出来るそうだね。冒険者組合の調査員の仕事であればすぐにでも紹介出来るよ」


「ありがたいですが……俺にはやることがありますので」


 エバンスの瞳の奥は黒く澱んでいるように見えた。


「やることか……軍にでも志願するのかい」


「いえグレンデル王国軍では、あの黒い化け猿どもは滅ぼせませんよ。俺はフィヨル様を探します」


「フィヨル〝()()〟……?」


「はい、フィヨル様が俺に協力してくれるのなら、俺はあの方に一生の忠誠を誓うつもりです。目が欲しいというなら、目の前でこの目玉をくり抜いて差し出してみせましょう」


 歪な笑顔にアダムスはぞっとする。友人の死を見たエバンスは壊れてしまっていた。それだけ彼が見た光景が悲惨だったともいえる。


 エバンスは退院の前日に姿を消した。


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