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8-1 雨の夜の襲撃者 1

残酷な描写が多めです。苦手な方はご注意ください。


 魔獣の森では、数週間に一、二度、バケツを一斉にひっくり返したような大雨が降る。


 エバンスたち五人は、結局ヨルトレインに残ることを選んだ。


 あの後、冒険者組合責任者のトマソンより、アダムスの仮説について住人たちに説明があったが、一部の行商人を除き、ほぼ全員が町に残ることを選んだ。

 ヨルトレインの周囲を囲む城壁は厚く高さもある。攻城兵器でも持ってこない限り、そう易々とこの町は落とせないだろうと、多くの人は高を括っていたのだ。

 ヨルトレインは、魔獣の森の中にある町や村の中でも人口が多く、戦えるライセンス持ちの数も多い。

 この町は他の町や村とは違う、誰もが〝ヨルトレインだけは大丈夫だろう〟と、どこか呑気に考えていた。


 日暮れと同時に雨が降り始める。


 急いで店仕舞いをはじめる商人たち。雨を理由に早々に店仕舞いをはじめようとする酒場に居座り、店主を困らせるライセンス持ちたち。

 いつもと変わらない日常がそこにはあった。


 この世界の生物の多くは、神様より何らかの『能力(ちから)』を与えられている。

 何を貰えるかは運次第、稀にその者の生き方によって能力が変化したり、後から能力が増えるなんてこともありえると、最新の研究成果として発表された。

 人間以外の能力についても、同時期に発表された研究成果がある。

 生物によっては、種族に対して同一の『能力(ちから)』が与えられることがあるという話だ。人間たちは、そのことを神様からの愛が薄いのだろうと笑ったが、時に代り映えしない同一の能力は、集まることでより大きな武器になる。

 人間たちは、それを見落としていた。


 『隠密』――。

 それは単に第三者から気付かれにくい能力。

 暗殺者や盗賊といった諜報活動をする職種に歓迎される異能で、知らず知らずのうちに後ろをとられていた……なんてことも、この異能なら起こりえる。

 もし、この能力を種族単位で手に入れた魔物がいたとしたら。しかも、その魔物が比較的人間に近い知能を持ち、尚且つ肉食で、人肉を好んで食べるとしたら……。


 この世界の生き物の中で、あえて隠れ場所が多い森を切り拓き、目立つ明かりをぶら下げて固まって生活する。そんな危機意識の低い生物は人間くらいだろう。

 自分たちよりも強く賢い生物が多くいた二千年前までは、人間も隠れて暮らしていた。

 大半は山の中だが、ドワーフたちのように洞穴やダンジョンの中に居を持つ人族も多かった。

 不死神の王が多くの種族を滅ぼしたことで、人間は種の頂点に立ち、目立つ平地に町や村を築くようになったのだ。

 人間の中にはドワーフやエルフのように、伝統を護り今なお隠れて暮らす種族も多くはいるが、人族は種の頂点として目立つ場所に、町を築いた。


     ✿


 数百メートル先にそびえ立つ城壁を、森の奥地より見つめる千近い赤い光。


 真っ黒い体毛は夜の闇に姿を溶かし、土砂降りの雨がその存在を更に薄くする。

 城壁から外に向けられた明かりが直接体に当たったとしても、それが生物だと気付くことは難しい。能力以前に彼らの存在は薄かった。


 最初の一匹は、突然変異としてこの世界に産まれ落ちた。

 大きさは人間の大人を少し小さくした程度だが、手が異状に長く。生物に詳しい者が見れば、彼らの姿を見てテナガザルというサルの近縁種だと考えるだろう。

 彼らは普通のサルではない。その個体すべてが、体毛と同色の鎧を着ていた。

 人間たちのように武器や防具を作り使う知能を有した魔物。

 手と足には、それぞれかぎ爪のような大きな爪がひとつずつあり、少し考えればそれが登るための(もの)だと分かる。

 背中や腰には鉈のような形状の剣を吊るし、中には弓や槍を持つサルもいた。


 黒い体をした新種のサルの魔物。

 雨を気にせずサルたちは城壁へと進む。そして、石積みの城壁の隙間にかぎ爪をひっかけながら器用に登っていく。

 城壁の上へと辿り着いたサルたちは、鉈を抜き、熟練の暗殺者の如く見張の喉元を切り裂き、その血を喉へと美味そうに流し込む。

 『隠密』の能力が強い雨と重なって、その効力を何倍にもする。

 サルたちにとって人間は大切な食糧だ。出来るだけ肉が傷まないように処理したい。

 しかし、今回は数が数だ。


 サルたちは城壁に登ると、一直線に並び弓を持ち、一斉に矢を空に向けて放つ。屋外にいた人間たちの頭上に、山なりに飛んだ矢の雨が降り注ぐ。

 悲鳴を搔き消すほどの強い雨音。

 少なくない人数が、様子を見るために外に出ては、二次被害……三次被害と、矢の雨の被害を増やしていく。

 雨に包まれた町に、鳴り止まない悲鳴が木霊する。

 敵襲を知らせる鐘を鳴らそうと、櫓に登ろうとする人間が先に狙われた。

 登れたとしても、雨音が鐘の音の邪魔をする。しかも、サルたちは逃げ惑う群衆に紛れて殺人を繰り返した。


 ライセンス持ちたちも武器を抜くが、人間と戦い慣れたサルの魔物は、腕が長く間合いが掴みにくく、魔物ばかりを相手にしてきたライセンス持ちや兵士たちにとって分の悪い相手だった。

 多くの町や村を襲って成長したのだろう、サルの中には、かなりの数の手練れがいた。

 異種族の殺戮はもっとも効率良く自分を強くする。


 エバンスたちも戦えない商人や住人たちを守ろうと応戦する。


「何が起きているんだ!ほんの少し目を離しただけなのに魔物の姿を見失うぞ。こんちくしょうが」


「気をつけろ『隠密』だ。こいつら全部が『隠密』の異能持ちだ」


「『隠密』持ちが数百……下手したら千匹以上いるのかよ、軍隊を相手にした方がまだましじゃねーか、しかも、腕が長いし間合いが掴みづれー、たくおっさんの言うこと聞いときゃ良かったぜ」


 目の前のサルを相手にするのが精一杯で、周囲(まわり)に気を配る余裕はない。

 人が大勢死んでいるのだろう、血の匂いがどんどん濃くなっていく。不慣れな雨の中での戦闘が、更に動きを悪くする。


 ライセンス持ちたちの多くは雨が降れば狩りを休む。元々、雨での戦闘を想定していたサルと、対人戦のように武器を持つ相手との戦闘に不慣れなライセンス持ちの戦いだ。

 奇襲ではなく、正面から攻められたとしても、勝敗は見えていたのかもしれない。


 エバンスがやっとの思いで一匹のサルを倒した時には、既に二人の仲間が倒れていた。


「ダメだ勝ち目がない。みんな散り散りに逃げるぞ、いつもの酒場で落ち合おう。魔物の情報だけでも持ち帰るんだ」


 リーダー格の青年が叫ぶ。三人は一斉に走り出した。

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